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短編集22(過去作品)

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 確かに最初は女房気取りで、押し付けがましいほどの付き合い方をしてくる。こちらが少し引けば相手が寄ってくるといった感じである。しかしこちらが本気になり始めると、逆に相手が一歩下がってしまうことが多かった。こちらに感情が入ってしまうので、どうしても熱く相手を見てしまう。そのために余計に冷めて見えてしまうのだろうが、実際にも引いているのだろう。そんなことも分からず、いつも最後は私が追いかけて、それが鬱陶しくなるのか、女性が私の前から去っていく、っといった構図がいつものパターンであった。
――優美子の場合はどうなんだろう?
 じっと、優美子の悦びに歪む顔を見ていた。本当なら身体の底から湧き出てくる興奮でそんな感覚など起こりうるわけもないのだが、なぜか冷静な自分に驚いていた。いや、冷静な自分を冷静に見ていたのかも知れない。
 しかし、それでも身体は敏感に反応するもので、意識とは別の感覚はすでに爆発寸前だった。優美子の顔を見ながら頂点に達した私は、一気に優美子の中に興奮を吐き出していたのだ。
 やがて襲ってくる虚脱感、そこには思考能力は存在しないはずだった。それだけ最後の瞬間に全神経を集中させているからで、自分が男であることを知る瞬間でもあった。
 目の前に迫ってくる天井も遠近感が取れないほどにぼやけて見えて、その先に見えるものは、果てしなく広がる闇のような気がして、少し背筋にゾッとするものを感じていた。きっと背中には冷や汗を掻いていることだろう。
 優美子が安らかに寝息を立てている。
 この顔に見覚えがあった。それは小学生の頃公園で会って、その後バッタリと見なくなった白い帽子をかぶったおねえさんに他ならない。
 今まで何度となく優美子を抱いてきたが、そのたびに同じ感覚はなかった。そのたびごとに興奮が違ってきているのである。
――ひょっとして私の体調の変化だろうか?
 それも言えるかも知れないが、それにしても襲ってくるものが違うのだ。時として硬く感じることがあるくらい肌を冷たく感じてみたり、遠くで聞こえる悦楽の声が、消え入りそうに聞こえてきたりと、実に不思議な感覚だった。
――まるで死人を抱いているようだ――
 まさか最初はそんな感覚になどなろうはずもなかったが、一旦そう感じてしまうと、後は収まりがつかなくなってしまっていた。
 優美子の肌は透き通るように透明感があり、汗が滲んで健康的だった。しかしいつしかそれが白く感じるようになり、それが硬さと冷たさを感じる原因なのかも知れないが、まるで死に装束のような白さには、さすがに気持ち悪さを感じていた。
 気持ち悪さが私を襲う。
 嘔吐に近いものを感じたのは、彼女の身体に異変を感じたからかも知れない。透き通るような肌に流れる光る汗、まるでガラスのようなモロさを感じていた。感度のいい身体は私が責めれば責めるほど、敏感に反応する。
 迸る汗に、モロさを感じながら、押し寄せる快感についつい手荒く扱ってしまう。男としての性がそうさせるのかも知れない。

 風に誘われるように女性を探す。
 最初は追いかけていたはずの彼女から、いつの間にか追いかけられる立場になってしまった自分を思うと、彼女の肌の白さを感じずにいられない。
 白い肌には見覚えがあった。硬く冷たい白い肌、まるでマネキン人形のように冷たい。小学生の頃の見た白い帽子をかぶった女性が白装束のわりに、さらに肌が白く感じたのを思い出した。
――死んでしまうことを直感していたのかも?
 肌の白さから、硬さや冷たさを感じることができたかどうかは疑問だったが、もうこの世にいないであろうことは直感できたような気がする。
 そういえば後ろから女性を追いかけていて何となく不自然な感じがあった。どこが不自然なのか最初は分からなかったが、気がつけば無意識にそのことを分かっていたようだ。原因はともあれ、無意識のうちにそれを見ていて、納得するまで頭で理解することなく、漠然と見ているだけだった。
――影がない――
 分かっているはずなのに、不思議と驚きがなかった。それもあとから考えてやっと思い出したことである。
――彼女は死んでしまっているのだろうか?
 そう考えるとハッキリ彼女の顔が分かってきたような気がする。
「あなたは私のものよ、あなたが何と言っても離れないわ」
 そういって不敵な笑みを浮かべる優美子、その表情に青ざめていくのが分かる私。
 それから何がどうなったのか覚えていない。しかし、再度あの時のセリフが口から出てきた。
――君の言う通りだ。結局、僕は最後まで君の呪縛から逃れられないんだ――
 そこには白く硬くそして冷たくなった優美子が、もう動くこともなく横たわっているのが、頭から離れることはなかった……。
 その店というのは、優美子と最初に「永遠」を感じた喫茶店であった……。


                (  完  ) 

作品名:短編集22(過去作品) 作家名:森本晃次