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短編集10(過去作品)

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 私は天井を気にしながらあたりを見渡していた。部屋の奥に進めば進むほど広さを感じる不思議な部屋であったが、なぜか違和感はなかった。それも天井の高さがあるがゆえのことだと思っていたからかも知れない。
「ここで一人暮らしをされてるんですか?」
「ええ」
 歳は二十代前半に見える。入った瞬間、見えた青い瞳をじっと見ていたが、部屋の奥に進むにしたがって黒い色に変っていくのがはっきりと分かった。錯覚だったのだろうか? 
いや、そんなことはない。肩まで伸びたストレートな髪が、黒い瞳とともに光って見えるのはゾクゾクするほどの堪らなさを感じるだろう。
 しかもその瞳が明らかに私を呼び込んでいる。これ以上の質問がお互い愚問であることは暗黙の了解であるかのように近づく私に、彼女はさらに微笑みかけている。
 あと数歩というところで私は立ち止まった。本当はそのまま進みたい衝動もあったのだが、意志に反して足が固まってしまったのだ。欲望という理性を超えた感情を今さら何が妨げようというのだろうか?
 額から流れ出る汗を感じていた。背中にじんわりと感じる温かさは汗ではないような気がしてきたのだが、汗ではないと感じられるとまるで呪縛が解けたかのようにゆっくりと前進を始めていた。
 両手を広げ、彼女が待っている。微笑む彼女に違和感はなく、吸い込まれるようにベッドへと向かう私の顔にもいやらしさはなく、懐かしい人にでも出会ったような喜びと、今まで埋められなかった心の隙間を彼女が埋めてくれるであろうことを信じて疑わない自分がいる。
 そこから先に言葉はなかった。実際、喋ることによってこれから繰り広げられるであろう悦楽の世界が一瞬にして消えてしまうことを恐れているに違いないのだが、それより自分の存在すら消えてしまうのではないかとまで思ってしまう自分が恐ろしかった。
 静かな部屋に響く、シーツの擦れる音。かすかに消え入りそうなその音が頭に絶えず残っている。彼女に抱きしめられた時に感じた、燃えるような熱さのわりに、私が入り込んだ隙間のベッドとシーツの冷たさにヒヤッとしたものを感じたことで、一瞬我に返ったような気がした。
 たぶんカッと見開いた目で彼女を見つめたにもかかわらず、潤んだその目で変わりなくこちらを見つめる彼女を見ていると、シーツがいつの間にか人肌に近い温かさを保っていたのに気が付いた。
 ギュッと抱きしめた彼女から溢れる淫靡な香りは媚薬を思わせるかのようで、すでに理性など麻痺していた。私の指は絶えず彼女の敏感な部分を捉え、優しく愛撫を続ける。今までそれほど多いとは言えない女性経験であるが、この場においてそんなことは関係ない。
「あっ」
 私の指は確実に彼女の敏感な部分を捉え、そのたびに彼女の口から切ないような悦びの声が漏れてくる。思わず漏れるその声に気をよくした私はさらに彼女を攻め立てるが、その都度力の入った彼女の指が私の身体を捉えて離さない。
 定期的に押し寄せる波に耐えるかのように虚ろな目をしている彼女であったが、潤んだその目はさらに私を見つめようとする努力が伺える。そんな彼女がいとおしく、さらに攻め立てる私も、すでに背中にベットリと汗が滲んでいるのを感じていた。
 彼女が私の唇を塞いだ。猛烈な勢いで吸い付いてくるが、時折やってくる波にはどうしても勝てず、唇を離そうとする。しかし私はそれを許さない。彼女の哀願の表情が見たいからだ。
 まゆを八の字に歪め哀願するその表情は、先ほどまでの彼女ではない。男にすべてを委ねた無防備な女性、私が以前から憧れていたその顔は、男としての私の征服欲に火をつけたのだ。
 肌と肌がまるでタコの吸盤のように吸い付いて離れない。きめ細かな肌の無数の毛穴から噴出した熱いまでの彼女の汗と、無意識の中で意識せざる負えないほど奥から溢れ出る私の汗が摩擦を許さないのだ。
 体が溶けてしまいそうだという思いは、私をそれだけで恍惚の世界へと招き入れるかのようであるが、夢心地の中、私の指は絶えず彼女を愛撫し続けた。
 この尋常と思えぬほどの昂ぶりは、生まれて初めてだった。今までの女性経験で味わったことのない興奮にしばし酔いしれていたが、ふと彼女とはずっと以前から知り合いだったような気がしてきた。味わった彼女の身体に感じる懐かしさのようなものが、最初に見た時の彼女とダブッてしまうのだ。
 彼女の身体は敏感である。ツボを覚えているかのごとく、触れる場所すべてが彼女を官能の渦に巻き込み、その疑う余地もないほどの興奮ぶりに私も爆発寸前である。
「来て!」
 合言葉のように頭の奥で凡鐘を繰り返す。一気に奥まで貫くと、そこから先は二匹の雌雄の獣と化した。悦楽の声をしっかり感じながら、私は彼女の中で果てていた。時間の感覚など分かるはずもなく、恍惚がやがて気だるさに変わる頃、お互いに睡魔に襲われていた。とろけるような肌を味わいながら、私は夢の中へと入っていく……。

 その日私はいつもと違った思いの元、仕事から帰宅した。
 仕事はそれほど忙しくもなく、それが却って欲求不満にさせたのではと思えるくらいであった。このところ一ヶ月くらい定時退社が続いていたのだ。
 中堅クラスのソフト会社。忙しい時は日付が変わることなど日常茶飯事であった。そんな生活に慣れているので、暇になると却って欲求が溜まってしまうのかも知れない。
 プロジェクトが終わり、落ち着いた気分になれるのも最初の二、三日がいいとこだろうか? それを過ぎると普段考えない余計なことが頭をよぎる。
 忙しい時は考える余裕もなく、仕事していることが生きがいであり、自分そのものでもあった。しかしいざ暇になってみると、意志とは関係なく余計なことが頭を巡ることが往々にしてあるのだ。
 例えば女性。
「仕事が恋人」などという言葉が言い訳に感じるくらい、余裕が自分を攻め立てる時がある。街を歩いていてもすべての女性が綺麗に見え、声を掛ければ誰でもついて来るような錯覚に陥るが、できるはずがない恋人へのジレンマが私をさらに攻め立てる。
 しかもそれが一ヶ月も続いているのである。これからどれだけ続くか分からないという気持ちの元、余裕は不安へと膨れ上がっていく。
 こんな時そばに誰かいてほしいと思うのは今に始まったことではなく、学生時代からそうであった。学生時代こそ軽いノリで彼女ができていたが、いざ社会人ともなると相手が警戒するのか、なかなか相手に恵まれない。
 しかしそれが勘違いであることに最近気が付いた。まわりが変わったということに異論はないのだが、それより私自身が変わったのである。これから多種多様な経験をするであろうと希望に満ちていた学生時代は、反面不安の裏返しでもあった。しかし曲がりなりにも就職し、やりがいのある仕事に就いたことから、余裕が自信という形で現れてきたのだ。
「彼女なんていつだってできるさ」
 と、いつも自分に言い聞かせていた。それでよかったのだ。仕事をすることで自分に自信ができ、満足感として返ってくるからである。
 確かにまわりが私を見る目が違って見える気がしていた。学生時代など楽しかったが、いつも試行錯誤の繰り返しであった。
「あなたは、いつも私以外のことを考えている」
作品名:短編集10(過去作品) 作家名:森本晃次