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短編集25(過去作品)

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 その時、結婚した相手は三十近い男だったようで、男の方としても、かなり若い塔子に参っていたに違いない。私が思うに、積極的だったのはむしろ塔子の方だっただろう。一気に押し切られた男の気持ちも分からなくもない。
「私は彼の行動パターンもよく分かったの。本当に喜怒哀楽の激しい人だったわ」
 と嘯いているが、離婚の真意は決して話そうとしない。
 塔子は私よりも年上であるが、肌はまだ二十歳代と言っていいほどの若々しさが残っている。弾けるような艶があり、吸い付いたら離さないようなきめ細かさを感じる白さだけが、真っ暗な部屋の中で浮き上がって、まるで白ヘビのようである。それでいて、感じ方に熟されたものを感じ、そのあたりが年齢相応に感じられ、男としての私を虜にして離さない。
「でも、あの人には一緒にいての安心感がなかったの。だから離婚したんだわね」
 自分ひとりで思い出しながら虚空を眺めている塔子だったが、時々不安そうな顔になるのを見逃さなかった。
 あれは一度私の両親に彼女を引き合わせた時だった。私は軽い気持ちで引き合わせたつもりだったが、親はそうでもなかったようだ。
「離婚されているようですわね」
「ええ、もう離婚して五年になります」
 露骨に離婚のことを切り出した時、それまでニコニコ話していた母の表情がいきなり変わった。眼光鋭く、下から覗き込むような視線に少なからず塔子は圧倒されていたに違いない。確かに大切な話ではあるが、そこまで露骨な視線を浴びせなくともよいのではないかと思った。
「数馬から大体の話は聞いていますが、結婚というものに対するあなたの考えがしっかりしたものであるということを私たちは願っています」
 と言って、もうそれ以上深く突っ込むことはしなかったが、その言葉の重みは、塔子にも私にも思い知らせるに十分だった。
 数十分ほどの顔見せが終わり、席を立った時、張り詰めていたせいか二人とも足の痺れを感じていた。正座などほとんどしたことない上に、緊張で身体がガチガチに硬くなっていたはずだからである。
 さすがにその日は二人とも無言で、その後一緒にいることもなく別れたが、次に会う時には何から話していいか分からなくなっていた。それが一日であればそうでもないのだろうが、数日経ってしまうとその話はお互いにタブーになってしまった。
 しかし、とりあえずは両親とも反対はしていない。それは私には分かったし、数日後、母の口からも、
「私は反対しませんよ。この間は少し言い過ぎました。塔子さんにはよろしく言っておいて頂戴」
 と言われた。その日に塔子に会う約束をしていたので、
「この間のこと、母が言い過ぎたって言ってたよ」
 と言うと、
「そう」
 と一言だけ返ってきた。その言葉には感情が表れていないように思え、塔子が何を考えているのか疑問に感じた。
「とにかく、僕たちのことを反対はしないということなので、安心してほしい」
「ええ、分かったわ」
 塔子は母の話題に触れるのが嫌なのか、それ以上話そうとはしない。まったくの無表情で、その真意は図りかねる。そんな時の塔子の表情は年相応に見えて、あまり好きな表情ではない。落ち込んだ時の塔子に対しての接し方が分からないと感じた最初の時だった。
――結婚前から僕自身が不安になってどうするんだ――
 これからのことを考えると不安がないわけではない。しかし、私も、
「あなたといると安心なの」
 と言った塔子の言葉に結婚を決意したのだ。それはずっと変わるものではないと感じている。

 私が本を読む時は、ストーリー展開に応じてであるが、自分を主人公になぞらえていることが多い。他の人がどんな気持ちで本を読んでいるか分からないが、同じような気持ちでいる人も少なくないだろう。
 そのためか、やはり恋愛小説は辛い。主人公が女性であることが多いため、どうしても知らない面が多いのだ。女性の目で見ると、確かに世界が違って見え面白いのかも知れないが、私には感じることができない。元々、自分の目で見たり、触れたりした現実的なことでなければ信じることのない私だけに、今さら女性としての目で見ることは不可能に近かった。
 そういう意味ではミステリーも現実離れしていて、理解の範囲を超えている。だが、それでも楽しめるのは、エンターテイメントに優れているからだろう。気軽に読むことができるのは、逆に現実離れしているからで、恋愛小説のように読みながら相手の男を自分になぞらえて考えていると辛くなるものではない。それだけに最初は情景を細かく読むよりも、セリフだけを飛ばして読んでいた気がする。今ではだいぶなくなってきたが、それでも、ストーリーが架橋に差し掛かってくると思わずセリフだけを読んでいる自分に気付いたりするものだ。
 ミステリーが好きな友達と大学の頃に「ミステリー同好会」なるものを作って、細々と活動していたこともあった。数人のサークルだったが、やっていることは多岐に渡っていて、好きなミステリーについての評論を投稿したり、自分でもミステリーを書いてみたりして、機関紙もサークルで発行していた。同人誌として近くのマニア向けの本屋に置かせてもらったりして、それなりの活動をしていた。
 中には本格的にミステリー作家を目指していた先輩もいたが、どうなったのだろう。我々サークル仲間の間では、先輩の作品はなかなか好評だった。
「あれだけの作品を書ければ、立派なものですよ」
 まさしくその通りで、先輩もその気になって、文学新人賞に投稿したり、新聞に投稿したりしていたようだが、その先輩とも卒業とともに連絡がプッツリと途絶えてしまった。貿易会社に入社したようなので、
「きっと海外での研修があったりして、忙しいんだよ」
 と誰かが話していたが、海外研修の話は間違いではないようで、忙しいのも本当だった。先輩が卒業してしばらくは、気になっていた。
 私も学生時代に何本かミステリーを書いてみたことがあった。もちろん、書いたのだから投稿などもしてみたが、ほとんどが一次選考での落選で、自分の実力を思い知らされる結果に終わってしまった。分かっていたこととはいえ、我ながら照れ臭くて誰にも話せないでいた。
「やっぱりミステリーを書くのって難しいよな」
 ミステリーの話を語らせると、一番白熱する友達とは仲がよく、しょっちゅうミステリー談議をしていた。彼は自分で書いて投稿することはなかった。
「俺が書くと、まるでミステリーを冒涜しているように感じるんだ」
 と言って笑っていた。
「あれだけ詳しいんだし、語れるんだから、書けばいいじゃないか。きっといい作品が書けるんじゃないかな?」
 と私が言っても、
「いやいや、他人の作品だから粗も見えるし、批評もできるんだ。自分の作品だと、自分でどうしても贔屓目に見てしまって、見えるつもりの部分も見えてこないだろう。木を見て森を見ないって発想みたいなものじゃないかな?」
 それは言えるかも知れない。自分で作成するものには思い込みというものがあり、それが抜けないことには、ステップアップは難しい。しかし、思い込みがあるから人間なのであって、思い込みをうまく使えば独創的なものができるのではないかというのも、私の考えであった。
作品名:短編集25(過去作品) 作家名:森本晃次