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短編集22(過去作品)

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 吐息が漏れるような息苦しさから、部屋は暖かさを通り越して、蒸し暑さを醸し出していた。最初に感じた風はすでになく、密室独特の耳鳴りが私を襲う。
 ゆっくりとベッドルームを覗き込む。
 やはりそこに人はおらず、安心している自分に気付くのだが、その安心感がどこからくるのか、すぐには分からなかった。
 ベッドの軋む音が聞こえたような気がしたが、気のせいだろうか?

 あれは私の出張がまだ決まっていない時だったので、三週間前くらいだっただろうか。
 その日は初冬にしては暖かい日で、仕事が終わる午後五時近くでも、まだポカポカしていた。
 事務所には西日が入り込むので、外回りが早めに済んで戻ってきた状態の私には、毒だった。完全に負けてしまった睡魔に私は夢見心地になっていた。
 夢を見ていたのだろうか? 気がつくと上司の私を呼ぶ声が聞こえる。
「吉野君、吉野君」 
 次第に面倒くさそうなしかめ面に変わっていることから、かなりの時間、私に声を掛けていたのかも知れない。それだけ睡眠に嵌まっていたのだろう。
 それまで見ていたかも知れない夢は、完全に途切れてしまった。悔しさのようなものがこみ上げてくることから、きっといい夢だったに違いない。
「はい、何でしょう」
 完全にダミ声になってしまっていて、今にも欠伸が漏れそうだった。必死に隠しているが、上司は分かっているに違いない。
 私の名前は吉野敬三、全国に支店を持っている商社勤めであるが、会社自体は中堅クラスで、大手商社とまではいかない。貿易関係の仕事も多く、輸入製品の取り扱いが主であった。
 地方の大学を卒業し、東京本社の会社を中心に就職活動をしていたこともあって、入社したのが今の会社である辻元貿易である。
 私は入社後、東京本社勤務となり、充実した気持ちで仕事をしてきた。入社してからそろそろ十年になろうとしているが、最初地方の支店をいくつか経験し、今は東京本社に腰を落ち着かせている。
 営業職として、最初はいろいろな部署や支店を経験し、今は本社にて実際に営業企画の仕事に携わっている。実に充実した仕事であり、最初に私の思い描いていたやりがいのある仕事である。
 出張が多いのも特徴だった。いくら本部の企画の仕事とはいえ、最近の人件費削減によりスタッフが減ったこともあって、営業本部での各営業部員の指導も兼ねることになっているのである。そのため、定期的に支店で営業会議を開き、今後の営業展開について詰める必要があるのだ。
 もちろん、出張の企画も私自身が立てるのだが、今回は少し違っていた。広島にある支店での取引先に不穏な噂があることを耳にしたからである。
 このご時世、少々の会社でも倒産ということは珍しくない。しかし、広島で噂のある取引先はわが社の上取引先で、売り上げの大部分を占めていたのだ。そんなところの噂であれば、ただの噂として放っておくわけにもいかず、私を中心に調査に乗り出すことになったのである。
 噂が本当であれば、一刻も早く手を打つ必要があり、被害は最小限に食い止めなければならないからだ。
 実際、今までにも、いくつか同じような経験をしてきた。寸でのところで会社の損を救ったこともあったし、間に合わず、結構な損害を被ったこともあった。そういう意味では重要な仕事で、それなりに内臓に負担のかかる仕事である。
「こんな仕事、やりたかねぇや」
 これが本音である。
 その気持ちはこの仕事に携わっているすべての人が感じていることだろう。しかも目立たない仕事なので、他の社員から認められることもない、いわば「縁の下の力持ち」的な仕事なのだ。
 私は広島出張を言われた。
 まぁ大体見当はついていたので、いきなりというわけでもなかった。実際に広島は以前住んでいたこともある土地なので、違和感はない。
 広島支店にも何度か行ったことはあるが、その都度泊まっていたビジネスホテルが急遽違うところへと変更になっていた。
「どうしていつものところじゃないの?」
 私は総務の女性に尋ねた。
「ええ、すみません。どうやら改装工事中らしく、今営業していないとの連絡が入ったので、急遽違うところを手配しました」
 住所を見ると、広島支店から少し遠めであった。しかし、場所的には広島市中心部の繁華街に近く、夜の洒落た店が並んでいるところの、すぐそばであった。
――却って好都合かな?
 思わずにんまりとしてしまったのを、総務の女子社員が見逃してくれているだろうか?
 しかし、出張先でのこと、それほど気にすることもあるまい。それだけ仕事もきついのだから、気分転換も必要である。
 まだ独身の私は出張を楽しみにしていた。出張先で何をしようとも気にする人がいるわけではない。とはいえ、付き合っている女性くらい私にだっているので、気が咎めないといえば嘘になるが、出張先でのことくらい大目に見てもらってもよいだろう。
 いかにも勝手な考えである。まるで相手の女性のことを完全に無視しているかのような考え方である。
――なんて勝手なやつなんだろう――
 自分でそう感じる時もある。しかし、別に結婚の約束をしているわけでも、お互いまだ先のことを考えているわけでもない。お互いに楽しければそれでいい。そういう意味で彼女のことも私はいちいち詮索することはない。そんな人を彼女に選んだのも、相手と話していて、そんな女性であるということを感じたからだろう。
 かといって、いつも出張先でハメを外しているわけではない。要するにその時の気分によるところが大なのだ。
――行き当たりバッタリの人生だ――
 と思っているが、意外と真面目に計算しているところもあるのかも知れない。
――人生、何が起こるかわからない――
 結局、そこに行き着いた。
「今度、広島に出張なんだ」
「じゃあ、おみやげはもみじ饅頭かしら?」
「ふふふ、そんなところかな?」
 楽しい会話が目に浮かんできそうなそんな相手は、今付き合っている女性である谷山よう子である。よう子とは付き合いはじめてそろそろ半年が経とうとしていた。今までの私からすれば長い方である。
 それまでは長くても三ヶ月だった。プレイボーイというわけではないが、なぜか相手の女性に飽きを感じてしまう。初めは相手のことを熱烈に愛してしまうことの多い私なので、それだけ飽きが来るのも早いのかも知れない。実に哀しい話である。
 もちろん、相手に対して失礼だという気持ちがないわけではない。勝手に自分が盛り上がり、勝手に覚めてしまうのだから……。
 それゆえ、まわりから私は悪い意味でのプレイボーイだというレッテルを貼られているようだ。
 しかし女性というのは不思議なもので、そんな噂が立ち始めてから、私を意識し始めたのだ。女性からアプローチしてくる人もあるくらいで、私がフリーな時期というのはほとんどなかった。
 最初こそ、二股などとんでもないと考えていたが、
――バレなきゃいいや――
 そんな考えが頭をよぎり、一度してしまうと感覚が麻痺してしまったのか、何とも思わなくなった。しかし、さすがに疲れるので、なるべく二股だけはしないようにしている。
 逆にいえば恋愛に対してクールなのかも知れない。最近そのことを感じる。
作品名:短編集22(過去作品) 作家名:森本晃次