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短編集24(過去作品)

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 大学を卒業してしばらくした頃の私は自信に満ち溢れていた。仕事にも慣れてくると、何でもできるような気がしてきたのだ。学生の頃というといろいろな自由があり、それなりに充実していたが、自信というところまではなかなか芽生えるものではない。希望よりも不安が大きい。彼女ができても、どうしても遊びの域を出るものではなく、そんな私の気持ちが分かるのか、寄ってくる女は遊び目的を思わせる軽い女が多かった。それならそれでこちらも軽い付き合いにしかならない。軽い付き合いなので、ちょっとしたことで別れ、付き合う女性は取っかえ引っかえだった。
 いい加減に落ち着かないといけないとは思っていたが、学生時代はそれでもよかった。ただ社会に出ることの不安だけはあり、それ以外は適当だったのかも知れない。
 社会に出るとそうも言っていられなくなった。毎日すべてが勉強である。覚えることは山ほどあり、決められた時間というものがあって待ってくれるものではない。すべてが実戦で、緊張の連続だったのだ。
 それでも慣れてくるとうまくこなせるようになってくる。そこから生まれる自信というのは本物で、それからプライベートでも精神的に余裕ができる。そんな時に現われる女性も初めて自分の好みの女性だった。
 相手は私よりも少し年上、同じ会社の事務の女の子なのだが、最初は暗い印象を受けた。事務員同士で固まっていても、一人だけ浮いて見えると最初から感じていたし、実際見ていて一人が似合う女性だった。可愛らしさの中に大人の雰囲気があり、気がつけば彼女ばかりを見ていたようだ。
 付き合い始めたきっかけは何だったんだろう?
 記憶を紐解くがその時の心境は覚えていない。ただその時彼女が一言、
「あなたって可愛い」
 と言った言葉だけは鮮明に覚えている。
「男の人に可愛いなんて失礼でしたわね」
 と言ってクスッと笑ったが、その時の笑った顔も記憶にある。もし、本当に好きになったのがいつだったかと聞かれれば、その笑顔を見た時だと答えるだろう。
 名前を和子といったっけ。とにかく最初はあまり自分のことを話そうとしない女性で、そんな控えめなところも魅力の一つだった。ただ、結婚願望だけは人一倍あったようで、私に結婚のことを何度も匂わせていた。
 あまり真剣に結婚の話を聞こうとしない私に対し、次第に和子は焦りを覚えてきた。
「ねぇ、親も心配しているし、そろそろ真剣に考えてよ」
 という彼女に対し、私は次第に恐怖感を感じる。
 確かにまだ遊んでいたい年頃だった。他に彼女がほしいとか、そういう気持ちではないのだが、このまま結婚しても何も知らないままの結婚なので、不安が大きい。私のことをどこまで知っているのかも分からない相手に対し、すぐに結婚とまではいかない。
 しかし、それまでに付き合った女性とは違う。本気で愛することができる相手だった。――そのまま別れることは絶対に自分の一生に後悔を残す――
 そこまで感じる相手だったのだ。
 それまで私は一目惚れというものをしたことがない。軽い付き合いが多かったこともあって、一目惚れという感覚はなかった。しかし、彼女と出会って思わず身体が金縛りに遭ったかのように見つめてしまったこと、無意識とはいえ、他人に分かるほどジロジロ見続けていたこと、今までの私にはなかったことだ。結局私は彼女の意志に押されて、結婚を考えるようになった。
 しかし考えているほどまわりは私たちを暖かい目では見てくれない。反対が多く、思ったより障害は大きい。
「あなたがしっかりしないからよ」
 最初はそれでも私に黙ってついてきてくれた彼女だったが、次第にイライラが募り、その矛先は必然的に私に向くのだ。
 もうこうなったら泥沼である。お互いに不満のやりどころがなくなり、会えば喧嘩、悲惨な毎日だった。結局最後、彼女は私を無能呼ばわりして去っていく。やるだけのことはやったと思っている私一人が取り残されたのだ。
 やるだけのことをやったのと、できるだけのことをやったのでは違うのだろうか? 私はやるべきことをすべてやったつもりでいるが、それがどうしてこんな結果になったのか、結局私は相手の女もまわりもすべて信じられなくなってしまった。
 立ち直るまでに一年という歳月を費やし、その時に得た結論は、
――どんな時も冷静になればいいんだ――
 ということだった。冷静でいさえすれば、余裕さえあればいくらでも人生の選択肢はあるんだと思うのだった。そんなこともあって、特に付き合う女性は大人の考え方のできる人を探したものだ。
 そういう意味で瑞樹は合格だった。大人の雰囲気があり、何よりも気持ちに余裕を感じることができ、そのため、安心ができる相手だった。
 妖艶な雰囲気も持っていて、いろいろな経験もあるようだが、私といえども、そこまで明かしてはくれない。もちろん私も自分のことをベラベラ喋ったりしないので、お互いに秘密めいたところを持った関係である。少なくとも、大人の関係だと思っていた。
 瑞樹は私より三つ年下の二十七歳だ。三つ年下というと今までであれば、年の差よりもさらに深いものを感じていた。年代の違いというのか、自分の知っているまわりの二十七歳はほとんど子供にしか見えない。
 きっとマンションで一人暮らしをしていることも大人の雰囲気を醸し出しているのかも知れない。一流商社のOLをしていることもあって女性の一人暮らしにしては贅沢に感じる。しかし、決して贅沢をしているわけではなく、質素に固めていても贅沢に見える土台が彼女にあるのだ。普通の化粧だけしていても、かなり妖艶に見えている。
 私が初めて瑞樹の部屋を訪れた時には、かなり深い仲になっていた。付き合いはじめてかなりの時間が掛かったような気がする。
――彼女はやはり慎重な大人の女性なのだ――
 軽さというのではないが、実際に相手に安心してきてからの瑞樹は、ネコのようだった。甘えることが好きで、今までであれば、感じる鬱陶しさを瑞樹に感じないのは、一度信頼しきってしまった相手だからだ。一度安心しきった相手に心を開く、まるでペットのようだ。ネコであり犬のようでもある。
 自分の彼女をペット扱いするのは失礼だと思いながら、彼女も私に似たような感情を抱いているのではないかと感じている。
――それが大人の関係?
 と考えると少し寂しい。だが、だからこそ平和に長続きするように思えたのだ。
 もしダメになっても、それほど傷つくことはない。そんな気持ちも少なからず持っているだろう。だがイザとなったらそれも分からない。身体の関係は実に相性がいいからである。
 纏わりつくと身体の間にできる真空がほとんどなく、ビッタリと密着した身体が擦れ合う時に聞こえる淫靡な音が耳に残っている。瑞樹のベッドルームから聞こえる音を思い出しながら、肌の感触を思い出しただけで、身体が軽くなるのを感じる。
 感覚を思い出しながら開けた扉の向こうからいきなり聞こえてきた、今までに聞いたことのない瑞樹の罵声、驚き以外の何ものでもない。
 声はその一言が大きかっただけで、後は小声である。最初の声のインパクトが大きかっただけに、余計に気になってしまうが、最初の声もそれほど大きかったのかどうかも分からない。
作品名:短編集24(過去作品) 作家名:森本晃次