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二度目に目覚める時

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                 第一章 自殺菌

――ここは一体どこなんだろう?
 歩いていたはずなのに、急に空が暗くなったかと思うと、知らない世界に入りこんでいた。今までにも同じようなことがあったような気がするが、そのことを思い出すこともなかったのは、それが夢だったことに気が付いたからだったのだろうか?
――だったら、今も夢の世界なんだろうな――
 と、思ったが、そのことを理解する間もなく、気が付けば、駅のホームで電車を待っていた。
 サラリーマンが寒そうにコートの襟を立て、ホームで待っているのを見ると、出勤時間の通勤ラッシュであることは想像がついた。そろそろ電車が滑りこんでくるのか、一番先頭で頭一つ抜け出す感じで並びの先端を横から見ている駅員が、忙しそうにしていた。
――これだけ多ければ、人に揉まれて誰か一人くらいホームに落っこちたりはしないんだろうか?
 と、いつも考えることを、その日も考えていた。
――やっぱり普段の俺だ――
 と、さっきまで、自分がどこにいるのか分からなかったことすら忘れたかのように、その場に馴染んでいる自分を感じていたこの男、名前を春日昇という普通のサラリーマンだった。
 いつも一つ前の電車に間に合っているのに、後ろから乗り込むのを嫌う昇は、一つ前の電車がまだホームにいる間から、次の電車を待つ体勢に入るので、いつも先頭に並んでいた。
 そして、いつもと同じ光景をその日も目にして、いつもと同じことを考える。
――電車が来ている時に、そのうちに誰かが飛び込むような気がする――
 不謹慎な考えなのだろうが、毎日先頭に並んでいると、そんな妄想を抱かない方が却って不自然だ。
 ただ、その日の昇は普段にも増して、危険な臭いを感じていた。
――何か、生臭さを感じる――
 早朝から雨が降っていて、その時は止んでいるが、湿気を帯びた空気はあまり好きではなかった。生乾きの洗濯物のような臭いを感じる時はまだいいのだが、その日は、鉄分を含んだ気持ち悪い臭いだった。それが血の臭いであることはすぐに気付いたが、どこから血の臭いを連想させるものが存在しているのか、すぐには分からなかった。
――身体が宙に浮いたような気がする――
 その瞬間、自分の中で危険を察知したような気がしたが、それは一瞬のことで、気が付けば、なぜか、自分の身体に歩いていたという感覚が残っていたのだ。
――身体が宙に浮いた感覚が、歩いていたと思わせたのかな?
 と思ったが、それも違うようだ。
 ホームは相変わらずの喧騒とした雰囲気だったが、今にもホームに誰かが落っこちそうになるのを感じたのも久しぶりのことだった。
 駅員が笛を吹いている。ホームにけたたましいベルが流れ、電車がホームに滑り込んでくるのを予感させた。
「お待たせいたしました。まもなく電車が到着いたします。黄色い線の内側に下がってお待ちください」
 といういつものアナウンスが流れたが、その時昇は、自分が黄色い線からどんどん離れているように思えてならなかった。
 動いているわけでもないのにおかしなもので、思わず黄色い線の内側に摺り足で寄っているような錯覚を覚えた。駅員はこっちを見ているのに、何の反応もない。昇の錯覚に違いないようだ。
 いつものように電車の「顔」が見えてくると、またしても身体が宙に浮いているのを感じた。今度は、駅員が笛を吹き鳴らして、手をホームの内側に下がるように必死になって手を振っている。
――俺に対してなんだろうか?
 急に視力が落ちたかのように、すべてのものがぼやけて見える。そのうちに耳鳴りがしてきたかと思うと、女性の悲鳴が聞こえてきた。すべてが他人事に思えてくると、昇は自分がどこにいるのかも分からなくなってきた。まるで、自分の身体から離れて、表に抜け出したかのような感覚だった。

 昇はその日、会社で朝から会議があった。自分が発表しなければいけないこともあり、昨日テーマを纏めるのに、だいぶ夜更かししてしまっていた。
 眠気は覚ましてきたつもりだったが、眠気を覚ましたわけではなく、発表しなければいけないことに対し、気が急いてしまって、緊張から眠れなかったと言った方が正解なのかも知れない。
 部屋でいつものようにコーヒーを飲みながらボーっとテレビを見ていたが、内容が頭に入ってきたわけではない。それでも、いつもはつけているだけのテレビを今日は少しでも意識しようと思っていたのに、どうにもタイミングが悪いというものだ。
 見ようと思って意識してしまうから、却って覚えられないのかも知れない。その思いは学生の頃にあり、最近では忘れていたことだった。学生の頃のように、まわりに気が散ってしまって、一つのことに集中できないと、覚えているつもりでも、実際には忘れてしまっていたりするものだった。
「都合の悪いことは、なかなか覚えていないものだからな」
 と、学生時代に友達に言われたが、
「俺の場合は、都合の悪いことだけを忘れているわけではないからな。意識していなければいけないことも忘れてしまうので、頭の中で繋がっていなければいけないものが繋がっていなかったりして、困ったものなんだ」
 と答えていた。
「それは、何が都合のいいことなのか、都合の悪いことなのかの判断がついていないんじゃないか?」
「そんなことはないと思うんだが、自分のことだからな。でも、忘れてしまうことに何かの共通点があるんじゃないかって思うんだ」
「それはあるかも知れないな。都合のいい悪いというのも、考えてみれば、共通点という認識で考えれば、理屈に合っているような気がする。問題は、その切り口にあるんじゃないかな?」
「切り口という考えは想定していなかったな。共通点の端ばかりを見ていると、切り口の裏側から見ているような気がしてくるな。そういう意味では、切り口というのは、表からしか見えないものなんじゃないかな?」
「そこに忘れてしまうことの根幹があるのかも知れない。覚えられないことと、忘れてしまうことというのを、一緒に考えるから悪いのかも知れない」
「なるほど、表から見ていると、覚えられないと思い、裏から見ると、忘れてしまうと思うのかも知れないな。見る角度や、切り口によって見え方が全然違ってくるというのも納得できることだ」
 テレビを見ながら、そんな話を思い出していた。他愛もない些細な話だったので、余計な意識は持っていなかったが、学生時代の友達の話を思い出すと、急に自分がいろいろ考えていることが、他の人と合わずにいつも一人で結論を見出していたことを思い出していた。
 朝からの会議を気にしていると、忘れてしまったものを思い出せそうな夢を見ていたはずなのに、目が覚めると忘れていたという、今までにも何度か見た夢を、またしても見てしまった自分に腹が立っていた。しかも、会議のことなどのために、せっかく仕事から離れた時間を使わなければいけないことに口惜しさを感じていた。
――どうせ忘れるなら、すべて忘れればいいのに――
 と、感じたのは、その日は、中途半端に意識が残っていたからだった。
 残っていた意識というのは、学生時代に読んだ本の内容だった。
作品名:二度目に目覚める時 作家名:森本晃次