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暁の獅子 黄昏の乙女

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 都を囲む城壁の正門に当たる南門から、馬車は街へ入った。
 エレンを雇ってからこちらは山賊や盗賊が出没する事のない街が続き、護衛は名ばかりの存在となった。都に入る門の手前で護衛はフルール伯爵領へと送り返した。
 二頭立てとはいえ身元の定かでない馬車の乗客達に横柄な態度を取っていた南大門の門番は、ビジュー侯爵名義の招待状を見て態度を一変させた。
 ビジュー侯爵の名で書かれた招待状は、通行証として十分な物だったようだ。

「お宿はお決まりですか?」

 ビジュー侯爵からの招待状を持っていようと、国境近くの領土の田舎貴族でしかないフルール家が、都の中に屋敷を構えている筈はないと判断した警備兵が声を掛ける。

「これから決めようと思うのだが、良い宿をご存知ですか?」

 愛想良く返事をするリオンに気を良くしたのか、警備兵は丁寧に高級宿が並ぶ通りまでの行き方を説明してくれた。
 リオンは礼を言って馬車を出したが、確認をした警備兵はこの時令嬢の顔を見ていなかった事に後から気付いた。
 花嫁選考会で話題を呼ぶ事になる姫だとは思いもしなかったのだ。後日悔しがる事になるとは彼等は知る由もなかった。
 リオンは、門の前に広がる南広場の周りを巡る馬車道を通って南大路に馬車を走らせた。
 元々オーブの都は先に道を造り、城を街を造っていった都である為、区画整理されている。
 3年前からレオニード王が更なる改良を加えていった為、より機能的になっている。
 身分の高い者ほど湖や川に近い位置に屋敷を構えている。
 表面が平らに整えられた石が敷き詰められた通りは広く、往復を仕切る為に樹木が植えられている。大路は片側だけでも馬車が横並びに余裕で2台は並べる。小路でも馬車道は石が敷き詰められていて馬車同士の擦れ違いに支障が出る事はないだろう。
 歩道との境にも樹木が並べられていて、隙間から馬車が入り込む事は無理だ。
 歩道は地面に木片が埋め込まれていて、端の方に隙間のある蓋をされた深い側溝がある。雨が降っても歩道に水が溜まったり溢れたりしないように計算された造りだ。
 馬車道の交差点は中心に噴水が造られていて、馬車が通る道はその周りに2本ある。四方から来た馬車は一旦噴水を回る道に載ってから、目的の道へ向かう。噴水の周りも広くなっていて、そこで馬車を引く馬に水を飲ませたり出来る。門前の広場を小さくした造りになっている。
 道に面した建物の2階に面して造られたバルコニーと歩道が階段で繋がれていて、交差点の位置では建物の角同士を繋ぐ位置に橋が掛けられて、人が歩いて馬車道を横断する必要はない造りだ。
 騎乗して走って良いのは馬車道。歩道に馬で入る時には必ずゆっくり歩かせる事が都の交通規則に定められている。
 要所要所に衛兵の詰め所があり、騎馬を駈る衛兵が常駐している為、規則違反をすると忽ち捕縛される。
 国王直属の兵は、近衛隊と国境警備隊である。
 近衛隊が内訳されて、王族の警備をする親衛隊、城の警備にあたる衛兵隊、都の警備にあたる王都警備隊で、構成しているのは後継者以外の貴族の子息達と志願した市民である。
 王都警備隊の仕事は、都の治安を守る事である為、消防や交通警邏は重要な仕事の一環である。
 国境警備隊は、衛兵隊から腕の立つ者が選り選られて1年交替で配備される。
 王は直属の兵に関しては徹底的な実力主義で登用する為、金銭授受で配属を免れたり出世したりといった事態は一切ない。
 先代の頃まではどうしても解消されなかった貴族の子息による横暴が、殆どなくなったのである。
 そういった事は国境を越えても噂が流れ、カストルの国外で噂を耳にしたシルヴィーは、レオニード王の為政を自身の目で確かめたい思いに駆られていた。身分証がなければ都に入れない為、今までその希望は叶わなかったのだが、この度の偶然はまたとない機会でもあった。
 貴族の馬車ごと受け入れるような宿は、南大路を進んで湖に面した貴族の邸宅が並ぶ広小路の手前側に並んでいると教えられた。
 南大路の正面は湖を臨める広場になっていて湖の東よりの島に大きな城が建っているのが見える。
 リオンが馬車を停めたのは、東大路と川に挟まれた広い宿だった。
 二頭立ての馬車が停まった気配に、宿から迎えが出てくる。
 手入れが行き届いたパリッとした服装の壮年の男性は、宿の主人だろうか。

「いらっしゃいませ」

 丁寧に頭を下げた主人の前に立ったのは、ヴェールで顔を隠した若い娘と、それに付き添ううら若い女性と御者台に座っていた逞しい体躯の男の3人だった。
 主人はおや、と僅かに眉を顰める。
 立派な馬車の割に乗客が少ない事が気に掛かったようだ。だがすぐに商売っ気が頭を擡げたらしく、慇懃な態度になった。

「お3人様で宜しいので?」
「ああ。すまないな。シルヴィーお嬢様と侍女のエレンの部屋と、俺の部屋も頼めるか?」
「……畏まりました。……左様でございますね。でしたら、居間と広い寝室が1つ、小さな寝室が2つあるお部屋がございますが、そちらでは如何でございますか?」

 男がヴェールを被った娘を振り返ると、娘が頷いた。

「では、少々お待ち下さいませ。唯今お部屋をご用意致します」

 主人が合図をすると、奥から出てきた男が、リオンとエレンが荷物を下ろした馬車の御者台に乗って馬車を移動させていった。
 リオンとエレンが持ち切れなかった荷物をまた奥から出てきた男が持って、主人の案内で玄関を潜り、ロビーのソファに落ち着いた。

「お疲れになりましたでしょう、お嬢様。お部屋に落ち着いたらお城へ参りますか?」
「そうね。選考会への申込期日は明日だけれど、ギリギリになってから行くのでは行儀が悪いわ」

 リオンの問いに答えるシルヴィーの声は柔らかく優しく上品だ。
 少々の時間の経過の後、部屋の用意が整った事を告げに来た小間使いに頷いて、主人が自ら案内に立った。
 案内されたのは2階にある南向きの広い部屋だった。
 シルヴィーの荷物を一番広い寝室に運び込み、リオンもエレンもそれぞれの部屋に自分の荷物を運び込んだ。
 エレンが湯を使えるように頼み、3人は旅装を解いて城へ出向く為の仕度を始めた。
 シルヴィーは揃えてきた荷物の中から柔らかな色合いのドレスを選び出して身に着け、エレンに髪を結い上げて貰い、シンプルなアクセサリーを着けて唇に薄く紅を刺した。

「お綺麗ですわ、お嬢様」

 エレンの褒め言葉に頷くだけの返事をして、シルヴィーはヴェールを被った。

「勿体ないですわ。お嬢様。折角お綺麗ですのに態々ヴェールで隠しておしまいになるなんて」

 唇を尖らせるエレンに、シルヴィ-は微かに苦笑する。

「このヴェールはね、ちょっとした謀なのよ」

 そっとヴェールを上げてシルヴィーは悪戯っぽく片目を閉じた。

「謀、ですか?」

 小首を傾げるエレンに、シルヴィ-は苦笑する。

「さあ、出掛けましょう」

 ヴェールを戻すとシルヴィーは先に立って歩き出し、リオンは黙ってそれに続いた。
 エレンも慌ててそれに続く。
 ロビーまで降りると主人が待ち構えていた。
作品名:暁の獅子 黄昏の乙女 作家名:亜梨沙