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短編集14(過去作品)

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 その声は大人の色香ともかけ離れていた。一体何にそれほど怯えるのか分からないが、会って話している時の声とは明らかに違うものだった。だが、それも最初だけで、話の途中からはいつもの甲高い声に戻っている。
「あなたと話していると、落ち着くのよ」
 順子はそう言っていたが、ある日こんなことを言っていた。
「きっとある言葉がきっかけなのかも知れないわ」
 電話での声の話題に触れたことがあった時である。
「いつも同じ言葉をいうのかな?」
「そうじゃないの。毎回違う会話の中で何かターニングポイントがあるのよ。それがきっかけということなのかも知れないの」
 どうにもハッキリとしない話である。しかし私も人との会話の途中で、妙に納得したりする言葉があると、そこから先は次から次へと会話が弾むことがある。閉鎖的な会話から入る人にはそれが徐実に現れるのかも知れない。
 私が電話を掛ける時には約束があった。
 私が電話を掛ける前に、必ず彼女から電話があるのだ。
「今なら掛けてもいいよ」
 という合図なのだろう。
 掛かってきた電話はすぐに切れる。しかし携帯電話に残った相手の名前を見ると、そこには私がメモリーしている「順子」という名前がある。いつも決まった時間というわけではないので、それだけに名前を見るとまるで子供のようにはしゃぎたくなる自分がいる。他の時の表情はなぜか想像できないのだが、電話に向かっている時だけはニヤけている自分の顔が想像できる。
 しかしさらにはすぐに掛けてはいけないのも暗黙の了解になっていた。
――いきなり掛けるより一瞬間をおいてからの方が効果的かも?
 というのもあるのだが、その間に自分の中で高ぶってくる気持ちを楽しみたいというのが本音である。
――同じように彼女も楽しんでいるに違いない――
 そう感じるのは、まんざら私のエゴではあるまい。
 リダイアルボタンに手が掛かる。その日は最初から予感があったのかも知れない。電話に出た時の順子の声が今までに聞いたこともないような声だったにもかかわらず、一切の違和感はなかった。
 いつもの子供のような甲高い声ではない。かといって最初の頃の緊張していたハスキーな声ではない。そこには今まで知らなかった、いや、知りたいと思っていた大人の色香を漂わせるような声だった。
 少しだけ鼻にかかったような猫なで声は、私の男としての興奮を駆り立てる。初めて聞く順子の気持ちが入った声ではないだろうか。それはオンナとしての本能が、理性を超えて声として発せられるものだという確信めいたものがあった。
――順子はいよいよ今日を「記念日」にと考えているようだ――
 声を聞いただけで直感した。その後の言葉はそれを裏付けるだけのものであって、私には彼女の返答がすべて読めてくるような気がした。あまり女性と付き合ったことのない私だったが、それだけ今まで順子と真剣に付き合ってきた証拠なのだ。
――順子にとって私とはどういう相手なのだろう?
 何度となく考えて未だに答えを見出せないでいる。逆に私にとっての順子とはどういう相手かということを考えたとしても同じことなのだ。お互いどちらからというわけでもなく付き合い始めた仲だったので、そこに違和感はなかったが、かといって鮮烈な印象が残っているということもない。
「あなたは女性というものを知らないのよ」
 と言われることがある。よく意味が分からなかった。
 元々の付き合いは友達からの紹介だった。
 私の友達が順子の兄と友達で、そこから知り合った仲である。それも何となくまわりから「うまく行くカップルかも」ということで、映画の券をもらったり、レストランの招待券をもらったりと、自分たちが考えたシチュエーションなど、最初の頃は存在しなかった。
 それでも私は楽しみにしていた。自分からの行動ではなくとも、まわりが仕立ててくれただけあって、場の雰囲気は最高だったかも知れない。しかしまわりから作られた雰囲気の中で、そこから一歩踏み込むことにはさすがに躊躇していた。それは私に根性がなかったからかも知れない。しかし、その間にお互い自分のことを話していたので、聞いて判断したことに自分としては自信があった。
――自分から攻めることはやめておこう――
 ある意味卑怯な行動かも知れないとも思った。しかし、今の彼女に対して自分から攻めることはあまりにも相手の心情を無視したやり方にしか見えず、自分を抑制することにしたのだ。
 順子は私と付き合う前に何度か男性と付き合ったらしい。こういう話をし始めると、順子は堰を切ったように話し始めた。
――自分を分かってほしい――
 これが自分の中のポリシーとしてあるのだろう。しかも、それが自己防衛に繋がることを、順子自身がよく分かっているのだ。
 今まで付き合った中で最悪の男性が私と知り合う前の男性だった。
「付き合えば付き合うほど、相手が最悪になって行くの」
 と順子は苦笑していた。
 本来であれば私に言うべきことではない。私も苦笑いを浮かべたが、それはまるで苦虫を噛み潰すような何とも言えないもので、それを彼女が分かったかどうか、私には分からなかった。しかし、順子はそれを口に出していうことで、必死に自分というものを分かってもらおうとしていたに違いない。
 順子の気持ちは痛いほど分かった。私のことを本当に知る前の今だったら嫌われても仕方がないとまで思っていた気がする。その話をするまでの彼女はさぞかし私を冷静な目で見ていたことだろう。
「僕は違うさ」
 少し間があって、私は口を開いた。何の根拠も自信もないことだったが、順子だから口に出して言えたことのような気がした。きっと、他の女性だったらもっと違う返答をしたか、何も答えなかったに違いないと思う。
「まるでストーカーだったわ」
 彼女は付き合っていた男が、あまりにも金銭的にルーズな男だったことで、自分から別れを言い出したようだ。それまでは順子に対し、どちらかというと下手に出ていた男だったので、彼女としては少し強引な切り出し方をわざとしたようだ。
「それが間違いだったのね」
 話しているうちに男の態度がコロコロと変わったらしい。いきなり大声で叫び出したかと思うと、女々しくイジイジとすすり泣いてみたりしたようだ。最終的には爆発した怒りの矛先を向ける場所がなく、振り上げた鉈の始末に困ったかのように、言葉も中途半端にその場を逃げ出した。結局、話は中途半端になってしまい、何がどうなったのか、しばしキョトンとしているしかなかったようだ。
 結局男のことを最後まで分からず仕舞いだったのだが、後から聞いた話には、男には他にも数人付き合っている女性がいたらしい。
――何となく分かっていたわ――
 そうは言ったが、最後の日の男の態度から考えて分かったことのようで、しかもだいぶ後になって気がついたことだった。だから、噂を聞いた時、それはちょうど頭に疑惑が浮かんできた時だったのかも知れない。
 順子は時々脅えたような態度をとることがあったが、そう考えると辻褄が合う。今までの経験から男というものに対して敏感になっているからなのだろう。
――彼女には誇大妄想の気がある――
作品名:短編集14(過去作品) 作家名:森本晃次