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「暗くて怖そうな森だなぁ…。ちゃんと帰って来れるかな?」

「ちょっと、雪美!早く行かないとまた見失っちゃうじゃない!」

晴子はまたもイラつき始めた。

「だって…怖いのやなんだもん」と雪美が駄々をこねると、晴子はつんとそっぽを向いて、

「じゃあいいわ。私一人で行くから」

と、雪美を置いてすたすたと行ってしまった。

「あ〜!待ってよ、置いてかないで〜!」

結局、雪美は晴子にくっついて森へ入って行った。

森の中は薄暗く、とても不気味だった。進めば進むほど帰り道がわからなくなりそうだった。

「あら?」

ふいに晴子が立ち止まった。

「おかしいわね、さんちゃんがいないわ」

「え!」

雪美は益々不安になり、晴子の腕にすがって、祈るような気持ちで問いかけた。

「ねぇ、ちゃんとこの森から出られるんだよね?行っておくけど私、道とか全然覚えてないから」

すると、即座にそっけない返事が返ってきた。

「さんちゃんが見つかったら帰れると思うわ」

「えー!そんなぁ!晴子、道覚えてないの?」

「まぁね」

ドヤ顔で晴子は頷いた。雪美はショックのあまり言葉を失った。





4


雪美達はひたすら歩きつづけた。
しかし、さんちゃんはいっこうに見つからなかった。
雪美は立ち止まり、晴子に話しかけた。

「ねぇ、もう一時間くらい経ったんじゃない?一体ここどこなの?」

「知らないわよ。あら…?ここ、さっきも通らなかった?」

「え?」

辺りを見回し、雪美はハッとした。
古びたベンチと、その横にある大きな切り株。確かに見覚えがあった。

「もうやだ!」

とうとう雪美は地面に膝をつき、声を上げて泣き出した。

「きっと私達、この森で野垂れ死ぬんだよ!うわぁ〜ん!」

一方、晴子は冷静だった。

「もう〜あんたってすぐ悲観的になるんだから。いつまでも泣いてないで、とにかく先へ進みましょう。こんなところで座り込んでたら本当に野垂れ死んぢゃうわよ?」

晴子になだめられ、雪美は渋々立ち上がり、再び歩き始めた。

溢れそうになる涙をぐっと堪え、黙って晴子の後ろを歩き続けた。

道が二つに分かれている場所に差し掛かった。

「ねぇ、どうする?」

雪美は晴子に問い掛けた。

「そうね…」と晴子はしばらく考え込んでから、

「じゃあ、二手に分かれましょう」

と、とんでもない提案をした。

「私は右の道、あんたは左の道ね。さんちゃんが見つかっても見つからなくても、三十分後にはここに戻ってくること。それと、何かあったら大声で叫ぶのよ、いいわね」

「え…?!ちょっと、晴子!」

うろたえる雪美をよそに、晴子は颯爽と右の道へ行ってしまった。

「仕方ない…」

雪美はとぼとぼと左の道を進み始めた。
さきほどよりも木々が生い茂っており、進めば進むほど辺りは薄暗くなっていった。

「こんなことなら懐中電灯を持ってくればよかったな〜」

五十メートルほど進むと、ふいに陽光の射すひらけた場所へと出た。
そして、目の前にはレンガ作りの小さな家が建っていた。

「わ〜!可愛い家!『三匹の子豚』の三男が作った家みたい!」

雪美は若干興奮しながらレンガの家に近づいて行った。

「すごーい、本物のレンガだ!」

外壁に触りながら、雪美は遭難中である事も忘れ、一人ではしゃいでいた。
ついでに窓から家の中も覗いてみた。しかし、中は真っ暗で何も見えなかった。

「あれ?」

ふと、雪美は違和感を覚えた。

陽当たりの良い場所なのに、家の中が暗いはずはないのだ。
きっと内側から遮光フィルムでも張っているのだろうと雪美は思った。

と、その時、突然玄関のドアが勢いよく開いた。

「誰だ!」

ドアから怪訝そうに顔を覗かせたのは、見紛うことなくさんちゃんであった。

焦った雪美はとっさに家の裏手に回って身を隠した。

「気のせいか…」と、さんちゃんは首を傾げながら再び家の中へと戻って行った。

雪美はほっと一息ついた。晴子と別れてから、そろそろ三十分が経過する。

「とりあえず晴子にさんちゃん見つけたこと報告しなくちゃ」

雪美は身を翻して走り出した。


―――どん!

走っている途中、突如茂みから出てきた何かに思い切りぶつかった。

雪美はぎゃっと短く悲鳴をあげ、地面に大きく尻餅をついた。

「あら…あんただったの」

顔をあげると、晴子が仁王立ちで見下ろしていた。

「晴子?どうしてここに?」

「私の行った道は途中で行き止まりだったのよ」

「ふ〜ん…あ、そうだ!」

雪美は思い出してさっそくさんちゃんを発見したことを晴子に告げた。

「じゃ、さっそくその家に行って、さんちゃんが何をしてるのか探りに行きましょう」

「でも、窓を覗いても中の様子はわからないよ?真っ黒い遮光フィルムが張ってあるみたいだし」

「見えなくても話さえ聞ければいいわ」

「話?」

「ええ。たぶんその家にはさんちゃんの浮気相手の女もいるはずよ」

「だけど、どうやって話を聞くの?」

すると晴子はおもむろに、持っていたハンドバッグからガラスのコップをひとつ取り出した。
雪美は訝しげに眉を寄せた。

「それ、どうするの?まさか喉が乾いたから水を一杯くださいとか言って家に入れてもらうわけ?」

「違うわよ。これを壁に当てて盗み聞きするの。よく漫画やアニメとかで主人公がやってるでしょ」

「あ〜なるほど、そういうことか〜!」

その後、二人はさっそく行動に移った。
晴子は家の玄関付近で見張り役をやり、その間雪美はコップを壁に当てて会話を盗み聞こうとしていた。

微かではあるが、話し声が聞こえてきた。さんちゃんの声と、女の人の声であった。なにやら二人で楽しげに話している様子だ。

しかし残念ながら会話の内容までは耳に入ってこなかった。

「どう、何か聞こえる?」

晴子がうずうずした様子で尋ねてきた。

「ううん、全然ダメ」

と、雪美が首を振ったその時、家の中からどしどしと足音が近づいてきた。

「やばい!今度こそ気付かれたかも!」

雪美達はぎょっとしてすぐさま家の裏手に回った。

ガラガラッ。

突然、窓が大きく開いた。

「蒸し暑くなってきたな〜」

どうやらさんちゃんが窓を開けに来ただけのようである。
雪美達はホッと吐息をついた。

「ねぇ、さっき外で人の声がしなかった?」

女の声がさんちゃんに聞いた。窓が開いているため、先ほどよりもはっきりと会話を盗み聞くことができる。

雪美達はしめしめと顔を見合わせ、息をひそめて二人の会話に耳を傾けた。

「人の声?気のせいじゃないか?」

さんちゃんはちっとも気にしていないようである。

「今日、泊まっていくでしょう?」

甘ったるい声で女が聞く。

「勿論さ」

さんちゃんが朗らかに返事した。

これは浮気に間違いないと雪美は確信し、いったんその場を離れて携帯で葵と連絡を取った。

電波状況はあまりよろしくはなかったが、奇跡的に葵と電話が繋がった。

『え〜!?さんちゃんが女の家にお泊まりィ?!』

葵はいつにも増して取り乱していた。

『アイツ、やっぱり浮気してたんだ。絶対許せない!』