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短編集25(過去作品)

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 新宮は、気さくな性格で、元々飲み屋には一人でゆっくり呑みにいくことしかなかった貝塚に話しかけてきたのだ。
 最初は鬱陶しいだけだった。何しろあまり呑めない貝塚は、一人でゆっくりと呑まないとペースが狂ってしまう。そんな貝塚の気持ちを知ってか知らずか、新宮という男はまったくお構いなしだった。
 遠慮という言葉を知らないのではないかと最初は感じたが、よくよく話してみると、結構回りに気を配っていて、繊細なところがある。そんな新宮を発見することで、徐々に彼に対しての興味が湧いてきたのだ。
 新宮という男、
「俺は女には不自由しないからな」
 と、平気で嘯く。新宮の知り合いということで、何人かの女性と知り合うことも多くなった貝塚だったが、最初は、相手の女性の積極さに驚かされていた。それまで女性と知り合い付き合うようになると、その人しか見えていなかった。見えなくて当然だと思っていたのである。
 相手も自分しか見ていない。そう感じると他の女性を気にすることが「裏切り」のように思え、それがそのまま罪悪感になってしまう。自己嫌悪に陥ることで、自分を追い詰めてしまうことを嫌ったのだ。
 しかし、元々が女性好きなのだろう。綺麗な女性や気になるタイプの女性がいれば、すぐに振り返ったりしていた。それが無意識の行動なので、罪がないといえばない。しかしそんな行動は敏感に察知されるようで、
「お前の好きな女性はすぐに分かるよ」
 と学生時代からよく言われてきたものだ。
「そうなのか? これからは気をつけないとな」
 とは言っても、やはり無意識に同じことを繰り返している。
 だが、貝塚は女性に関してはウブであった。あまり女性経験もなく、女心などもよく分からない。
「お前は鈍感だからな」
 自分の好みがよく分かると言っていた連中から言われていたが、それもきっと貝塚の性格が単純だからであろう。よく言えば素直なのだ。
 奈々と別れてからというもの、少し変わったかも知れない。奈々は完全に貝塚のいわゆる「タイプ」であった。綺麗というよりも可愛らしい感じの女性で、はにかんだ顔にエクボを浮かべ、本当に楽しそうな顔をする。それが貝塚にとっての男心をくすぐったのだ。
 奈々と貝塚の共通点といえば、理不尽なことを極端に嫌ったことと、合理的な考え方をするところだった。例えば禁煙場所での喫煙だったり、決められたところで決められたことをしないなどといったことを嫌う。ダラダラした考えよりも合理性を中心に物事を考える考え方は一見理不尽なことを嫌うのと矛盾しているようにも感じるが、ムダを省くことから考えられたことを破る理不尽さに腹が立ったのだ。
 奈々から教えられたことも多かった。余裕がその中でも一番なのだろうが、余裕というのもあくまで自分中心、それができなくてまわりを見ることなどできないというものである。それをしようとすると薄っぺらくなり、合理性に反することで、理不尽さも出てくるようだ。
 奈々と別れる時、貝塚の中に理不尽さが残った。奈々に男がいたという事実、それは自分に対する裏切りだと感じたのだ。だが、それでもいいと感じ始めたのは、きっと奈々から教わったことが多かったからに違いない。その中に、人間の心を繋ぎとめておくのは、難しいということも含まれていた。まさか、最後にそれを実践されるとは思ってもみなかったのだが……。
 しばらくの間、放心状態が続いた貝塚だった。落ち込むと激しいのも貝塚の特徴で、笑顔を見せない時が何ヶ月も続いたりした。
「鬱状態じゃないのか?」
 とよく言われたが、あまり自覚はない。鬱状態に陥る時は自覚があるものではないのだろうか? ただ闇雲に落ち込んで、いろいろ考えているにもかかわらず、いつも同じところに出てくる。袋小路をグルグルまわっているようだ。奈々と別れてからというのが、きっと今までで一番大きな袋小路だったに違いない。
 その中で一つの結論に至った。
――女なんて星の数ほどいるんだ――
 という、
「何だ、そんなの当たり前じゃないか」
 と、人から一嘲されそうな結論である。だが、そこに至るまでの袋小路の長かったこと、かなり寿命を縮めたような気がした。
 だが、そうは思っても今までの考え方を変えることは難しかった。何かのきっかけでもあればと思うのだが、普段の生活を普通に繰り返している分には、何も変わらない。人と呑みに行くこともなく、一人で呑みに行くのもそれを密かに期待していたからなのだ。
 果たしてそんな時に現われたのが新宮だった。まるで貝塚を待っていたかのように話しかけてくる新宮、最初は鬱陶しいと思っても、親しみを感じるようになるのは無理のないことだった。
 新宮には貝塚の気持ちが分かるようだ。
「袋小路ってのも辛いよね。でも、袋小路の中で蓄積されるトラウマっていうのもあるんだよ」
「トラウマ?」
 奈々とのことを話したり、それを踏まえたうえでの自己分析を新宮に話していた。
「そうさ。君は合理性を重んじる性格だって言ったじゃないか。袋小路ってのは思ったよりエネルギーを使うだろう? それにもかかわらず結論が見えてこない。一番ストレスが溜まりやすいだよね。それだけに非合理的なんだよ」
「それがトラウマ?」
「知らず知らずに楽な方へと行こうとする習性みたいなものを感じないかい? トラウマを持っているとそれがあるんだよ。何とか最短距離で結論に辿り着こうとする。もう、どうでもいいや。なんて気持ちになることあるだろう? それがトラウマの証拠なんだよ」
 新宮の話はいちいち的を得ていた。話を聞いてて納得できることばかりで、目からウロコが落ちたような気がした。しかし、それでも人恋しさはいかんともし難く、トラウマという言葉をどう理解していいか分からなかった。
 新宮は何度か貝塚を何度か呑みに連れていった。そのたびに女性を連れていて、しかも相手は違う女性だった。
「君にはいっぱい女性の友達がいるんだね。羨ましいというか何と言うか」
 皮肉を込めて苦笑いしながら貝塚が言うと、新宮はまったく悪びれる様子もなく、いやそれどころか誇らしげにこういうのだ。
「これは俺の役得のようなものかな? 彼女たちは俺を慕ってくれているんだ。そして皆それぞれで、自分たちのことは知っているんだよ」
「知っている? それで君に付き合っているのかい?」
「ああ、割り切っているとでもいうのかな? 楽しければいいって感じだね。そこに裏切りや、自己嫌悪なんてないのさ」
「俺の場合は、どうしても理不尽な考えは苦手なので、納得できないところもあるんだけど……」
「だけど、すべての人間が納得ずくでやってるんだぞ。そこに何があるっていうんだ?」
 それ以上、言葉が出ない貝塚だったが、新宮が連れてくる女性たちに悪い気はまったくしない。久しぶりに女性と会話できる悦びの方がはるかに大きいのだ。
 新宮のいっていた、
「知らず知らずに楽な方へといっている」
作品名:短編集25(過去作品) 作家名:森本晃次