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慈雨と甘雨 2

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「ここからじゃあ、その木の実もちっさく見えるだろうよ。でも真実は巨大な木の実なんだよ。きっとたまげるねえ」
最後の言葉はわからなかった。


 それから図書館に来るたびに外を見た。この会話は今からたった六日前のことなのだが、六日間、赤い花の付近に落ちている巨大な木の実を探しにだ。そういうわけで、赤い花がいつもそこにあるのは日常の繰り返しで知らないうちに知っていた。一週間にも満たない機関であったが、繰り返しているうちに外を見るのが好きになったのだ。

 思えば、今の今まで木の実の存在を忘れていた。今朝赤い花の近くに木の実は落ちていたのかもしれない。隠れた小岩はもしかしたら木の実だったのかもしれない。真実が空想の中でねじれ曲がる。
 しばらく彼女と話し、ここに来た目的である外の世界についての理由を探すために本棚に向かった。彼女は次男蟻が何を探しているのかを聞くことはない。次男蟻が彼女に何かを聞いて初めて口を開く。少し前のことだが、季節について知りたいのだけど、どの本を読んだらいいかと聞けば、キエンとかいう人の四季色とりどりという本を持ってきて内容に直接触れることなく簡単な説明をした。
 次男蟻は彼女に外の世界について聞くことはしなかった。おそらく彼女はたくさんの本から一つや二つを取り、彼女独自の言葉で次男蟻に外について話してくれるだろう。だが、それは彼女の外の世界であり、その強い主張を一度聞いてしまってはどんなに本を読んでもその言葉に引っ張られ、本当のことがわからなくなる気がしたからであった。こういうことは前にもあった。
 次男蟻が食べ物について調べようと例のごとく彼女に助言を求める彼女は一つ本をもってきてかなり自然な流れで、顔で、声でこういった。
「食べ物は皆、元は命だ。お前やあたしと何ら変わらん。お前が今朝食べた芋虫もどこかでぴんぴん生きてきたんだ。それをそこらの大人がさっと、とっつかまえて命を絶やし、食べた。冬に向けて食料を備蓄するだろう?時には必要ないほど多くを捕まえることもある。そして腐って捨てることもある。つまりそれだけ生きてきたものたちをこちらの都合で捕まえたわけだ。あたしたちはね、ただただ貪欲で愚かなんだよ」
それは次男蟻が知りたかった食べ物とは少し違うものの話であったが、聞いた後に残ったものは言い様のない罪悪感であった。命は大切にしましょう。そういいながら命を楽しげな顔で食らう。その行為を平然と行う自分が恐ろしくなった。その後いくつかの本を読んで、命をいただいて生きている、そのことに感謝しようという内容を読んでも、ただ血が流れ、肉が剥がされる殺戮的な映像が流れ、その日は何も食べなかった。食べようとするたびに目の前の御馳走が汚いものに思えた。誰かが奪った命。
 その次の日の朝無意識に朝食を食べた。一口含んだ後、その無意識な、残酷な行為を誰も不思議に思わないこの家を不審に思ったものだ。
 あの時の彼女の言葉は実に自然でありふれた言葉のようだと成長した次男蟻は思った。その自然な言葉のどこに特異があるのか。それは彼女が一言も殺すという言葉を使っていないところにあったようだ。この会話だけではない。彼女が殺すという言葉を使っているところを次男蟻は見たことがない。

 本棚をぐるぐると回っているといくつかの本が目に留まり、そのうちのいくつかを手に取った。一つは分厚く、一つは薄い。分厚いほうには頑丈なしおりが挟まっていた。
 分厚いほうの本の冒頭を三ページほど読んだところで、どうもこの中には外について書かれていないように思えた。確かに題名は外への冒険だが、内容はネズミが台所から親に内緒で外に抜ける探検記だったのだ。そこにこの世界の外は書かれていない。
 それでは薄いほうはどうかと最初の一ページをめくると綺麗な色があった。その色に似た色を頭の中から探すがなかなか見つからず、次男蟻の頭の中にはその色は存在していないようだった。一つ晴れた日の空の色がそれに似ていたのに図書館の外の風景の記憶から思い出した。今日は晴天であった。
 この色は一体何を示しているのだろうか。その本にはその絵と少しの言葉が書かれているのだが、絵は印刷されているのに対し、文字は黒の毛筆だろうか、そういうものでさっと書かれたものであり、経年劣化からか、読みづらいものになっていた。その薄れた輪郭から、次男蟻含め、この家の共通言語のようで、ところどころ読み取れる。離れ離れの言葉をつなぎ合わせて何とか意味をつなぐと、そこには
 うみ 塩  水  が大量 生 繁栄
と書かれている。うみ、おそらくこれはこの絵の名前なのだろう。うみだけ大きく太く書かれている。
 このうみだが、その色は一色ではなかった。空の色に近い、つまり青色なのだが、濃淡や流れがそこにあり、棒か何かでかき混ぜたようなものだった。
 この未知の絵について彼女に問うこともできたが、自分からこの未知である外の世界について興味を持っていると思われるのが、いつもは冷静で博識で、既に決まった事例を記憶することに興味があるという次男蟻のイメージをぶち壊し、今までの自分を全否定されるような気になり、彼女含め、誰にも質問する気にはならなかった。


 彼女にばれないように分厚い本だけを本棚に戻し、薄い本を隠しながら階段を下り、自分の部屋に戻った。その薄い本はまだ一ページしか見ていない。そう見ていない。この本は読むのではなく、見るのだ。おそらくこの本には関しては、彼のような直感で生きているような蟻のほうが理解できると次男蟻は強く思った。

 次男蟻は一日中彼のことを通して外の世界について考え始めた。おそらく彼はこの家の中で唯一外の世界を知った蟻で、どんな長老でも(彼女のように)彼以上の未知の知識を蓄えた蟻はいないのだ。それは次男蟻がこれまで時間を費やしてきた既知の知識の貯蓄をあざ笑うかのように一瞬の変化で、その一瞬で大きな確実な差が彼と次男蟻の間にできてしまったというわけだ。
 次男蟻が彼に勝る唯一の点が知識であったため、次男蟻は彼に勝るものを何も持たないことに気が付いた。体は二回りほど小さく、力はない。自由な発想も乏しく、見えない信頼感もない。ただ積み上げられた本の山だけが次男蟻を証明していた。それが一瞬にして灰になる瞬間が彼の帰還と共に訪れる。次男蟻しかしらない彼の秘密はしばらく誰にも話せそうにない。
 
 そういうわけで、意図的に他との接触を避けた。なんらかの衝動やらでぽろっと出てしまうのは今、一番危惧すべき点だからだ。食べ物を食べているときにおいしいと一言発するその瞬間にも、あの木の実はもっとおいしいらしいとか、思わず発してしまったならば、次男蟻以外の蟻に興味を持たせてしまう。その小さな興味が次男蟻の居場所を粉々に壊すのは、これまでならば、この閉じ込められた家のおかげでそうそうなかっただろうが、彼の消失や再来はその外枠をぶち壊していくのだろう。


作品名:慈雨と甘雨 2 作家名:晴(ハル)