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短編集10(過去作品)

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 先ほどの彼女の笑顔を思い出した私からその緊張は取れた。ホッとしたかのように微笑む彼女も同じように肩の力が抜けていくようだった。
 彼女は目鼻立ちのはっきりしたタイプの顔で、どちらかというとあまり私の好みではなかった。最初感じた緊張感は、少なくとも私の中のときめきではなかったのだ。
 私はどこにでもいるようなタイプの女性ばかり気にするタイプだった。美人といわれるようなタイプや、タレントにいそうなタイプは苦手だったのだ。
――美人だとすぐに飽きるからなぁ――
 そう自分に思い込ませていたが、その実はあまり自分がもてるタイプではないという自覚があったからだ。
――最初から気にするだけ無駄だ――
 気にして気を揉むよりも、最初から安全パイを狙おうという気持ちと、自分に相応の人が相手ではないと、最初から劣等感を感じてしまうという錯覚があるのだ。特に私の場合、最初に劣等感を感じてしまえば最悪で、必要以上に気を遣うことになることは目に見えている。しかもそれが無意識のうちに行われ、気がついた時には相手から愛想を尽かされていたというような最悪の結果を招きかねない。
 タレントにいそうな女性に対してはまた違う。
 テレビでタレントは嫌というほど見ているし、雑誌などを見てもグラビアで載っていたりする。
 彼女たちの表情は作られたものだという印象が強いのだ。当然プロのスタイリストやカメラマンによって作られる笑顔であり、そこには個々のカメラマンによる個性があるだろうが、所詮売れるためのテクニックは知れていて、皆同じような表情になっていることだろう。
 要するに、ここからが美人に対するのと同じ思いなのだ。
――すぐに飽きる――
 自分にそれほど自信のない私だから偏見があるのかも知れない。いや、確かにその思いは大きいだろう。
「俺は美人はあまり好きじゃないよ」
「どうせ相手にされないからだろう?」
「まあな」
 友達とこのことで何度会話しただろうか?
 ただ苦笑するだけの私に、友達は優しく笑っていた。親友でなければその笑顔すら皮肉に見えるかも知れない。
 友人は私から見ても明らかにもてるタイプだった。
 本人もそれを自覚しているのか、女性との付き合い方について、時々ウンチクを傾けている。
――そんな話は聞きたくない――
 と、最初は思っていたが、友人に皮肉めいたものはなく、嫌らしさもない。逆に教えてくれるなら聞いておこうと思い始めたのは、自分の気持ちに余裕が出てきたからだと思うようになった。
「俺はいつも数人のガールフレンドがいるんだよ」
 一人では満足できないのか、という理不尽な気持ちと羨ましさでやりきれない思いも無きにしもあらずだったが、
――これも人生勉強だ――
 と言う彼の言葉になぜか説得力を感じていた。
 しかし、目が合った女性は飽きが来ない気がした。そこには何の根拠もないが、なぜか確信めいたものがあった。
 何となく懐かしさを感じる。
 小学生の頃、近くに住んでいたお姉さんに雰囲気が似ている気がする。お姉さんに感じた一番の思いは、「優しさ」だった。子供心にも少し目鼻立ちがはっきりしているので、きつそうな雰囲気があったが、接してみるととても優しい。普段の彼女と、私に接する時の彼女との違いに、一人ドキドキしていたものだ。
 お姉さんは一人で住んでいた。
 知り合ったきっかけは、私が公園で一人で遊んでいる時だった。友達がいないわけではなく、なぜその時に限って一人だったかなどの記憶も定かではないが、偶然なのだろうと、勝手に納得していた。
「ねえ、お姉さんと遊ぼう」
 いきなり声を掛けられ、びっくりしないはずはなく、今でもその時のことは思い出すことができる。しかし、それはびっくりしたというより、目の前に現れたお姉さんが神秘的に見えたことの方が印象的だった。
 近視の人が眉をしかめて睨みつけているような表情をしていたに違いない。ちょうど太陽を背に立っていたお姉さんは、シルエットのように光の中に浮かび上がっていた。お姉さんから見れば、それこそまともに光が当たっていたので、表情の細かい皺まで確認できたかも知れない。後で考えれば恥ずかしいことだ。
――その時、私は何と答えたのだろう?
 今となっては思い出せない。いや、思い出そうとすればするほど記憶の奥に追いやっているようだ。思い出せないことがさらなる焦りのようになっているのだろう。
 気がつけば、お姉さんに手を引かれ、公園を後にしていた。
――どこに連れて行かれるのだろう?
 本来なら、怖くて声が出ずに震えているのだろうが、その時の私は期待と不安が半分ずつで、震えの代わりに握られた手の平にはグッショリと汗が滲んでいた。
 お姉さんはこちらを振り向こうとせず、じっと見つめている私の視線を避けるように、前を向いてひたすら歩いていく。避けているというより、前しか見えていなかったのかも知れない。
 どのくらい歩いたのだろうか?
 私のまったく知らない風景に少し怯えが走った。しかし心の中では、
――どうやって帰ればいいのかな? お姉さんが分かるところまで送ってくれないと、僕一人では分からない――
 と考えていることは現実的なことだけだった。
 かなりのスピードで歩いたことには違いない。止まってから心臓の鼓動の激しさで、一斉に汗が噴き出し、肩で息をしていた。クラスの中でも陸上が得意だった私は、得意な理由として、苦しくない呼吸法を心得ているからだと思っていた。実際、短距離トラックでも長距離マラソンでも息苦しくなる方ではなかった。
 小学生でも六年生ともなれば少しは女性に興味を持つものだ。私は特に早熟だったような気がする。もし女性に対して興味を抱き始めたきっかけがあったとしたのなら、その時だっただろう。
 電車が横を走り去る。電車が好きな私は、色を見ただけでそれが特急電車で、どこ行きなのかを無意識ながら見ているだけで分かったという記憶がある。何となく見えていた車内は満員で、立っている人の影を目で追っていることに気付いていたくらいなので、ひょっとして気持ち的には落ち着いていたのかも知れない。
 線路横のオンボロアパートの前まで来ると、彼女は私の手を引っ張ったまま、鉄の階段を昇り始めた。
「カツンカツン」
 ヒールを履いているわけでもないのに、響き渡る乾いた音は、いつまでも耳の奥に残っていた気がする。
「さあ、どうぞ。お入りになって」
 上品そうな言葉におよそ似合いそうもないオンボロアパートだった。しかし、扉が開いて部屋の中を覗くと、綺麗に片付いていることが想像できたのか、勝手に頷いていた。
――これが女性の部屋というものか――
 初めて見る女性の部屋に最初はたじろいでいた。敷居が高いとは、まさしくこのことを言うのだろう。まだ靴を脱ぐ前の玄関先で、ぐるっと部屋を観察していた。
「汚くてごめんなさい」
 謙遜なのだろうか?
 女性の部屋を知らない私は、彼女の言葉が謙遜なのかどうか、見当がつかない。
作品名:短編集10(過去作品) 作家名:森本晃次