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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hellhounds

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[3]


 
 手錠と、引越し用のロープ。そして口に横一文字に貼られたガムテープ。堂島は台所の隅に横たわって、目の前で料理の腕を振るう栗野の姿を見ながら、思った。この人は、一体誰なのだろうと。どれが本当なのか、全く分からなくなっていた。数ヶ月前に『これ、試してみようぜ』と遊びで手錠を買ってきたのは、こういう風に拘束するのが、昔から趣味だったからなのだろうか。
 台所からフライパンを取り出し、炒飯を作りだした栗野は、真冬と思えないぐらいに汗だくで、時折堂島の方を向いて笑った。
「アズサちゃんも料理は中々上手かったけどな。俺にはかなわねえよ」
 栗野は皿に一人前の炒飯を盛り付けて、テーブルの脇にひっくり返った椅子を起こした。どっかりと腰を下ろし、炒飯の隣に置いたノートパソコンを開いた。財布からパスワードの書かれた紙を取り出し、折れ線グラフを画面いっぱいに表示する。
「おー、いける。いけるぞ」
 言いながら、一時的に自分のものになった大きな家の台所をぐるりと見回して、栗野は猫のような笑顔を見せた。
「こういう家、いいよな。綺麗なキッチンがあって、天井が高い。こんな家を田舎に買ってリタイアすんのもいいんじゃねえ?」
 堂島はその語りを聞きながら思った。今までにも、こうやって長々と夢を語ることがあった。しかし、それは相手がいなくても同じことだったのだ。今さらのように気づいた堂島は、自分の今までやってきたことに急に牙をむかれたように感じて、俯いた。涙が床に落ちるのが見えて、それはこらえようとすればするほど、勢いを増した。
 栗野はノートパソコンを突き放すように、背もたれに深く体を預けた。
「まーだ売ーらないっと。もうひと味ほしいとこだな。あと一時間。いや、二時間が勝負だ。誤解するなよ。俺は人を殺しちまったが、変態じゃない。弾みなんだ。あっ、グサーみたいな。なあ、これ売り抜いたらリタイアするからさ、一緒に逃げようぜ。あっちこっち、離島とか旅してさ。ずーっとスマホ見てていいわ。お前と一緒にいたら、それだけで羨ましがられるから。二年契約でどうだ? 二年も経ちゃあ、お互い飽きてんだろ」
 栗野はそう言って、炒飯を一口食べた。冷蔵庫をあさり、ビールを持ってくると言った。
「そっか、お前もハタチになったから飲めるんだよな。誕生日おめでとさん」


 武内は、自分までが手足を拘束される羽目になるとは、考えていなかった。なぜなら、これは武内のアイデアで、姫浦を窮地から救うという触れ込みだったからだ。
『あんた、聞いてたぜ。おれは耳がいいんだ』
 姫浦は、自身で殺し屋の報酬を補填しなければならない。武内は自分の言葉に、姫浦から賞賛の言葉が返ってくると思ったが、実際には真逆だった。手首を掴まれたと思ったら、そのまま力任せに捻られ、骨が折れるかと思ったときに足払いを食わされた。女とは思えない怪力で、倒れても右手を離すことはなかった。手首を支点に吊り上げられたようになった武内は、悲鳴を上げながら離してくれと懇願し、ランドクルーザーの後部座席で今も手の痛みに耐えていた。隣には同じく縛られたままの赤城がいるが、頭は簡単な手当てを受けて、止血されていた。姫浦は、頭のネジが飛んでいるわけではなく、常識的なところもあった。なぜなら前園には、礼儀正しくこう言ったのだ。
『今回はご迷惑をおかけしました』
 そのときに、残りとおぼしき報酬を支払った。それは約束されていたよりも多く、前園はそれを数えると、焼かれた眉毛に触れて、気まずそうに笑った。
『忘れられない仕事になったよ』
 運転席でハンドルを握る姫浦は、武内のナビに従って、片側一車線のがらりとした国道に折れた。
「あんた、名前を聞いて思い出したよ。あのタイプRの人か」
 武内は、ハンドルが骨や歯の破片で装飾されたインプレッサタイプRのことを思い出していた。姫浦は黙って聞いていたが、バックミラー越しに視線を向けた。
「あなたは、あの小さい男の家族なんですか?」
 その言葉を聞いた武内は、意味の理解にしばらく時間がかかり、前に視線を戻した姫浦の、傷だらけの横顔を見つめた。うなじのラインには縫い傷があり、頬の真ん中には、小さな穴を埋めたような痕がある。ふと、その意味に思い当たって、言った。
「おれ、似てるか?」
「ええ。最初は他人だと思いましたが、親子ではないかと。だとしたら、申し訳ないことをしました」
「蜂須は他人だよ。あいつには子供はいないよ」
 武内はそう言いながら、縛られていながらもくつろげるだけの、心に不思議な空き地ができたような気分になり、窓の外を眺めた。
 姫浦は、家の外に張り付くように停まっているハイエースから、数十メートル空けた位置にランドクルーザーを停めた。助手席に置かれたハンドバッグを膝の上に置き、半分流れたままになった頬の化粧を全て落とすと、それに合わせて頬に残る切り傷が姿を現した。次に、カラーコンタクトを両目ともに外して捨てた。右目の瞳の真横に入った大きな傷が姿を現し、続けてピアスを外した。欠けた耳たぶがむき出しになり、ピアスを持ったまま眉にかかる前髪を横に払いのけて、ピンで留めた。額の端に残る大きな切り傷も、今は気にならなかった。
「あの家ですか」
「そうだよ」
 武内はうなずいた。姫浦は無言でランドクルーザーから降りた。武内を引き摺り下ろし、道路の真ん中でタイラップを手足ともに切った。
「男の名前は?」
「栗野、株取引をやってる。家にもタンス預金があるってよ。金持ちなのは、確認済だ」
 武内の持ちかけた取引は、栗野そのものだった。姫浦は、玄関を上がる武内の後ろに続いて、廊下に立った。廊下の電気を点けるスイッチが、何かにぶつかられたのか、半分もげたようになっていた。武内は台所を覗いて、あっと声を上げた。
「お前、なんで移動してんだよ」
 栗野は後ろ手に縛られた状態で座っていた。隣には若い女がいたが、それが誰かすぐに察した武内は言った。
「そいつが、財布の女か」
 武内は、以前は蜂須が担っていた役目を、自分から肩に背負うように言った。お膳立ては全部揃ったのだ。栗野は片方の眉をひょいと上げて、堂島の方をちらりと見た。
「言い得て妙だね。でも、俺の彼女なんだ。もうちょっと言い回しっつうか、表現包んでくれるか」
「株はどうなった?」
「パソコン見てみな。今が正念場だ」
 武内はノートパソコンを横目で見た。栗野は、武内の後ろに立つ姫浦に気づいて、小さく頭を下げた。
「ええっと、どうも初めまして。栗野といいます。株取引のコツを教えるセミナーとか、興味ありませんか?」
 姫浦は武内の方を向いて、パソコンの画面を見えるようにひっくり返すよう、指で指示した。武内がその画面を向けたとき、廊下の奥で何かが爆発したような音が鳴り、姫浦以外の全員が肩をすくめた。武内が振り返ると、監禁部屋のドアが廊下の真ん中に折れ曲がって倒れており、それを投げ飛ばすように出てきた駒井が、台所にいる武内と、その手前にいる姫浦をじっと見据えた。
 武内は一瞬の内に、考えた。蜂須ならどうするか。
『おう、カズ。ひさしぶりだな』
作品名:Hellhounds 作家名:オオサカタロウ