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配達された二通の手紙

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 母の背中の痣、和子の腹のほくろ、和子が小さい頃暮らした家の様子……。
 和子はギクッとした……もしかしてこれは本物?
 そして、家の庭にあったハナミズキのことが書かれているに至って、確信した。
 母はそのハナミズキを随分と大切にしていた、父が大好きだったからと言うのがその理由で花をつけると良くぼんやり眺めていた、きっと父を思い出していたのだと思う、しかし、そのハナミズキは数年前に枯れてしまい、やむなく切ってしまったのだ。
 和子もその木が春に咲かせる白い花が、秋につける赤い実が好きで、切らなくてはならなくなった時、すごく悲しかった事を良く憶えている……そして、この手紙を書いた人はそれを知っている……。
『おそらく俺は数日内に死ぬだろう、わが軍は追い詰められて、次々とやられてしまっている、全滅も時間の問題だ……正直に書こう、死にたくない……日本に戻って母さんやお前と暮らしたい……でも、この戦いは日本を、母さんとお前を守るための戦いだ、米英に日本を好き勝手にさせるわけには行かないんだ。 ケンはこの戦いの結末を教えてはくれなかったが、昭和の時代はまだまだ続き、日本は平和で繁栄するとだけ教えてくれた、彼の言葉を信じたい……お前達は平和な時代に幸せに暮らしてくれ、母さんは元気か? 母さんを困らせたり泣かせたりは決してしないで欲しい、母さんもお前も俺の大切な宝なのだから……お前達の顔をもう一度だけ見たい、今はそれだけが望みだが、それは叶いそうにない。 もし、本当にケンがこの手紙を20年後のお前に届けてくれるなら、母さんを頼むぞ、そしてお前も幸せになってくれ』

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 和夫は交代で摂る食事休憩の時間を利用して手紙を眺めた。
 切手は貼っていない、当然消印もない、ケン・ポストマンと名乗った男の自作自演の可能性を疑った、しかし、古びた感じは作り物とも思えない、そもそもそんな手の込んだ事をする理由も見当たらない。
 訝しがりながらも、和夫は封を切った。

『和夫へ
 俺はこの手紙を硫黄島で書いている、ケン・ポストマンと名乗る不思議な男が現われて、いつでも、誰にでも、何処へでも手紙を届けてくれると言う。
 和子に……俺の妻、お前の母に宛てて書こうかとも思ったのだが、俺が出征した時、まだ小さくて充分に話すことが出来なかったお前に宛てて書く事にした』
 和夫は戦地から届いた父の手紙を読ませてもらったことがある、母はそれを仏壇の奥深く大事にしまっていて、和夫が警察官を志すと告げた時、取り出して見せてくれたのだ。
 その筆跡に良く似ている、右肩上がりにならず四角四面の特徴的な文字……。
 理性的には信じられる筈もない、しかし心情的には信じられる……いや、信じたい。
『ケンが言うには、この手紙が本物だと信じてもらうために、身内でなければ知り得ない事を書けと……お前は憶えていてくれているだろうか、出征の前日、最初で最後のキャッチボールをしたな、子供用のグローブなどないから俺のグローブをお前がはめて、大きすぎて扱えずに頭や身体に何度もボールをぶつけていた、もっとお前とキャッチボールがしたかった、野球を教えてやりたかった』
 憶えている……まだ五歳位で出征の意味など良くわからなかったが、父母の様子から父が遠くへ行ってしまい、しばらくは帰れないことだけは察していた、それで自分からグローブとボールを持ち出して父にキャッチボールを教えてくれと頼んだのだ、父は最初びっくりしたような顔をしていたが、嬉しそうに応じてくれた……確かに大人用のグローブは重く、大きく、ボールを何度も身体に受けてしまったことも憶えている、頭に当った時は痛くて泣きたかったが、泣いてしまったら父が止めてしまうと思って懸命にこらえていたことも……。
『俺はおそらく生きては帰れないだろう、正直、死ぬのは怖い、死にたくはない、父親としてお前に色々と教えてやりたかった、二十歳になったお前と酒を酌み交わしたかった、お前も俺に似て強情だからきっと喧嘩もすることになっただろうと思う、死んでしまったら喧嘩もできなくなってしまうな、それが残念だ……一つだけお前に頼みがある、俺は日本を、母さんやお前を守るために戦っている、ケンが言うには日本はこの先ずっと平和で発展して行くんだそうだ、お前は兵隊になどならずに済むだろう、だが、俺達のように国を、愛するものを守るために戦って死んでいった者がいる事は忘れないでくれ、そして、平和な時代が続くならば、どんな形でも良い、その平和を守るために働いてくれ、そして母さんを守ってやってくれ……頼みごとが二つになってしまったな、だが、今、俺が願う事はそれだけだ……どうか達者で暮らしてくれ、そして母さんにもよろしく言っておいて欲しい』
 手紙の最後の方、書き始めは四角四面だった文字の角が取れてぐずぐずになってしまっている、父の心の内を垣間見た気がした。
 和夫はその手紙を押し頂いて丁寧に戻し、胸ポケットに厳重にしまった。
 手紙が本物かどうかなどどうでも良い、今、自分は間違いなく父の声を聞いた、そう思えたのだ。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 和子は手紙を読み終えてしばらく、立ち上がることが出来なかった。
【母さんを困らせたり泣かせたりは決してしないで欲しい、母さんもお前も俺の大切な宝なのだから】
 まだ一歳かそこらの頃に出征して帰らなかった父。
 母は女手一つで自分を育て上げてくれて、大学にまで行かせてくれた。
 学生運動に身を投じたのは、世の中の不公平を正すため、二度と母のような思いをする女性を作らないよう、戦争のない社会にするため。
 しかし、今自分がやっている事は母を困らせ、泣かせている……。
 世の中を根本から変えて行くには共産化革命しかない、そう思った、日本と言う国を根こそぎひっくり返さなければいけない、と。
 だが、父は日本を守るために戦い、死ぬ事を覚悟していた、父にとって、日本を守ると言う事は、妻を、娘を守ることと同義だった。
 父が守ろうとした日本を、自分は今壊そうとしている、母を守りたいと言う気持ちは同じなのに……。

 和子は混乱した。
 理想を追って学生運動に参加したものの、深く関わるにつれて矛盾も感じるようになっていたのだ。
 学生運動の究極の目標は共産化革命、そのためには団結しなければいけないはずなのに、様々なグループに分かれていがみ合っている、僅かな理想の違いも容認しない強硬な姿勢はいかがな物かと思わないではいられない、そして自分が属しているグループ内でも権力争いのようなものが存在する、本来は力を合わせなければいけないはずなのに……。

(とにかく一度、頭を冷やして良く考え直さないといけないな)
 和子はそう思った。
 そして戦場のようになってしまっているバリケード内を見回す。
 改めて眺めてみるとこれが自分の理想としている世界の姿だとは思えない、余りに深く運動にかかわってしまってそれが見えなくなっていたのかも知れない……。

 しかし、ここを抜け出すと言うのは簡単なことではないのも事実。
作品名:配達された二通の手紙 作家名:ST