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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hellhounds

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二〇一八年 一月十三日 朝

『晩御飯食べて行きなさい』の後は決まって、『泊まっていったら?』だ。いつものパターンで、武内は気恥ずかしさ半分、アズサに構ってもらえるのは嬉しいとも思っていた。アズサは、四十八歳だ。同い年の駒井が息子なのだから当たり前だが、武内とは親子ほど年が離れている。それでも、その優雅な身のこなしや、どこかに芯のある柔らかい物腰は、いつ見ても魅力的だった。隣でいびきをかいている駒井を放って洗面所で顔を洗い、監禁部屋の様子を見に行くと、栗野は横倒しになって眠っていた。タイラップが配管から外されていて、代わりに手足が縛られている。アズサはそういうところが甘い。恐らく何か作って、食べさせたんだろう。おでんの出汁がこびりついた頭も小奇麗になっているし、トイレに行きたいとも言わない。武内はあれこれ想像しながら、居間とつながっている台所を見つめた。自分の育った家にも、こんな居間と台所があった。違ったのは、そのどちらも本来の目的を果たしていなかったということだ。居間は親父に殴られて吹っ飛ばされる所で、台所はごみ箱の代わりだった。いけないことと分かっていても、駒井家に入り浸るほうがはるかに心地良く、アズサは実の息子と同じように接してくれた。ただ、一つだけ欠点がある。武内は家の前で停まったらしい甲高いエンジン音に耳を傾けた。軽トラックの排気音。欠点と言うより、正直理解に苦しむ。
 アズサは、男の趣味が悪すぎる。
「おーい、車庫いっぱいじゃねえか」
 外から怒鳴るような声が聞こえてきて、武内は舌打ちした。蜂須。事あるごとに、アズサの仕事はアルバイトだということを強調する。目が合っただけでそう言われたこともあり、それはアズサの仕事のほうが楽で金払いもいいということに対するコンプレックスの表れだと、武内は考えていた。
「ハゲ……、声だけはでけえな」
 武内が呟いたとき、大きな数字の書かれたトレーナーを着たアズサが起きてきて、武内の肩をぽんと叩いた。
「そんな風に言っちゃだめじゃないの」
「アズサ! おーい、前に停めててもいいのか!?」
 大声を張り上げる蜂須に呆れながら、アズサは玄関のドアを開いた。
「勝手にして。ほんっと、近所迷惑な人」
「近所なんてねえだろ。鹿でも起こしちまったか?」
 蜂須は金歯だらけの歯を見せて笑った。アズサは寒そうに肩をすくめながら、言った。
「ゴキゲンね。朝からどうしたのかしら?」
「朝飯ついでに、仕事の話があるんだ」
 離婚しても『朝飯ついで』と平気で言う男。それがアズサの知る蜂須そのもので、どうして結婚したのかは今となっては思い出せなかった。仕事仲間としては優秀だが、仕事上での長所は、共同生活だと全てが短所に変わった。
「今は忙しいのよ。それに、あなたのご飯なんてのも、うちにはないし。カツオ節でよければあるけど」
 アズサが蜂須の頭に振り掛けるような仕草をすると、蜂須は歯をむき出しにして笑った。
「意地悪だな。絞ればゆで卵くらい出るだろうがよ。両方いてんだろ」
 蜂須は勝手に上がりこむと、名前を呼んだ。
「カズ! タケちゃんマン! 仕事だ!」
 蜂須は台所の四人がけテーブルに並べられた椅子に座ると、全員揃うのを待っているように腕組みをして、アズサに言った。
「最近は何食ってんだ?」
「健康に気を使ってるわ。カズ君はちょっと体重を落とさないといけないから」
 アズサが言い終わるのと同時に、武内が台所に現れた。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
 蜂須はそこが自分の居場所であることを疑わない様子で、言った。武内は心の中で『そこはカズが座る場所だ』と呟きながら、向かいに座った。駒井が降りてきて武内の隣に座った。
「相変わらず、でけえなお前は」
 蜂須が止めを刺すように言い、当然のように沈黙が流れ、アズサが忙しなくフライパンで卵を炒め、スクランブルエッグとハムとロールパンが人数分並んだ。アズサが蜂須の隣に座って、声を合わせる練習のような『いただきます』と共に空気が再び動き始めた。
「今は、忙しいのよ」
 アズサはスクランブルエッグにケチャップをかけながら言った。蜂須はロールパンをひと口かじると、ウサギのように忙しなく噛んで飲み込み、言った。
「いいことじゃねえか」
 蜂須は、食べながら話すということができない。さらに大きなパンの塊を放り込んだのを確認すると、武内は器用にスクランブルエッグを飲み込みながら言った。
「途中なんですよ」
「進んでるの?」
 アズサが言った。駒井が代わりにうなずいた。
「なくしたらしい財布を見つけないといけない。パスワードの紙を、そこに入れてるって」
 パンの塊を心持ち高速に噛み終えた蜂須が、口を挟んだ。
「嘘だ嘘。そんなもん信じるって、お前どうなってんだ」
 武内が何かを言おうとする前に、蜂須は続けた。
「耳切れ、耳。財布も見つかるし、なんなら万国旗だってケツから出てくんだろ」
 駒井と武内が少し笑ったあと、アズサが蜂須の頭を叩き、沈黙が流れた。コーヒーメーカーが音を立てて、アズサが立ち上がって様子を見に行ったのを確認すると、蜂須は小声で言った。
「おっかねえな。あいつはすぐ暴力に頼りやがる。俺が今日こうやって来たのはな、去年の取りっぱぐれの話だ。あれが動いた」
「どんな風にですか?」
「例の依頼人を、今になって探し回っている奴がいるらしい。待ち合わせ場所に来なかったつってな」
 駒井は、蜂須の言葉を引き継いだ。
「そいつから、取れと」
「そういうこった」
 蜂須はパンの残りを放り込んで飲み込むと、スクランブルエッグに取り掛かった。しばらく無言で食べるのを観察しながら、武内はポケットの中で震える栗野の携帯電話を取り出して、駒井に言った。
「返信来たぜ」
 武内はメッセージを開いた。そっけない文章で『はい、返します。すみませんでした。いつもの場所で』と書かれていた。
「この堂島っての、食えねえ女だな」
 武内は呟くように言い、携帯電話をポケットに戻した。アズサが戻ってきて全員でコーヒーを飲み、朝飯が終わった。
 武内は堂島のメールに返信し、駒井に言った。
「蜂須さんの件も後回しにはできない」
「それは分かってるよ」
 駒井はうなずいたが、時間勝負なのは、明らかにアズサの仕事だった。トイレを済ませた蜂須が現れて、武内に言った。
「タケちゃんマン、二十五秒で着替えろ」
「今からですか?」
 武内があからさまなしかめ面を向けると、蜂須は小馬鹿にしたように笑って、言った。
「こっちが本業だろうが。アズサの仕事はアルバイトだ。カズは、かあちゃんとそっちをやってろ」
 蜂須は誰の返事も待たずに表に出て行った。武内は諦めたように、栗野の携帯電話をポケットから取り出すと、駒井に投げて渡した。
「こっちから場所を指定してやった。返事があれば、ラッキーだ」
 蜂須と武内が出て行き、栗野がアズサの焼いたトーストを食べ終えたところで、携帯電話が震えた。駒井はそのメールの中身を読んで、眉をひそめながら思った。明らかに、自分はこういう仕事には向いていない。
『分かりました。バイトが終わったら、そこに行きます。十六時でいいですか?』
作品名:Hellhounds 作家名:オオサカタロウ