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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hellhounds

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「あー、カズ君……。もう限界だよ俺」
「財布を持ってきた」
 駒井が言うと、栗野は力なく笑った。
「マジで? お前、あのいかれ女と会ったの? ずーっとスマホ見てるだろ。誰とメールしてんだって聞いたらあり得ねえキレ方すんだよな。でもあの身体だけは、代わりはいないんだ」
 駒井は財布をポケットから取り出すと、栗野に向かって力任せに投げつけた。頭に命中し、栗野は顔をしかめながら笑った。
「おー、帰ってきたって感じがするねえ。チビちゃん、じゃねえわ。タケちゃんは?」
「お前には関係ない」
 駒井はそう言って台所まで行くと、ペットボトルのお茶をひと口飲んだ。シンクの中には、洗っていない食器が残っていた。駒井は台所の電気を点けた。そして、携帯電話をポケットから取り出した。着信が数件。蜂須と武内からだった。それ以外にアズサからメールが届いていて、駒井はそれを開いた。送られてきたのは、数時間前。堂島が眠ってしまい、布団を巻きつけるようにかけたときだった。
『ちれ』
 駒井は携帯電話を落として、監禁部屋に飛び込んだ。栗野の姿が見当たらないことに気づいたとき、後ろから強い力で突き飛ばされ、駒井は前のめりに倒れて配管に頭をぶつけた。ドアが叩きつけられるように閉じられ、外から鍵のかかる音がした。
「ばーか」
 ドア越しに栗野が言った。駒井は思い切りドアを蹴飛ばしたが、埃が飛んだだけだった。
「アズサちゃんは、ごめんなあ。勢い余って、殺しちまった」
 栗野は言った。手に残る感触を確かめるように、拳を開いた後、また握り締めた。
「タンス預金の話をしたら乗ってきてさあ、二人で俺ん家に行ったのよ。まあ、現ナマ見て喜んでたよね」
 駒井は壁越しに立ち尽くして、黙っていた。自分の知らない間に、最悪の事態が起きていた。殺される直前に一瞬の隙をついて、あの合言葉を送ったのだろうか。駒井は肩を落としながら、歯を食いしばった。声にならない唸り声が漏れた。お構いなしに、栗野は続けた。
「残念ながら、そのお金が欲しいって言い出したんだよな。俺はあげるなんて、ひと言も言ってないのに。揉めたから、ついつい魔がさしてね。つーわけでさ、ごめんなカズ君。かあちゃん、うちのベッドの上でくたばってるわ」
 栗野はそれが漫才の落ちであるように、声に出して笑った。両親が行方不明になったという、お涙頂戴バージョンの生い立ち。それをアズサは簡単に信じた。実際には違った。栗野は十歳だったが、その頃から社会の仕組みをよく知っていた。両親が寝ている枕元に、火のついた煙草を置いた。真っ赤に焼け落ちる家を見ながら、自分を手当てしてくれる救急隊員を見て思った。
『お前ら大人は、何も分かってない』
 ノートパソコンを取りに帰っただけだったが、まさか駒井と会うことになるとは思っていなかった。栗野は外に出ると、目の前に横付けされたハイエースを見て眉をひそめた。
「なんつう邪魔な停め方すんだよ」
 スライドドアを開けて中を覗きこみ、不自然に膨らんだ毛布の塊を突っつくと、堂島が顔を出した。
「おう、ナンバーワン」
 栗野は目を丸くして言い、堂島は一瞬呆気に取られたように、ぽかんと口を開けた。
「あれ? コマちゃんは?」
「誰だそれ? あー、マジかお前。分かったぞ」
 栗野は家の中に向かって声を張り上げた。
「おーいカズ! 春花がお前のこと好きらしいぜ!」
「堂島、逃げろ! そいつは人殺しだ!」
 駒井の篭った怒鳴り声が家の中から聞こえてきて、堂島は咄嗟に、スライドドアを力いっぱい閉めた。栗野の右手の骨が挟まれて乾いた音を鳴らした。呻きながら勢いよくスライドドアを押し返した栗野は、毛布ごと堂島の体を掴んで引き摺り下ろした。
「何しやがんだ、痛いだろうが。あいつも個人情報をぺらぺらうるせえってんだよな。おい、暴れんなって」
 足元をすり抜けてくぐろうとする堂島の背中を、栗野は足で踏みつけた。息が肺から漏れる音が鳴り、それは激しい咳に変わった。
「コマちゃんの言うとおり、人を殺しちまったんだ。でもお前なら、ついてきてくれるよな?」
 栗野は堂島の腕を掴むと、家の中に引きずり込んだ。


「赤城と連絡がつくまで、ずっとおれを生かしているつもりなのか?」
 黒島が言うと、神崎は浅くうなずいた。ベレー帽をかぶっていたときの猫背とは打って変わって、神崎がミラー越しに向ける目は、これまでに殺してきた人間の顔を一人として覚えていないように、薄暗い光を放っていた。
「あんた達は、二人でセットなんでしょう。なら、死ぬときも一緒じゃないとね」
「あんたが命を狙われる理由が、分かる気がするよ」
 それを言うだけで、どっと体から汗が吹き出した。黒島が手の甲で顔の汗をぬぐったとき、携帯電話が鳴り、神崎は言った。
「どうぞ、ゆっくりとポケットに手を伸ばして、出てください」
「いいのか?」
「結構です」
 神崎は、黒島が電話を耳に当てる様子を後ろから観察しながら、思った。今電話の向こうにいるのは、この仕事を依頼した人間だ。つまり、前の雇い主である稲場の可能性が高い。
 黒島は通話ボタンに指で触れ、しばらく相手の言葉を聞いていた。少し俯き加減になり、しばらくして安堵に変わったように、神崎の目には映った。黒島は言った。
「キャンセルだ」
「そうですか、ご足労をかけました」
 数秒前まで標的だった男が吐く言葉には到底思えなかったが、黒島は肩をすくめた。
「まあ、いいよ。……、はい、いえ、後ろにいます」
 黒島はまだ通話を続けており、真後ろに携帯電話を放った。
「あんたと話したいってよ」
 神崎は左手で携帯電話を拾い、耳に当てた。稲場の声が届いた。
「二人雇うのにいくらかかったと思ってんだ。腕試しか?」
「人間、追い詰められたらなりふり構っていられないんですよ」
 神崎が携帯電話を耳から離して黒島に返そうとすると、それを見透かしたように少し大きめの声がスピーカーから響いた。
「お前、姫浦に命を救われたな」
 神崎は、じっと前を向いていた。黒島は、バックミラー越しに見えるその目が少しだけ光を取り戻したように感じて、耳を澄ませた。
 稲場は言った。
「お前は、姫浦に何を教えた」
「生き残るための方法を、全て」
 神崎はそう言ってから、次に稲場が言うことを先回りして、言った。
「でも、姫浦は自分の命を差し出した。そういうことですね」
 電話を切った後、神崎はしばらく宙を見つめていた。黒島はバックミラー越しに見るのをやめて、振り返った。
「煙草いるか?」
 神崎は首を横に振った。そして、自分自身に呆れたように言った。
「今はあんたと友達になるべきだと思うけど、その方法が分からない」

作品名:Hellhounds 作家名:オオサカタロウ