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短編集14(過去作品)

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リダイヤル



               リダイヤル

「順子」
 そう言いながら、私の横で気持ちよさそうに寝息を立てている順子の横顔を見つめていた。身体の奥には、まだ熱いものが残っているような気がして、何となく寝付くことができない。満足そうに寝息を立てている順子がとても羨ましい限りだ。
 私こと松本秀雄は横で寝ている江口順子を愛している。
 横顔を見ているだけで幸せな気持ちになることができるのは愛している証拠ではないだろうか? それにしてもこんなに気持ちよさそうな寝顔を見ていて眠くならないなんて、我ながらどうかしている。
 おぼろげながら分かっているつもりである。自分が今どういう心境にあるのか。私と順子は知り合ってから半年間、今のように身体を重ねることはなかった。デートしてもお互いに楽しい雰囲気を壊したくないと思っていたのか、なかなかロマンチックなムードにならなかった。
 少なくともムードを高めることを躊躇っていたつもりはない。しかし、順子の屈託のない笑顔を見ていると、とても大人のムードに持っていく気になれず、どちらかというと躊躇っていたというよりも、怖がっていたと言った方が正解かも知れない。
 幼な顔という雰囲気ではない。黙っていれば大人の女性の雰囲気をまわりの人間は十分味わうことができるはずだ。痩せ型で身体のラインも綺麗で、まるでファッションモデルを彷彿させる。しかも自他ともに認めるほど化粧を施すのがうまく、実に清楚な雰囲気を醸し出すには最高の腕を持っていた。そんな順子と並んで歩くことができるだけで、至高の悦びを感じることができる。
 以前の長かった髪をバッサリと切ってから、大人の雰囲気に拍車が掛かったような気がする。髪を切れば若く見えるものだが、順子の場合、ますます大人の色香に磨きが掛かっていくように思える。腕を組んで町を歩いていて他の人が振り返るのも無理のないことだった。
 また彼女は身長も高かった。たぶん、百六十五センチはあると思われる。私が百八十センチを超えているので、一緒に歩いていてお互いに違和感はないが、傍から見ていると、さぞかし「でかい」カップルに見えることだろう。
 しかしそれはあくまで黙っていたらのことであって、これほど外見と中身が違う女性を私はかつて見たことがない。
 彼女の中身はそのものズバリ「幼い」のだ。わがままというわけではない。私を困らせるわけでもない。育ちは普通だったのだろうが、付き合えば付き合うほど彼女は「お嬢さん」なのだ。
 声が高く、まるで声変わりしていないのではないかと思えるほどで、それも幼さを感じる一つである。一緒に歩いている時はなるべく話さないようにしているのでそれほどでもないが、もし声を発しようものなら声と雰囲気のギャップから、その場の全員が全員振り返ることであろう。
 別に恥ずかしいというわけではない。彼女のことをすべて分かっていて付き合っているつもりの私なので、それしきのことで恥ずかしがることなど一向にないからだ。むしろ無邪気な彼女に向けられた好奇の目を、順子自身がどう感じるかの方が気になる。
 順子の考え方は「お嬢さま」っぽく、深い考えなしに言葉が口から出てくることもしばしばあった。しかし感受性は豊かなようだと思う。気にしていない素振りを見せながら、いつも周りを見ているのが分かるからだ。
――小さい頃の経験が彼女をそうさせるのだろうか?
 小さい頃の狭い世界では、子供たちは相手のことに気を遣う術を知らない。気がつけば相手を傷つけていることはあっても、それは傷つけられた方にだけ気がつくもので、それが得てして幼児期のトラウマとして残ってしまうものである。しかし中には自分のことを理解していないまでも、うまくやっていく術を無意識に身につけていく人もいる。大人になって歩いている時に自分から口を開かないようにしているのも、その頃に培った知恵がそうさせるのかも知れない。
――そう考えれば辻褄が合う――
 と一人で納得していた。
 今日、誘いを掛けたのは順子の方からだった。知り合ってから誘いを受けることがなかったのは、順子が控えめな性格だと思っていたからである。特に「お嬢さま」のようなことろがある順子は、控えめなのか、プライドの高さがあるのか、自分で分かりあぐねていたようである。
 安月給の私のことを気遣ってか、あまり贅沢なところへは行きたくないと言ってくれていたが、女性としてはしゃれたレストランでのディナーくらい普通だと思っていたかも知れない。
 そんな順子からのお誘いは私をビックリさせた。
「今日は、私に任せてくれる?」
 それが彼女の誘い文句だった。
 電話を通してだったが、いつものような甲高い声ではなく、目を瞑れば、そのままの順子が思い浮かんできそうだった。声と顔にギャップのある彼女を目を瞑って思い浮かべることは、付き合い始めてそれほど経たない私にとって、今はまだ難しいことだった。
「うん、分かったよ。でも今日は何かの記念日?」
 思わず聞いてしまったことにハッとしてしまった。私の声も少し違うことを彼女には分かったであろうか?
「そんなことないわよ。でも……」
 そこまで言うと声を止めた。電話を通してでも彼女の息遣いが聞こえてくるようだ。私は勝手な想像を膨らませたが、ほぼ間違いないことを心の中で確信し、思わずほくそえんでしまっている顔が、赤くなるのを感じていた。
 会話は数分だったと認識していたが、実際には二十分くらいのものだった。後から考えてもどうしてもそれだけの内容の話をした記憶がない。
――忘れてしまっているのだろうか?
 それもあるかも知れないと思った。だが、どちらかというと会話の時間より沈黙の時間が長かったような気がするのだ。しかし、それをあまり感じさせないのは、きっとその時間帯がお互いの暗黙の了解のようなものがあったからかも知れない。何かを言おうとするのだが、相手の息遣いを感じていることに心地よさを感じ、その時間帯を楽しみたいという気持ち、それも暗黙の了解の一つなのかも知れない。
 私はそんな時間が好きだった。順子も好きでいてくれていると思っているが、実際に言葉で確認したことはない。
 どちらかというと私は言葉で確認したがる方かも知れない。今でこそ暗黙の了解を心地よいと感じるようになったが、以前は親友との間であっても、言葉がなければあまり信用しない方だった。そういう意味でも私に暗黙の了解という新しい境地を開かせてくれた順子は、私にとって新鮮な存在であることに間違いない。
 そういえば順子から電話が掛かってくることも珍しかった。
 いつもは私の方からの一方通行が多く、
「私、電話って苦手なの」
 はにかみながら言う順子の言葉に嘘はないだろう。今はそうでもないが、こちらから電話をした時の最初の反応は「冷たい」ものだった。いつもあれだけ高い声なのに、音量も小さく、まるで別人のようだった。「怖い」とまで思ったこともあるくらいで、とにかく何かに怯えているのではと思うくらいハスキーで細々とした声なのだ。
作品名:短編集14(過去作品) 作家名:森本晃次