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短編集20(過去作品)

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 暗い部屋はどこまでも暗い。入っていけば私もそこに飲み込まれてしまいそうで、そのまま入り口に佇んでしまった。
――あの時と同じだ――
 部屋に入ることが怖くてたまらなかった記憶がある。それがなぜなのか思い出そうとするが、どうしても思い出せない。きっとこの部屋が私に何かをもたらすのではないかという思いがある中、部屋を見つめていた。
 智美を見ていると鉄分を含んだ何とも嫌な匂いを思い出すのだった。香水が一気にあたりにその存在感を示すように、この匂いも私の感覚を麻痺させるに十分だった。しかもその匂いを思い出すと思い切り歯を食いしばって目を瞠っているような緊張感に襲われる。それがどこから来るものなのかを解くキーワードが、この暗い部屋にあるようで仕方がない。
「あなたは私を覚えていないの?」
 そう言って含み笑いを浮かべる智美の表情が目に浮かぶが、背筋のゾッとするような表情を見る限り思い出せるような気がする。私が黙っていると、
「ふふふ、あなたはさおりと再会するのよ」
 と言いながら、その表情は充実感のような征服感に満ちているようで気持ち悪かった。
「さおり……」
 その名前を聞いて一瞬たじろいだ。そして次に感じたのはなぜか、
――私への征服感?
 という思いだった。
 確かに智美は綺麗な顔立ちだ。しかし都会にいて決して目立つ顔ではない。しかも私にとってのその顔は、どうして受け入れられない顔でもあった。
――生理的に合わない――
 この表現が一番的確だろう。生理的に受け付けない顔ではあるが、田舎で見ると魅力を感じる。それだけ雪国の魅力は尋常ではないのだろう。
 それにしても、さおりと再会するとはどういうことだろう?
 私の中でさおりと最後に別れた時の記憶は希薄である。というよりも、最後がいつだったのか、それがおぼろげなのだ。
「あの時……」
 という感覚は残っている。その時のことを思い出そうとすると、まるで昨日のことだったような気がするくせに、ほとんど何も覚えていないのだ。最初に普通にあったような記憶だったが、いや普通ではなかったか……。何か一大決意があったような気がする。引導を渡すようなつもりだったのだろうか?
 本当に別れるつもりだったのだろうか? 好きだったという記憶はある。しかしそれは今心の中でおぼろげに感じていることで、何か途中が抜けているのだ。それがトラウマとなっているのだろう。
 そんな時、思わぬ人から「さおり」という名前を聞いた。私にとっては晴天の霹靂なのかも知れないが、彼女にとっては実に自然なのかも知れない。しかも智美は私のことを知っていて、私の前に現われたのだ。なぜ私は忘れているのだろう? 実に不思議だ。
 きっとさおりに関係のある人の記憶が飛んでいるのかも知れない。それもある一点を境にである。その一点を思い出せばすべてが明らかになり、記憶の前後がハッキリとした時系列で思い出されるに違いない。
 しかしそれは他人から聞かされたことでは分からないだろう。自分で納得しなければ記憶が繋がらないことは分かっている。
 今、目の前に鎮座している智美の真剣な目を見ていると思い出せそうな気がする。しかしそれはとても怖いと感じる自分もいるのだ。
「私はあなたが好きだったのかも知れない。だからあなたが余計に許せない」
「許せない?」
「あなたは私から離れてさおりに走った。それはいいわ。当然のなりゆきだったような気がするからね。でも、その後がいけない……。あれはあなたの意志だったの?」
「分からない。何がどうなったんだい?」
「覚えていないようね……」
 私の顔を見ながら智美はそう呟いた。きっと私の真剣な眼差しで、私が本当のことを言っているのが分かったのだろう。
「智美はあなたに殺されたのよ」
 衝撃的な言葉だった。まるで遠くの方から早鐘が聞こえてくるようで、他人事のように聞こえる。しかし、頭の中の走馬灯がどんどん加速しながら私を襲う。スピードをあげるとすべての色が白に変化するが、それはまるで雪国の雪のよう……。初めて見たはずの雪だったが、以前にも感じたような気がしたのは、きっと記憶を封印していたからかも知れない。
 だが、その色が次第に白から赤に変わってくる。液体が上から滴るように見えてくる。
――鮮血――
 そう、真っ赤な血だ。今は思い出すことができる。思い出すと見えてくるさおりの断末魔の表情。どうやら鬱状態が爆発して前後不覚に陥ったのだろうか。原因はハッキリしないが、私をそこまでさせたのは間違いなくさおりだったのだろう。
 ハッキリと思い出した私は智美のことも思い出した。彼女はスナックでさおりと一緒にいた女性。私に対して好意を持っていてくれていたことは分かっていた。しかし、私はさおりに走ったのだ。間違っていたのだろうか?
 いや、間違っていたというより、私の人間性に問題があったのかも知れない。前後不覚に陥り、そのまま断片的に失ってしまう記憶。そこが躁鬱症の悪いところなのだろう。
 私は今智美によって制裁を受けようとしている。それは最初から分かっていたのかも知れない。不思議ともう怖いとは感じない。記憶は次第に部屋へと向っていた。
 そこは真っ暗な部屋で、さっきまで誰かがいたような気配のある部屋だったのだ……。


                (  完  )

作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次