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短編集10(過去作品)

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 私の意識はその扉に集中していた。他への意識はまったくなく、まるで吸い寄せられるようにその扉へと向かっている自分が分かった。
 扉から垣間見る屋敷の様子も果たして想像通りで、昨夜見た夢のそれに違いなかった。「予知夢」という言葉を聞いたことがあるが、まさしくそれかも知れないと感じた。
 鋭利な二等辺三角形を頂点とした屋根の向こうに、黄色に照らされた立体感あふれる雲が、吹きすさぶ風に煽られて流れていく。それはまるで屋敷が動いているかのような錯覚を与えるほどで、しばし見とれてしまっていた。
 足元から厚めのもやが立ち込めている。上空とは対照的に風がそれほどないのだろう。はっきりと立ち込めている状況が見て取れる。
 気が付けばまるで自動ドアであるかのごとく、きれいに開かれた扉の間から見える屋敷は、門構えを額縁とした芸術作品のようである。三角屋根を中心に流れる雲が動的である以外は、すべてが岩のごとく、まるでそこに根が生えたかのように威風堂々としている。 
 恐る恐る門に近づいてみる。掛かっているもやの向こう側にある、かろうじて見える入り口に視線が集中しがちになっていたが、一歩敷居をまたぐとそこには屋敷の全貌が視界いっぱいに広がって、思わずまわりの隅々まで観察してしまっていた。
「目的地はここなのかも知れない」
 もう他へ行こうとは思わなかった。
 確かに私は何か目的があってこのあたりにやってきたのだ。そうでもなければ、なにを好き好んで深夜のこんな時間、知らないところに足を踏み入れたりするものか。
 そこまでは分かるのだが、では目的とは? と考えるとそこから先は目の前に広がったもやのようにはっきりとしない。もやから目が離せなかったのも、頭の中の状態を垣間見ているような気がしたからであろうか?
 門の外からでは感じなかった音が、敷居を跨いだ瞬間、私の中でよみがえった。屋敷の両側に植えられた巨大な木々が、吹き付ける風によって葉を擦り合わせる音がはっきりと耳の奥で確認できる。
 少し寒さを感じてきた。そういえば先ほどまで吐く息は白かったのだが、それに伴うような寒さはそれほど感じなかった。敷居を跨いだ瞬間に感じた寒さはさっきまでとは違って身にしみるものだったが、よくよく考えれば本来なら今の方がよほど当然といえる寒さなのだ。
 ゆっくりと、しかし確実に入り口へと向かっていたが、もやに足を踏み入れると今感じた寒さがまるで嘘のよう。足取りも軽く、もやが入り口まで私を運んでくれるかのような錯覚すら覚えた。そのまま扉の前に立った私は、何ら意識することなくその扉を開けたが、そこには力などまったくいらず、「ギーッ」という音だけを残し、視線は開きつつある扉の奥に集中していた。
 中は真っ暗であった。それでも視界をはっきりさせようと意識が奥の方に集中している自分に気付く。重い扉が何の力もいらず開くのだから、一気に開くことは不可能に近いのでいらいらするかと思いきや、精神的には冷静だった。ワクワクしているといった方が正解かも知れない。
 身体が入れるほどの隙間ができたので入ろうかと思ったが、ブルブルと震えた足があまりにも暗い室内へと入ることを怖がっている。後ろから照らされた月明かりが少しだけ入り込んでいるが、中を照らすには寂しすぎる。
 あまりにもゆっくり開いているので、開くまでにかなりの時間が掛かることを覚悟していたが、その心配には及ばなかった。じっと見つめていることが、時間を感じさせないのか、すでに扉はほとんど開き、中の全貌が明らかになろうかとしている。何とか目は暗闇にも慣れ、わずかに差し込む月明かりも手伝って、薄暗がり程度に中を拝めるようになっている。
 まるで舞踏館であるかのごとく、入り口の踊り場は広かった。天井からぶら下がった大きなシャンデリアが月明かりに照らされかろうじて影を作っているが、まるで錨のようなその影は不気味に揺れていた。天井部分は少し風が舞っているのかも知れない。
 私は少しずつ足を踏み入れてみた。一歩ずつ確かめるようにである。踏み出した時の感覚が軟らかいことから、どうやら絨毯の上を歩いていることは容易に想像がつく。その絨毯、色もはっきりと分からないところで見て黒く見えることから、明かりをつけると真っ赤な気がして仕方がない。
 中央までやってくるまわりの様子が大方分かってきたが、私の足は目の前にある階段を目指していた。緩やかに続く階段は、二階まで一直線に続いていて、登りきったところから左右に分かれている。
 階段の頂上に差し掛かると左側の突き当たりにある部屋から、どうやら光が漏れているようだ。扉自体はしっかりと閉まっていて、角度のないところから鋭利にはみ出しているのを見ると部屋の中はかなり明るいことが想像できる。
 もう他を気にする必要もなく、一気に部屋の前まで歩み出た。
 中からは確かに人の気配を感じる。光の筋が、温かみをも醸し出しているからであろうか?
「コッコッ」
 思わず扉を叩いた。
「はい」
 蚊の鳴くような小さな声であるが、明らかに女性のものである。少しハスキーな声の持ち主は自分と同じくらいな歳の女性を思わせる。
「ギーッ」
 それほど重たい扉ではないにもかかわらず、思ったより大きな音が響いたので少し驚いてしまった私だったが、それでも最初の勢いそのままに扉を開いた。
 白い閃光!
 という表現がぴったりではないだろうか? 目が痛くなるくらいの真っ白な閃光だったため、当然に視線を逸らし、目を開けたままではいられなかった。まゆや口元は歪にゆがみ、さぞかし異様な表情をしていたに違いない。
 目を瞑った瞼の裏には、本当に見えたのであろうか、疑わしい光景が焼きついている。
 ベッドの上で寝ている少女……。光り輝いて見える少女である。まだあどけなさの残るその表情はずっと私を捉え、何か訴えようとしている。
「あれ? どこかで見たような……」
 またしてもそんな思いが頭をよぎった。
 次第に目が慣れてくる。目が開けられるようになると、たった今感じたはずの瞼の奥の光景が薄れていくのを感じ、なぜか切ない気分になっていた。はっきりと見て取れる目の前のベッドの中の女性、それは想像したあどけなさの残る少女とは少し違っていたのだ。
 じっと見つめるその目にあどけなさなどという表現は通用しない。潤んだその目の奥にキラリと光るものを感じ、少しハーフっぽく見える青い瞳には、私の姿がくっきりと浮かび上がっていることであろう。
「ようこそ」
 ベッドの中からシーツに包まったままのその女性は、半身を起こした状態で私に語りかける。
 その状態でようこそと言われてもどう答えてよいか戸惑っている私に、彼女はさらに手招きをする。
 部屋は思ったよりも広く感じた。確かに自分の部屋に比べれば格段に広いのは明らかで、余分なものが一切ないとこれほど広く感じるものかと思うほどであった。広く感じる理由として、ベッドの横の窓が必要以上に大きいことが上げられるが、それは同時に天井が高いことを意味している。まるで学校の講堂を縮小したかと思えるほどの空間に、ベッド一つが端の方にあるといった、正に贅沢な造りの部屋である。
作品名:短編集10(過去作品) 作家名:森本晃次