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師恩

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師 恩
(映画シナリオ)
作者: 芹川維忠                   

主な登場人物:魯迅(ろじん)(周樹人・字豫才)官費日本留学生
       秋瑾(しゅうきん)(女)魯迅の日本留学時の紹興の同郷
  許(きょ)寿(じゅ)裳(しょう) 魯迅の日本留学時の親友
  孫(そん)文(ぶん)(孫(そん)中山(ちゅうざん)・字逸仙)日本を訪れた民主革命家
  宋慶(そうけい)齢(れい)(女) 孫中山の夫人兼秘書
        許(きょ)広(こう)平(へい)(女) 魯迅の終身の伴侶
  周作人(しゅうさくじん) 魯迅の弟、魯迅に続いて日本に留学
  陳天(ちんてん)華(か)  日本に留学し革命思想に目覚めたが、後に入水自殺し、世に警告した。
   藤野嚴九郎(ふじのげんくろう)  魯迅の日本留学時の恩師
  増田(ますだ)渉(わたる)   魯迅の愛弟子
  山本(やまもと)明日香(あすか) 紹興会館の女主人

物語の舞台: 日本 東京・仙台・箱根
  中国 上海・紹興・アモイ

(プロローグ)
上海黄浦江十六埠頭。車や人々が行き交い、賑わっている。
汽笛の音が長く尾を引く。接岸した一艘の客船「旭丸」のタラップから一人の日本人青年が、急ぎ足で降りて来た。藍印(らんいん)花(か)布(ふ)の包みを両腕にしっかり抱え、まとわりつく数人の物乞いをなんとかやり過ごすと、まっすぐ走って川沿いの通りに向った。
“増田君――”通りの傍らに停めた輪タクの運転席で、坊主頭の車夫がくたびれたフェルト帽を振りながら、大声で呼んでいる。
青年は素早く一歩前に踏み出すと、その声に応じて輪タクに飛び乗り、にこにこしながらどっかと座席に腰を下ろした。
ふと見ると、座席のそばに置かれた「大公報」の黒い太字の死亡通知が目に入った。
文豪魯迅逝去 葬儀 1936年10月22日 於 万国共同墓地
ボーー! 汽笛が悲しく響き、波が岸に打ち寄せる。
ナレーション:先生! 先生――、私、増田渉、遅くなって本当に申し訳ありませんでした!
日本の青年増田渉はひどく悲しみ、藍印花布の包みをしっかりと胸に抱きしめ、死亡通知を見つめながら、じっと涙をこらえている。

上海万国斎場の門の外、うごめく人の群れ、あたりは悲しみに満ち溢れている。
突然、門が開かれ、重々しい出棺の音楽の中、魯迅の棺がゆっくりと運ばれてきた。棺を担いでいる巴金、葉聖陶、張天翼、肖軍らは涙を浮かべた目を伏せて、しずしずと歩いている。そのすぐ後ろから、喪服に身を包んだ許広平が出てきた。泣こうにも声も出ず、
足元がふらつくのを、傍にいた宋慶齢は支えようとして危うくハンドバックを取り落としそうになった。二人は寄り添って前に進み、万感の思いをたたえた眼差しを交わし合ってお互いをいたわっている。
この時、後方から急ぎ足で追いかけて来た増田渉が、人だかりにもまれながらも伸びあがって、二人の婦人を見つけた。増田は小さく声をかけて前に進み出ると、目で合図しながら、素早くあの藍印花布の包みを差し出した。
許広平は驚いてその包みを受け取り急いで開けようとしたが、ふと何かを思い出したかのように、振り向いて宋慶齢のハンドバッグを見て、悲しい笑みを浮かべた。宋慶齢ははっと気付いてハンドバッグから封筒を取り出し、“増田さん、これは魯迅先生が生前、私からお渡しするようにと託した大切な物です。今日は良い時に来てくださいましたね……”と言い、許広平が傍らで頷いた。
“ありがとうございます!”増田渉は恐れ入った様子で封筒を受け取り、しっかりと胸に押し当てた……

夜が深々と更けた。簡素な机に電気スタンドがぼんやりと灯っている。増田渉が封を切った封筒から便箋を取り出すと、一枚の黄色みを帯びた写真がぽとりと落ちた。
写真の裏面がカメラに向かって次第に近づくと、「惜別」という二文字がはっきりと認められる。その筆跡は熟練していておおらかな味わいがある。「惜別」の下には、「藤野」と署名があり、左上には「謹呈周君」の四文字がある。中でも「周」の文字は特に墨の色が黒々と豊かで、見るものに筆者の真心が迫って来るかのようだ。
カメラが徐々に引いて映し出すのは、写真を手にした増田渉の生真面目な表情、急いで視線を写真の表に移すと――藤野嚴九郎先生――日本仙台医学専門学校教師の穏やかな肖像である。
増田渉の声:“魯迅先生の本名は周樹人、1904年の初秋、大清国官費日本留学生として仙台医学専門学校へやってきた――”

(一)
日本の東北地方に位置する仙台。深い森に囲まれたその町は既に秋を感じる季節だ。ちらほらと楓が色づいて、あたかも薄化粧の美女のようだ。
“仙台医学専門学校”の校門は広々と開かれ、左右の太い門柱はまるで翼を開いて迎え入れるかのように、絶えず各地からやってくる学徒を抱きとめている。
階段式の6号教室には、黒い制服に身を包んだ男子学生が席いっぱいに整然と座り、一面黒一色だ。
二十歳そこそこの青年魯迅(周樹人)は、前から五列目の真ん中の列の右の方に着席した。すると突然廊下のベルが鳴り響き、窓際に立って雑談していた学生たちは速やかに席に着き、あっという間に静かになった。ほとんど同時に、藤野嚴九郎先生がたくさんの本を抱えて教室に入って来ていた。全学生はさっと起立したが、藤野先生は本を教壇に置くと、ずれてしまった金縁の眼鏡をかけなおすと、厳かな口調で“皆さんこんにちは。新学期が始まりました。どうぞ、おかけなさい”と言った。学生たちはがたごとと腰を下ろしたが、周樹人は興奮した様子で、立ったまま動かない。
“君、どうかしましたか?”藤野先生が顔を挙げて見つめると、“はい、周と申します……”と周樹人がちぐはぐな返事をしたので、周りの学生がどっと笑った。
藤野先生は、すぐに手を挙げて笑いを制すると、にこにこと嬉しそうに、“おお!? 聞いている、聞いているよ、隣国大清の官費留学生だね。しかし、仙台に医学を学びに来たのは君一人だ。君に聞きたいのだが、清国の漢方医学と言えば、名医が全国におられるというのに、君はなぜ西洋医学を学びに来たのかね?”
周樹人は“私の父は漢方医の治療が手遅れになり亡くなりました。ですから、病人の命を救いたくて、西洋医学を学ぼうと思ったのです”と答えた。
藤野:“うむ、なるほど。”
周樹人:“それに、明治維新の始まりも西洋医学でした。”
藤野:“おお…周君良いところに目を付けましたね、素晴らしい!”
先生が褒めたので、学生たちもすぐに拍手を始めた。
樹人は思いがけなく褒められて驚き戸惑い、抑えきれずに思わず“まだあります、清国の女の人は纏足で苦しんでいますから、西洋医学で治してやらなければ!”
“女の纏足だってよ……はははは!”学生たちはまたひとしきり大笑いする。
作品名:師恩 作家名:芹川維忠