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短編集20(過去作品)

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水平線



                  水平線


 木曜日というのは、なぜか気合の抜ける曜日である。
 月曜日から水曜日までは、仕事に繋がりがあってできるのだが、木曜日に少し時間があくというのも気分の高揚には適さないのかも知れない。また金曜日になれば、これといった決まった予定があるわけではないが、週末に思いを馳せ、少しウキウキした気分になれる。私にとっての一週間とは、そんなものだ。
 営業という仕事であれば、自分なりに曜日の調整できるのだろうが、事務的な仕事が主で、表に出ることもほとんどないと、自ずとパターンが決まってくる。月単位での忙しさを除けば、基本的に木曜日は何もない日だった。
――平凡な一日――
 平凡に越したことはない、それこそが一番難しく、一番いいことなのかも知れない。しかし私には物足りない日に思えて仕方がないのだ。
 季節は夏も終わり、そろそろ秋風が吹きかける頃だった。秋という言葉を聞いただけでどうして寂しさを感じるのだろう。歩いていて少し感じる肌寒さ、心地よい風に優雅さを感じるが、そこにはどうしても寂しさという言葉が付きまとう。
 私は松村忠弘といい、そろそろ三十歳という年齢を意識しなければならない年である。ガールフレンドはいなくもないが、恋人として、しかも結婚相手としてなど程遠い。結婚願望がないわけではない。年齢もそれなりだ。だが、結婚には恋愛というものの他に縁というのも必要だと感じている。いくら好きであっても、育ってきた環境や、まわりの人々との人間関係まで考えなければならないのが結婚というものだろう。迂闊に結婚などしてしまえば、そこで自分の人生が半分は決まってしまうと考える方であった。
 私はどちらかというといい加減な性格である。そのため結婚にも慎重になるのだろう。
――迂闊なことはできない――
 後悔をしてしまえば、自分で修復ができないと思っているからだ。
 小さい頃から父親の威厳を感じて育ってきた私は、男というものを考えた時、最初に思い浮かべるのが父親だった。厳格ではあるが、言葉に間違いはない。子供心にすべてを理解するなど不可能だが、本能的に、
――父親のいうことは正しいんだ――
 と思って育ってきたことに間違いない。
 そんな父親は曲がったことは大嫌いだった。正義感が強く、マナー違反をした人に対して、誰も注意しないのを、父は率先して注意にいった。トラブルになりかかったこともあったが、私にはそんな父親がかっこよく見えたのだ。今であれば、
――余計なことしなきゃいいのに――
 と思うかも知れない。自分ならきっと余計なことはしないだろう。そこにはきっと打算のようなものがあり、
――君子危うきに近寄らず――
 という格言を口ずさんでいることだろう。
 そんな父も三年前に亡くなった。自己管理には人一倍気をつけていた父だったが、それが胃癌で亡くなるのだから、皮肉なものである。ある意味自分の信念を貫くことが、胃に負担をかけ、精神的にかなり無理があったのかも知れない。私はそんな風に考える。
 今、田舎では母を長男夫婦が養っている。次男に生まれたことを幸せだと思ったのは、父が亡くなった時だったのかも知れない。
 兄は「お母さん子」だった。何かあったりするといつも母親に相談していて、兄が可愛くて仕方なかった母も、それに一生懸命に答えていた。兄が結婚する時に一番複雑な思いだったのは、きっと母だったに違いない。
 兄もどちらかというと厳格な考え方を持っていた。中途半端なことは嫌いで、物事も白黒させないと気がすまないタイプだった。しかしどこか甘えん坊なところがあり、特に弟の私はいつもそういう目で見ていた。
――母性本能をくすぐるタイプなんだろうな――
 長身でスリムで、クリッとした目が特徴だった。きっと女性にはモテたことだろう。だが、しばらくは特定の彼女を作ったという雰囲気はなかった。面食いなのかと思えばそうでもなく、決して美人とは思えないような女性と腕を組んで歩いているところを、学生時代にはよく見かけた。
「兄貴はどうして恋人作らないんだい」
 一度聞いたことがある。すると、苦笑いをしながら兄が答えた。
「作ってもいいんだけど、すぐに覚めちゃうのさ」
 飽きっぽい性格というわけではない兄だったので、少し不思議な感じがした。女性となると勝手が違うのかとも思ったが、どうもそれだけではなさそうだ。
「覚めちゃうの?」
「ああ、すぐに現実的に考えちゃうってことかな?」
 きっと実直な性格なので、すぐに結婚ということが頭を掠めるからだろう。結婚する意志もないのに、結婚する気のない女性と付き合っていくことに疑問を感じているのかも知れない。
 確かに相手に結婚の意志がないことは、付き合っていればすぐに分かることだ。いかにも遊びだという態度に出るからで、逆に気が楽である。しかしそれは自分も遊びだと思っている時で、きっと兄はそんな考え方のできない人なのだと思う。
 私も今までに何人ものガールフレンドと付き合ってきたし、中には恋人と意識した人もいた。
――ガールフレンドと恋人の違いは何か――
 と訊ねられると、
――結婚を意識するかしないかだ――
 と答えるだろう。
 今までに結婚の意識をした人もいた。もちろんそれは相手も結婚を意識して付き合っていたからで、口にはしなかったが気持ちは一緒だったはずだ。だが、キャリアウーマンであった彼女は仕事にも情熱を持っていて、転勤も余儀なくされる仕事だった。
 生命保険会社に勤務している彼女とは、私の会社を受け持っていた関係で知り合ったのだが、案の定転勤を言い渡されたらしく、快く転勤していったのである。そこからしばらくの遠距離恋愛が始まった。
 最初はよかった。月に何度か帰ってきてデートを繰り返していたのだが、そのうちに帰ってくる回数が減り、お互いに疎遠になってしまった。そのことについて気にはなっていたが、どちらから話すわけでもなく、気がつけば自然消滅のような形になってしまったのである。
――恋愛とはハッキリとした意思表示が必要なんだ――
 と感じたのはその時だった。それまでは、
――相手のことがお互いに好きであれば、何も言わなくても分かってくれるものだ――
 と思っていた。おそらく彼女の方としてもそうだったのかも知れない。逆に結婚を意識しないガールフレンドに対してであれば、
「好きだ、愛している」
 などという言葉を掛けていた。もちろん、しょっちゅうというわけではなく、ベッドの中だけのことであるが。要するに軽い言葉としてしか使ったことがないのである。
 私はあまり物事を深く考える方ではない。それは女性に対してもそうだった。相手が遊びならこちらも遊びで付き合う。そんな気楽な付き合い方が楽でよかった。
 保険会社の女性と別れてからの私は余計にそれを感じる。付き合うということに関してはである。
 しかし、女性を見る目は少し深まったかも知れない。相手と話をしていて、お互いの感性や考え方、育ってきた環境までを探るようになっていた。それを元にどういう付き合い方ができるかを最初に決めてしまっていたのだ。
作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次