小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Hellhounds

INDEX|5ページ/19ページ|

次のページ前のページ
 

「どうだろうな。落としたんじゃないなら、返信してこなかった奴が怪しいかもよ」
 武内が言ったとき、アズサが居間から声を掛けた。
「カズ君、タケちゃん、ご飯できたよ」
 二人目の返信が届いた。居間に向かって歩き出した駒井を掴んで、武内は言った。
「待て、もう一件来た」
 メッセージを開いた武内は、少しだけにやついた表情を見せると、真顔に戻って言った。
「これはどう解釈すべきだ?」
 メッセージは単純明快だった。『?』という一文字だけ。絵文字もなし。駒井は言った。
「なんのことか分からないって、感じだな」
「財布をなくしたつって、反応が『よく分からない』って、ありえないだろ」
 武内は直感で『返して欲しいんだけど』とだけ、返信した。駒井は連絡先の名前を頭に留めた。
 堂島春花。


 前園は、自分の周りの景色をぐるりと眺めながら、思った。もしこの廃車の山に意識があるなら、新車のアクセラはどのように見えるだろうかと。解体屋は何の看板も出しておらず、一見すると遺棄された廃車ヤードにも見える。しかし、裏山までぐるりと囲む有刺鉄線には電気が流れており、それは動物避けではない。この地域で起きた『事故』で潰れた車は、ほとんどがこの解体屋でその寿命を終える。例外もある。ときどき、そのスクラップになる車の中に人間が混ざっているという噂。まだ走れる車と同様に、生きていることもあるという。
「あんた、最近見なかったと思ったら、急にどうしたんだ?」
 オーナーの吉松が、前園に声をかけた。吉松は、作業服を機械油で直接肌に張り付けたような油臭い男で、全体的にねばつくような光沢を放っていた。五十代だが、顔色は一度死んでから無理やり起こされたような灰色をしている。
「久々っすね。いやちょっと、仕事が舞い込んできてね」
「事故か? 最近はないぜ」
 吉松は、シーマから外したフロントシートに腰掛けた。隣には直列四気筒のシリンダーブロックが置いてあり、それはテーブル代わりになっているようだった。
「去年の十一月の話なんですが。白のレガシィが運ばれてきたりとか……」
 前園が言い終わらない内に、吉松の灰色の顔がさらに暗くなった。シーマのシートから立ち上がれなくなったのかと思うぐらいに長い沈黙が流れた後、吉松は言った。
「そういう人探しか? どうしたんだ前園。らしくない仕事を請けたな」
「まあね」
 前園がそう言いながら煙草に火をつけようとすると、吉松は手で止めた。
「火気厳禁だ」
 手持ち無沙汰になった前園は、きょろきょろとあたりを見回した。
「答えが持って帰れたら、それで十分なんですがね」
 吉松はしばらくシートに深くもたれて考えた後、ようやく覚悟を決めたように言った。
「何があったか知りたいか? 俺から聞いたとは言うなよ。むしろ、全部忘れてくれりゃあ、都合がいい」
 しばらく間が空き、前園が再び煙草に火をつけようとすると、吉松は諦めたように立ち上がった。
「火気厳禁だっつうの。去年、四人組がヘマをやらかしたんだ。垂水、神崎、姫浦って三人と、それをまとめてたリーダーの古野って奴だ。全員、殺し屋だ。まだ聞きたいか?」
 前園はうなずくと、呆れたようにため息をついた吉松が歩き出すのに合わせて、すぐ後ろをついていった。左半分がぺしゃんこに潰れて車幅が半分近くになったアウトランダーの後ろに、すぐにでも走り出せそうなレガシィが停まっていた。半分はブルーシートで覆われている。
「これがそうですか」
 前園が言うと、吉松は半開きになったトランクに手をかけた。バンパーにかすかに残る血の跡。吉松はトランクを持ち上げた。中は空っぽだったが、乾いた大量の血がこびりついたビニールシートが敷かれていた。
「そういうこった。まず垂水が殺られた。そして姫浦ってのは女だが、こいつは大怪我をした。神崎は逃げた」
「古野は?」
 前園が先を促すと、吉松は血痕を指差した。
「これがそうだよ。この車はダムに置きっぱなしになってた。引き取りに行って、トランクを開けたら古野が入ってた」
 前園は、納得したように小さくうなずいた。つまり、宮間の『約束の人』は、ここで息絶えていた。仕事は終わりだ。
「残念です」
「何が?」
「依頼人は、この古野ってのを探してたんですよ。待ち合わせ場所に来なかったと言ってね」
 しばらく間が空き、前園は、自分が口に出したばかりの言葉を引っ込めたいと感じた。もしかして今、言ってはならないことを言ってしまったのだろうか。吉松はトランクをまた半開きの状態に戻すと、言った。
「どんな奴にも、待っている人間がいるもんだ」
 吉松はしかめっ面のまま俯くと、続けた。
「この古野を殺したのは、神崎って奴だ。古野の頭からは、二二口径の弾が出てきた」
「仲間割れですか?」
 前園が訊くと、吉松は首をかしげて作り笑いを浮かべた。
「あまり想像するな。まあ間違いなく、その神崎って奴はケツに火がついてる」
 早く追い払いたがっているような態度の吉松に礼を言うと、前園は宮間から預かった前金の中から一部を情報代として支払った。アクセラに乗り込んで、思った。こんなにあっけなく終わるとは。
 アクセラが敷地から出て行ったのを確認した吉松は、前園から受け取った金を金庫にしまいこんだ。その隣にあるくしゃくしゃの紙幣の束は、十一月に受け取った別の『着手金』だった。吉松は、固定電話から蜂須の携帯電話を鳴らし、相手が電話に出るなり言った。
「古野を探してる奴がいる」
「おお、ご苦労さん。俺の勘は当たるんだ。どんな奴だった?」
 蜂須は少なくなった髪をドライヤーで乾かしているのか、声がほとんど轟音でかき消されていた。吉松は言った。
「人探し専門の業者だよ。前園だ。依頼人は分からない」
「でかした。明日ちょっと顔出すから、また相談乗ってくれや」

 蜂須は返事を待たずに電話を切ると、狭いアパートの部屋の中をぐるぐると歩き回りながら考えた。ここ数年で、完全に取りっぱぐれた案件は、去年の十一月にドタキャンされたこの一件だけだった。思い出すだけで血圧が上がる。生乾きの薄い頭をベランダに突き出すと、蜂須は腹の底から叫んだ。遠くに見える住宅から『うるせえぞ!』という怒りの声が返ってきて、蜂須はもう一度長めに叫んだ。

 前園は、宮間にメールを送った。できるだけ簡潔に、平易な文章で。変な感情を込めるのは厳禁だった。同業者である神崎に殺されたという点は、すんでのところで飲み込んだ。あまり知らない世界に踏み込むと、気づいたときには足が抜けなくなっているということは、多々ある。

作品名:Hellhounds 作家名:オオサカタロウ