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短編集25(過去作品)

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バーチャル・ミラージュ



                 バーチャル・ミラージュ


「えっと、そこからまっすぐに上がってきてごらん。そうするとエスカレーターが見えてくると思う……。うん、そうそう、そこをまっすぐに行くと目の前に売店が見えてくるはずだよ」
 男はまわりが見えていないかのごとく、歩きながら携帯電話に集中している。どうやら誰かと待ち合わせをしているのだろう。一生懸命に会おうとしている姿が見ていて分かるというものだ。
 貝塚清は、営業で外回りをしている時に、その光景に出会った。想像が頭の中で膨らんでくる。
――相手はきっと女性だろう――
 電話を掛けている男の年齢はまだ二十代前半くらい、髪は少し茶髪掛かっていて、服装もラフな感じのジーンズだ。電話に集中しているからだろうか、次第に足早になっていくのを感じるが、気ばっかり焦ってまわりを見ていないところは、まだ若僧を思わせた。
 といっても貝塚もそれほど歳を取っているというわけではない。三十歳は過ぎているがまだ独身で、女性と知り合いたいと思っている普通の男性である。出会いが多い方であろうが、深い仲になるまで至らなかったことも多い。もちろん女性と愛し合ったことは今までに何度もあるが、そこに本当の愛が存在したのかどうか分からない。貝塚自身、なかったように感じているくらいである。
 きっともう少し自分が若ければ、携帯電話で女性と待ち合わせをするようなこともあるんだろうなと感じる貝塚だった。
 営業の仕事をしているとストレスが自然と溜まってくる。どちらかというと自信過剰なタイプであることは自分でも自覚していたが、まわりから言わせるとその自信も、
「相当なものだよな」
 ということになる。自信を持っていることを自らで公言しているタイプの貝塚だったが、不思議と人から嫌われることはあまりないようだった。特に会社の後輩からは慕われているようで、一種の人徳なのかも知れない。
「いやいや、だから、そのまままっすぐ……」
 なかなかうまく説明できないで困っているようだ。男は立ち止まると、まわりを見渡していた。きっと自分のいる位置を確認しているのだろう。貝塚もその様子をしばし見つめていたが、自分もそれほど時間があるわけではない。また前を向いて歩き始めた。
 営業をしている以上、貝塚も携帯電話を持っている。しかし、あまり掛かってくることはない。商談の相手の予定が急に変わったりしない限りかかってくることもない。取り付けた営業の仕事や約束はキチンとこなしているので、それに関する電話もほとんどないのだ。もっとも、何かあった時の策はそれなりにとっているので、貝塚でなくとも会社に電話をすれば足りることが多い。
「貝塚さんは、なかなかのやり手ですね」
 と、営業相手に言われても、
「いやぁ、そんなことはないですよ。いろいろなパターンを想定しての対策は取っているつもりではいますよ」
 と、答えるがまんざらでもない。心の中ではほくそえんでいる貝塚は、それだけに自分に自信があるのだ。
 それは仕事だけにではない。プライベートにおいても自信を持っている。今特定の彼女がいないのも、
――私ほどであれば、焦らずともそのうちに女の方から寄ってくる――
 とまで考えている。
 今までがそうだった。自分が求めなくとも女の方から寄ってくるのだ。理想が高い貝塚に対し、今までの女はその域に達していなかったのだろう。
 それでも本気で愛しかけた女性もいるにはいた。計算しながら生きてきた貝塚が、初めて計算することなく好きになった女性である。相手もまんざらではなかったはずだ。彼女には何よりも包容力を感じていた。自分が甘えられるならこんな女性だろうという女性像にピッタリだったのだ。
 名前を奈々と言った。普段は他の女性と変わりなく、軽そうに見えていた。女性を全体的に軽いと思っている貝塚にとって、まわりにいる女性は明らかに皆軽いのだ。
――あの女もこの女も、皆何を考えているのだろう――
 と思わずにはいられない貝塚だった。
 それが自分の気持ちに余裕がなかったからだと教えてくれたのが奈々だった。奈々はどんな時も貝塚に従順だったが、
「あなたの私を見る目に余裕を感じるから」
 と、一度答えてくれたことがあった。その時初めて、
――奈々の魅力は無意識に私に余裕を感じさせてくれるところなんだ――
 と思い知った。余裕という言葉がこれほど自分を考えさせるに十分な言葉だとは、それまで思ってもみなかった。
 それまで自分の自信に対して疑問を感じていたが、奈々と知り合うことで、余裕が生まれ、それが本当の意味での自信に繋がってくれるのだと信じている。
 しかし、そんな奈々との別れは突然だった。何が原因だったのだろう。お互いが急に見えなくなったのだ。もちろん身体を重ねたことも何度かあった。実に自然な営みに違和感などあろうはずもなく、すべてが自然であったように感じていたのだ。
 やはり貝塚の自信過剰が引き金になったのだろうか。見えなかったものが見えてくることで逆に見えていたものが見えなくなることもあるのではないか。それを思い知らされたのかも知れない。
 それでも奈々と付き合っていて得た「余裕」という考え方、それが貝塚をさらに自信過剰にさせる。その自信過剰は悪い意味ではなく、いい意味での自信過剰である。特に奈々と出会って以降、たくさんの人と出会うことになった。それは自信と余裕の融合がもたらした幸運のようなものだと、貝塚は感じていた。
 仕事面でも余裕が出てきたおかげで営業の数字が上がり始めた。数字なんて勝手に増えたり減ったりするもので、やることをキチッとやれば、あとは人間性だということに初めて気付いたのだ。それも余裕がなければできないこと、相手も人間なのだから……。
 元々が、
――自分は相手よりも上にいるのだ――
 ということを無意識に感じている性格ではある。性格というのは急に変えることができないことも分かっているが、最初にその性格に気付いた時、さすがにびっくりした。まったく感じたこともない性格だったからだ。特に子供の頃から皆とは平等なんだという教育を受けてきて、そのことには共感しているはずだった貝塚である。我ながら信じられない思いであった。
 貝塚はリーダーシップがあるというよりも、一人でコツコツ何かをすることが好きな性格で、学生時代から模型作りに造詣が深かった。今でも会社が終わって家に帰れば、自分の時間は模型作りをしている。どんなに忙しくとも、わずかな時間であっても毎日続けるようにしている。接着剤のシンナーの匂いが、貝塚に箱を開かせるのだろう。
 孤独な毎日は嫌いではない。しかし、時々無性に寂しさで溜まらなくなる時がある。それは人恋しさから来るのだろうが、その前の日には人と会うのが億劫だったりするくらいで、精神的に不安定になることが多い。
 そんな時だった。奈々と別れてからというもの、一人でいることが多かった貝塚のまわりが、急に慌ただしくなってきた。それというのも、一人でふらりと呑みにいった炉端焼き屋で知り合った新宮という男によって、人と知り合うことが急に多くなったからだ。
作品名:短編集25(過去作品) 作家名:森本晃次