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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hellhounds

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 武内が言いながらインプレッサの運転席に乗り込み、トランクのレバーを引くと、駒井が後ろに回ってトランクを開けた。猿ぐつわを噛まされた男が目を開けた。駒井は袋の口を開くと、熱湯のような汁ごと中身を頭にぶちまけた。トランクの中で体が跳ねたが、同時にエンジンがかかり、マフラーから断続的に吐き出される排気音が騒音をかき消した。トランクを閉めて、助手席に乗り込んだ駒井は言った。
「腹は減ってないみたいだ」
 逃がし屋だが、ときどき真逆のアルバイトもする。指揮官は役所に勤めるアズサ。細身で長身の出で立ちで、四十代後半になる今も変わらない。武内はずっと、アズサは真面目な性格だと思っていた。子供の頃から知っているし、晩御飯をご馳走になったこともあった。仕事で触れる個人情報を基に誘拐殺人をしているということを知ったのは、武内が高校を中退した秋のことだった。アズサは、身寄りのない犯罪者を狙うことで、巧みに警察への通報を防いでいた。
「おっさん、おでん経費で落としてくれるかな」
 駒井が結果の分かりきっていることを、愚痴のように言った。武内はシフトノブを一速に押し込み、クラッチを繋ぎながら言った。
「無理だろ」
「全部やったのに、食わなかったな。腹減らねえのか。もう二日目だぜ」
 駒井の言葉を最後に、バイパスの入口までたどり着いたときまでは静かだったが、本線に合流してすぐに、二人はどちらともなく笑い始めた。
 いつもの倉庫に連れて行けていたら、今ごろは男も殺して、石灰で固めているところだった。近くで起きた火事のせいで近寄ることができず、こうやってトランクに男を入れたまま走り回っている。アズサ曰く、トランクの男は栗野という名前で、株取引のセミナーをやって色んな人間から金を騙し取るプロだということだった。脱税から小額の詐欺まで、金にまつわる犯罪のコンビニのような男。そうやってちょっとずつ溜め込んだ金を吸い取る鍵は、栗野が一緒に持ち歩いているノートパソコンにあった。武内は思った。このアルバイトが成功すれば、数ヶ月前の本業の失敗も、なかったことになるだろうと。待ち合わせ場所に相手が来なかったということを報告すると、蜂須はガスコンロの炎で蝿叩きを炙り、それで武内を殴った。熱さを感じる暇はなかったが、それでも普段の数倍は痛く感じた。身長百五七センチの核弾頭。自分より背が高い人間でも、どうにかしてねじ伏せる。
 駒井は、武内の横顔を見ながら、この仕事で蜂須を黙らせることができると思っているに違いないと、踏んだ。実際には、そう甘くはない。駒井は働きに出る前から蜂須のことを知っている。特に、蜂須とアズサの人間関係を。駒井が十七歳のときに転がり込んできた蜂須は、そのままアズサとでこぼこカップルを続けて入籍し、一年で離婚した。その二年間の駒井家の環境は、駒井が大学への進学を諦めるに十分すぎるぐらいだった。ありとあらゆる犯罪行為に精通している蜂須は、逃がし屋ビジネスを営んでおり、アズサに誘拐業の話を持ちかけたのも、蜂須自身だった。だから余計に、この一件を片付けたところで、蜂須が満足するわけがないという風に、駒井は考えていた。蜂須にとっては全部が自分の仕事なのだから、未収はずっと未収のままだ。
 駒井家。すでにばらばらなのに一家離散の『合言葉』がある、不思議な家族。それを号令に、他人の振りをしなければならない。その合言葉は、『逃げろ』でもなければ、『いつもの場所で』でもない。『散れ』だ。そのリストに武内は入っていないが、いざというときは駒井が自分で伝えるつもりだった。
 駒井は、ナビの音声案内に気づかず直進した武内に言った。
「行き過ぎたぞ。今んとこ左だ」


 海辺の公園につながる、片側一車線の道路。街灯はなく、真っ暗な夜中になっても波の打つ音が聞こえてくる。釣り人が肩を並べている辺りから少し離れた橋の近くに、赤城はランドクルーザーを停めていた。泥だらけで洗車したかったが、ここ数日はそんなことをする余裕は全くなかった。愛用のウィンドブレーカーはくたくたになり、ホテルのベッドはどうにも体に合わなかったから、体調はあまり優れなかった。
「ほんと、なんだよこのド田舎。早くおさらばしてえわ」
 赤城が言うと、隣で仮眠を取っていた黒島が難儀そうに体を起こした。
「おれもだよ。ちょっと暖房緩めてくれ」
「一月だぞ?」
 黒島は額に浮かんだ汗をぬぐって、シートを起こした。赤城は鼻息で器用にため息をつくと、温度を下げた。
「それにしても、噂が回るのは早いな」
 黒島が言うと、赤城はうなずいた。むしろ、早すぎるぐらいだ。同業者の失敗となると、自ずと緊張感があった。
「お前、いざって時は……」
 赤城が言うと、黒島はうなずいた。
「自分の心配だけしてろ」
「まあ、逃げてもこうやっても見つかるんだろうな」
 赤城が諦観したようにバイザーを見上げ、歯を食いしばった。
「腰が痛いわ。これじゃあ、仕事中にぎっくり腰になっちまう」
 黒島はそれには答えず、足元へ寝かせた傘のように細長い銃に、手を触れた。モスバーグ五〇〇。短い十四インチの銃身に、汗で滑らないようにデッキテープを巻いたラプターグリップ。チューブ型の弾倉には、五発の鹿撃ち用十二番が収まる。赤城はステンレス製の四五口径を持っている。
「なんでおれ達なんだろうな」
 黒島が言うと、赤城は首をかしげた。
「面が割れてないからだろ」
 赤城と黒島は三十五歳で、フリーランスになって七年間が経っていた。共に海外から戻ってきて、まだ数ヶ月。そんな経験から言えることは、一つしかなかった。今回相手は同業者。それを狩るには、相応の覚悟が必要だということ。
 黒島は、早足で駆け寄ってくる人影に目を凝らせた。
「おい、来たぜ。画伯だ」
 赤城はそれを聞いて、窓を少しだけ開けた。画伯というのは、この地域に住みついているホームレスで、目深にかぶったベレー帽に、無数の指紋がレンズの上で層になっている黒縁眼鏡、そしてロングコートという画家みたいな出で立ちから命名された。対象のアパートの近くで空き缶を集めているのを見た黒島が声をかけたのがきっかけで、このように現地で協力者を探し、人目に触れる仕事を代行させるのが、赤城と黒島のやり方だった。画伯が後部座席に乗り込むと、赤城は露骨にしかめっ面をして、窓を下ろした。画伯のロングコートは地面に落ちた素材から作ったようにボロボロで、鳩のような匂いがする。
「今日は、一日空でした」
「それだけ言いに来たのか?」
 赤城が冷たく言うと、画伯は申し訳なさそうにうなずいた。
「ええ、毎日報告に来るよう、黒島さんに言われてますんで」
 黒島は振り返って、ワンカップを差し出した。画伯は有難そうに両手で受け取った。
「ご苦労様。この調子で明日も頼むわ」
「あんた、ヒゲ剃れよ」
 赤城が遮るように言うと、画伯は肩をすくめた。
「あの、外は寒いんで」
 画伯が出て行き、黒島は言った。
「ああいうホームレスにも、人生があるんだ。ヒゲ一つにも理由があるんだよ」
「じゃあ、なんで声をかけたんだよ」
作品名:Hellhounds 作家名:オオサカタロウ