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短編集20(過去作品)

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 夕食での会話が楽しかったため、あまり食べていなかったことに気がつかなかったが、それはいつものことだった。話に夢中になっていると、食べていなくても満腹感を感じ、食べたような気になってしまう。それだけに空きっ腹で、酔いの廻りも早いのだ。
 今までに芳恵を誘おうと思ったことは何度かあった。しかし間が悪い私は、誘うタイミングをいつも逃してしまう。誘おうとすると、ゆうこママが芳恵を呼び出し、席を外す恰好になったりするのだ。決意までに時間が掛かることが一番の原因なのだろう。
 しかし果たしてそうなのだろうか?
 私が決意を固めるまでというのは、なるべくまわりの視線を気にしながらだった。その時に一番気になったのがゆうこママなのだが、どうやらじっと私を観察していたようである。商売柄、あまり人のことを詮索したり、観察したりしてはいけないはずなのに、私はじっと見られていた。しかも決意するかしないかのタイミングでいつもママから邪魔が入る。これはただの偶然なのだろうか?
 私の視線が芳恵にしか行ってないのは自分でも分かっていた。きっとママにそれが分からないはずはないだろう。分かっていて邪魔するのである。何か意図があるに違いない。
 いつも店にいる時と違って開放感のある芳恵の表情は妖艶だ。口元から目が離せず見つめていると、微妙に歪む口元で、気持ちが分かってくるような気がする。きっと錯覚なのだろうが、私を求めているのではないかと感じると、身体に纏わりついてくる暖かいものを感じていた。
 それと同時に感じるのは指先の痺れである。背中や額には汗を掻いているにもかかわらず、指先は乾燥していて、痺れているのだ。明らかに廻ってきている酔いに、今度は睡魔が襲ってきている。
――眠ってはいけない――
 自分に言い聞かせると、さらに指先の痺れを強く感じ、握力もなくなってくるようだ。手に持っていたグラスをコースターの上に置き、気がつけば片肘をついている。背筋が丸くなっていて、あまり恰好がよくないだろう。
「どうなさったんですか? もう眠くなられたのですか?」
 いろいろな思いが頭を巡る。先ほど感じたママの行動もそうなのだが、今日私をここへ誘ってくれた芳恵のことも気になってきた。
――どうしてここに連れてきてくれたのだろう――
 洒落た店を私に紹介したかったから?
 それとも私ともっと一緒にいたかったから?
 どちらにしても私の誘いを待っているのだろうか?
 ついつい余計なことを考えてしまう。
 指先の痺れに頭がついて来れなくなってしまった。何も考えられなくなっている。暗い店内であるが、目を瞑るとクモの巣が張っているかのような放射状の線が、瞼の裏に写っている。何とか目を開けたままでいようと考えれば考えるほど、重くなってくる瞼を抑えられなくなっている。
「あ、あれは?」
 声になったかどうか自分でも分からない。目の前をこちらに向って歩いてくるのは小池社長だった。
――会社にいるのと頭の中が混同しているのかな?
 と感じていたかも知れない。しっかりしないといけないと感じたであろうことは想像がつく。しかし考えることができたのはそこまでだった。重くなった頭を抑えられない。
 芳恵の表情が変わったのを感じた。
 今まで私に見せたこともないような表情である。気が弱そうで、もたれかかって来そうな雰囲気なのだが、普段はどこか入り込めず、隙を見せないところがある芳恵だった。しかし今目の前で見せている表情は、すべてを委ねてもいいと言わんばかりに、目をトロンとさせ、媚薬に溺れているようにも見える。それが私に対してではないことは分かっていて、目の前にシルエットとして浮かんでいる小池社長であることは間違いない。
――芳恵と小池社長は、そういう関係だったんだ――
 芳恵に誰かいるのではないかと感じたのは、ゆうこママの態度から分かっていた。しかしそれがまさか小池社長だったとは……。
 私はこの偶然をなかなか信じることができない。本当に偶然なのだろうか?
 昨日、芳恵の出勤が遅れたのは、小池社長と出会うことを考えて用意していたのかも知れない。それとも急に私がこちらに来るのを知ったからなのか?
 私が見る限りでは小池社長の人間性を信じてもいい人物だと思っている。本社にもそう報告するつもりであるし、仕事の面では申し分のない人物である。
 芳恵にしても同じである。
 私はよほど信じられる相手でないと気に入ったりはしない。そういう意味で、雰囲気的にも話の内容からも、芳恵を好きになっても不思議はなかった。
――やっぱり私は芳恵が好きなんだ――
 それから自分が何を考え、どうなったか分からない。きっと夢の中を彷徨っていたのだろう。
 そういえば、芳恵が店をやめたがっているという話を聞いたことがある。好きな人でもできたのではないかと思っていたが、小池社長のところへくるつもりではなかったのだろうか?
 いや、それでも店をやめないということは、誰か心に決めた人がいるのかも知れない。
「芳恵、これでいいんだな?」
「ええ、私はやはりあなたとは無理みたい。でも今夜だけは……」
 眠っているそばで聞こえたような気がする。男と女の抱擁がそばで繰り広げられているように感じた。しな垂れる女体がシルエットに浮かんでいるようで、艶めかしい。
 私は深い夢の中に落ちている。
 気がついているのか、どうなのか……。深い眠りの中で、目の前に光が差しているようだ。
 目を開けるには痛いほどの光に、私は戸惑っている。
「光が痛いなんてことがあるんだろうか?」
 シルエットに浮かんだ女性に話しかけている。すると女は答える。
「ここは雪国ですからね。光だって痛いんですよ。まるで氷のように冷たいものだって、触ると痛いでしょう? 光だって同じことなの。表の雪に反射しているんですよ」
「そんなことってあるんだね?」
「ええ、そうよ。あなたはこの痛さを私に思い出させてくれた。だからあなたを選んだのよ。そして私に月がないことを教えてくれた。それが、月ではなく、太陽の光の強いことを分からせてくれたの。あなたは太陽、そして私は……」
 その日は、初雪が降ったようだ。
 どこまでが夢で、どこからがうつつなのだろう……。女は私に寄りかかってくる。寒いのだろうか、小刻みに震えていて止まりそうにないが、その身体は熱した鉄のように熱かった……。

                (  完  )

作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次