小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集24(過去作品)

INDEX|2ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 酔いのまわりが遅い方の私は、まわり始めると一気に来るようで、時々呑んだことを後悔する時がある。そこまで感じ始めると意識が薄らいでくるまでに、それほどの時間は掛からない。美和もそれはよく知っているようで、いつも私の介抱をしてくれていた。
 元々美和とはスナックで知り合ったのだ。お互い友達同士で来ていて、その二人がさらに友達だったという関係だった。一緒に呑んでいると自然に私は美和の隣に座っていた。
「あまり呑めないもので」
 いきなり最初からそう告げていた。いつもは最初に自分の弱みを見せることなどない。しかしことアルコールに関しては本当に弱いのだ。すでに酔いがまわりかけていると自覚していた私は、最初に言っておかないと醜態を晒さないとも限らないことが分かっていたからだ。先に話すことで、相手に意識させ、自分もさらなる酔いに迷い込まないような暗示をかけられると思った。
「本当にお弱いんですね?」
 私の顔が真っ赤になっているのを見て、苦笑いをした美和だった。そんなこともあってか、アルコールのコントロールは美和に任せている。美和が、
「もうおやめになられた方が」
 と言い出せば、素直に従ってきた。私の限界も分かっているし、呑み方のくせも分かっているようだ。
 私もそんな美和に酒癖の悪さを見せたくはない。どうなるか分からないだけに、怖い面もあるのだ。
「アルコールってまるで魔法だな」
 と私がいうと、
「アルコールだけが魔法なの?」
 そういって微笑む美和の顔に隠微な影を感じると、私も淫らな気持ちになっていて、気がつけばほろ酔い気分で敏感な身体が美和に包まれているのを感じていた。
 そんな時の美和のパターンも私には分かっていた。私がどうすれば感じるか分かっているようで、そこを中心に私を快感の渦に巻き込んでくれる。
 結婚前はホテルの利用が多かった。お互いの部屋でもよかったのだが、ホテルという雰囲気がより興奮を高めるようで、遠くで聞こえるシャワーの音が今でも耳に残っている。
 部屋の空気が湿っていて重たく感じるのは、シャワーの音のせいだけではない。部屋が薄暗く、シャワールームのみが明るく光っているのを見ると、そこはまるでステージである。薄く白いスクリーンのようなカーテンが敷かれているが、私からはシルエットのように美しい身体のラインが見て取れる。しかし、彼女の方から私を見ることができないのは、まさにガラスの魔術、いわゆるマジックミラーの理屈である。
 ガラスを通してみれば、暗い方から明るい方へハッキリと見ることができるが、逆に明るい方から暗い方を見ると、まるで鏡のようにこちらの姿が映し出されるだけで、向こうを見ることができない。以前から電車や喫茶店の窓からその不思議な現象に感銘を受けていたが、特にホテルの一室となると、その感銘もひとしおである。まさに妖艶な雰囲気をさらに醸し出していそうで、まるで夢の中のような感覚だ。
 そんな思いを感じていると睡魔に襲われてきていた。水の流れる音が睡魔を誘うのだろうが、私にとってその瞬間は喉が一番渇く瞬間でもあった。
――気持ちの昂ぶり――
 次第に高まってくるのを感じていると、湿気を感じる肌とは反比例したかのように、喉の渇きは最高潮に達する。身体を起こして冷蔵庫に行けばジュースがあるが、身体を起こすのが億劫である。一糸纏わぬ状態で入ったベッドの中で、私の自由は奪われてしまったかのようである。
 シーツが身体に纏わりついているようだ。入った瞬間はヒヤッとして身体がヘンに反応してしまったが、しばらくするとまるで肌の一部のように違和感がなくなる代わりに、自由を奪われるのだ。力をすべて吸収され、そこから起きることを許さない。頭だけがしっかりしているため、どうしようもないその状況に苛立ちを覚えてしまう。
 しかしそれも最初だけだった。
 身動きがとれないと思えば、そのまま包まれていてもいいと思うようになる。それは諦めというわけではなく、包まれることに快感を覚えているからだ。束縛される中での自由、それは包まれていることを全身で感じることだった。それが一番心地よく、睡魔に襲われるのも仕方ないことだった。
――身を任せることの安心感――
 それが私の体温を吸収したシーツの暖かさである。
 そのまま夢を見ていたのかも知れない。
 私は誰かを探している。相手も私を探していると思っているのだが、果たしてそれは思い過ごしではないだろうか?
 不安が頭をよぎる、そんな中、ゆっくりと向かっている先は喫茶店であった。私が探している人が喫茶店にいると思えない。なぜ向っているのか分からないが、ビルの二階に上がっていく階段に足が掛かっているのを感じていた。
 階段を上っているのが分かる。上を目指し上っている足に力が入っているからである。目の前のすぐ近くに入り口が見えているのだが、足に力ばかりが入り、一向に近づいていないのは気のせいだったのだろうか?
 まだ完全に上りきっていないのに、目の前の自動ドアが開いた。すると急に今まで重かった足が軽くなり、気がつけば入り口の前に立っているのである。
――これこそ夢なんだ――
 と、その時初めて夢だということを悟る。
 だが、夢でも覚めてほしいとは思わない。そのまま続きを見たいと感じるのは、あまりにも感覚がリアルだからだろうか。夢というのは起きてから意識するもので、夢の中のことをおぼろげにしか覚えていないものである。
 ゆっくりと窓際の席に座る。他の席を意識することなく、そこだけしか見えていなかったのは、きっと以前にもそこに座ったという思いがあったからだろう。その証拠に窓から見える景色に違和感はなく、まったく以前と同じ光景だったことに、却って違和感を感じているのだ。
 そこから見える光景は駅のロータリーであった。構内からはじき出されるように大勢の人が溢れてくる。黒系統のスーツを着たサラリーマンや学生服の多いことから、まるでアリの大群のように見える。これも初めて感じたものではない。人の群れも動きも集団の大きさも、いつも見ている光景だった。同じ時間なら分かるのだが、いつも同じ時間だという意識はない。朝だという感覚はあるのだが、なぜか以前に見た時の時間を覚えていることは一度もないのだ。ただ、来たという記憶だけがあるだけで、不思議な感覚に襲われる自分にゾクゾクしたものを感じていた。
 上ってきた階段を思い出していた。明るいところから入ってきたので、ハッキリと見えていなかったような気がするが、なぜか喫茶店の表の風景を思い出すことができない。それも夢だからと考えればいいのだろうが、自分で想像することができない何かがあるのではないかと思ってしまうのも、不思議だった。上る時に乾いた靴の音が、狭い階段に響いているのが耳鳴りとして残っている。
作品名:短編集24(過去作品) 作家名:森本晃次