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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 五、生命の章

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上・新月・1、新たに開くため



 神々の見守る中、主の前に片膝をつき祝福を受ける人物がある。
 それは今しがた「炎神マヘス=ペテハ」の号を得たばかりの、プタハである。
 火属の長の地位。それは彼にとって悲願というよりは、本来あるべきもの、不当に奪われていたもの、だったのだろう。その、不敵な笑みをいろどる、虹彩の真紅。
「炎と水が並び立つ。――千年前のウシルのときを再現しているようだ」
 主である生命神ドサムが言った。
 ウシルのときを再現とは、その妻たちのことである。前妻と後妻。それぞれ水属と火属の、高位の力を宿した女神たち――ハピの母と、ホルアクティの母。
 相反する2つの力を側においた、はじめの王ウシルのように。いま生命神ドサム・ハピの側にはこの通り、水属の長とそして火属の長がある。
 はじめの王ウシルを掲げたのは、その後王としてこの地を統べたホルアクティを否定するためである。これまでが過ちであったのだと。そうして今、それらが正されるべきときが来たのだと。
 はじめに戻るときが、来たのである、と。
「今宵は新月。最後となるべき戦のため、そこに立つ脚を、敵を打つ腕を備えよ」 
 そこに集う神々に向け、ドサムは声した。
 主の言葉に、水神デヌタはただ黙し、頭を垂れる。
 神々の数は相当なものであったが、再生者を除けばわずかである。生前は彼ら側近と共に主神の近くにあった知神レルも、いまや彼の背後に並ぶ意思なき肉体の一つとなってしまった。
「……」
 デヌタは足の疼きにわずか顔をしかめる。
 失ったはずの片足。主の命に反し中央で事を起こした報いとも言えるそれを、主たるドサムはその特異な力でふたたび形作り、宛がった。彼の行いを咎めることもせずに。
 主ドサムは身体の傷や欠けを決して放置しない。どのような立場であっても、平等にそれを施す。平等に――そう、そこに個の別は存在しないのだ。
 欠いたものは、また戻されるべきであると、主ドサムは言う。大河の水が引いた後も、また再び満ちてくるように。元に戻ってしかるべきと。それは生命神としての主の性質の現れであるのだろう。
 平等に施される救い。生命への慈悲。しかし、今のデヌタにはそれが重く感じられる。
 月を追うなと。主が突然自身の命を翻したために、神々は少なからず混乱に陥った。そうした不満を圧し、または宥めることこそ、デヌタら側近の重要な役割であり、これまでもそうしてきたはずだった。
 しかしその役を、あのときデヌタは放棄したのだ。混乱をそのままに、不満をおさめることをせず……結果スーが我が身勝手に敵陣に乗り込んだ。それを止めることなく、それどころか自身の私怨のために利用さえしたのだった。
 どうかしていたのだと言えば、その通りだったのだろう。怒りに捉われ愚かな選択をしたものだ。妹へのあのむごい仕打ちを決して許すつもりはない、しかしそのために……個人の感情に支配され、組織のあるべき形を崩した。側近という立場で、決してあってはならない所業であった。
 だからこそ、主の施しが、それへの気遣いが重く感じられる。足の痛みや身体の疼きなど、それには軽すぎると思えるほどだった。
 静かに、主のその見えざる目が、瞼の向こうから、こちらを捉えているのを感じた。
「今は何よりも、お前たちの力が必要だ」
 主ドサムのその言葉は、まるでデヌタ自身に向けられているようだった。
「それを重荷と感じるならば、耐えてみせよ」
 声はけして大きくはなかった。しかし、それは力強い響きをして彼の意識をとらえた。まるで縛り付けられたように、逃れがたく感じる。
 ドサムは続けた。
「私とハピ、二つの境はますます曖昧である。しかし何の憂いがあろう」
 そこにある神々すべてに語り聞かせるように、朗々と。
「この困難を乗り越えるため、我らは一つとなる。そして目的はただ一つ、それを我らは共に見据える」
 目的はただ一つ。――その言葉はデヌタの胸をゆるがせた。
 そうだ、同じ目的であったはずだ。失ったものを再び戻すこと。奪い去られようとする尊い命を、ここに留めて置くこと。それが生命神の掲げた新たな理であり、我々はそれを支持し、求めたのだ。
 デヌタはこれまで、そのことを疑問に持つことも、否定することもなかった。しかし、妹の「確実な」死が、それを忘れ去らせたのだった。人として自由に意思を示すことがなくとも、そこにいて笑っていてくれればいいと、ただそれだけの願いが、もはや手に入れられないのだと知り、諦めと共に自棄的に振舞ってしまった。
 自身の弱さを痛感する。……しかしデヌタは、そうして客観する今となっても、以前のように、主と同じ「目的」を見つめることが、どこか困難に感じられた。
 デヌタはちらと女神レルを見遣る。再生者となった彼女は、生気のない様子でゆらゆらと身体を揺らしている。もう一人の妹のように心を傾けいていた存在が、姿ばかりはそのままで、まるで別人になってしまった――そのことが、いま彼の道にくっきりと影を落としているのだ。
 生命を与え、再びこの世に生かす者が、以前とこれほど変わってしまう。これは、冒涜ではないのだろうか……?
「我々は道半ばにある」
 主ドサムは言った。
「道なき道を私は尚進まんとす。――汝らも続け。我ら千年の願い、この悪しき理《ことわり》を断ち切るために。守るべきを守り、失いしものを取り戻すために。
 未だ達せぬわが技のもたらす、その苦痛のすべてに耐え、ただ進め」
 デヌタははっと顔を上げる。未達――それはデヌタの内の迷いを大きく打った。
 そうだ。今あるこの形は、いまだ達成されていない、不完全なものである。それを承知で、しかし戦の終結のためにと、人の尊厳を置いてそれを成したのだった。
 承知のことであるのだ。そして、これでよしとは、主ドサム・ハピもされていないではないか。
 光がさっと一筋さしたような心地がした。デヌタは思う。愛する妹が、思う形で戻せなかったとしても、レルの様子を戻してやることくらいは、できるのではないか。
 今は戦のため、さまざまな活動を制限しているという。戦が終わりさえすれば、その必要はなくなるだろう。そうすれば、今のような……個の別の無いような、そして人らしさのないような、そうした様子からは開放されるに違いない。
 そして、そこから先に向かうために。より、過去の様子を戻すために、われわれは、月を、求めたのではなかったか。
 妹を失ったことが、どれほど自身の視野を狭くしていたことか。可能性すら捨ててしまうところだった。
 われわれが求めてきたものを、手を伸ばしつかもうとしていたものを、ここで諦めてしまうわけにはいかない。これまでの犠牲を無にすることは、決してあってはならないのだ。
「道はこれで終わりではない。その先に、新たに開くために。――それを、ゆめゆめ忘れるな」
 新たに道を開く。この、未達の技を、完成へと近づけるために。
 戦の先にあるべき未来を、創るため。その、同じ目的のために。

      *

「こちらから、北へ、向かうのか」
 念を押すように、ヤナセが言った。
 疑問は当然である。これまで太陽神側は、ほとんど守りに徹していたのだ。