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慈雨と甘雨 2

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 禁止された事項に興味を持つのは当たり前で、そういう意味で子供蟻たちがこの禁止された赤い花への接近に興味を持たなかったことに興味を抱いた。その特筆すべき事例が自分であることからすぐにその理由がわかると思ったのだが、次男蟻はその理由を見つけられずにいた。
 そういうことを考えていると、彼が最後にいた場所に着いた。赤い花の葉がぎっしりと群がるその壁の目の前にいる。いつ茎が折れて大変な事故が起きるか不安ではあったが、そのリスクがなぜか興奮をもたらした。
 赤い花にばかり気を取られて気づかなかったが、この葉の壁もまた美しかった。色彩が目にはっきりと伝わると赤い花より、この葉に触れたくなった。花は毒でも葉は違うかもしれない。そんなはずはないと知識的にわかっていながらも、きつく言われた言葉に葉のことが一切ないことがそういう欲求を増幅させた。葉に集中しているとそこに穴を見つけた。彼がぎりぎり通れるくらいの大きさの穴で、すこし間違えば葉に触れ毒に侵されそうなほどの穴であった。
「そうか、彼は向こう側にいったのか」
そう言った途端次男蟻の興味は赤い花や葉から逸れ、向こう側の世界に向いた。だが、それを追い求めるほどのものではなかった。
「行き止まりだったら死ぬしかないしな」
次男蟻はいっぱいになった籠のもとまで戻り、もう一度穴の位置を確認して家の方へ戻っていった。

それから朝食を食べ、いつものように本を読んでいると、長男蟻が帰ってきていないと大人蟻たちが話しているのを聞いた。しかしその言動は慌てふためく物ではなく、妙に日常感にあふれていた。
「彼がどこにいったのか、気にならないんですか」
「彼?長男のことか。できるだけいい葉を見つけようと頑張っているんじゃないか、きっと」
次男蟻は開いていた本を閉じ、彼の行方と安否を案じた。不思議なことに今の今まで、彼の安否などきにすることはなく、ただ普通に朝食を食べたりと、普通に生活をしていた。彼は確かに真面目に枯れ葉を集めていた。籠いっぱいにつまった枯れ葉がその証拠で、枯れ葉探しに夢中になり、赤い花の向こう側まで行ってしまったのかもしれない。この事実を知っているのは次男蟻だけで、おそらくこの事実を知ってしまったら、この家はパニックになる。次男蟻は話さなかった。
 彼は枯れ葉探しに夢中になっていた、そう繰り返す度に、どうも次男蟻の心の隅っこに違和感が生じる。彼が小休憩の後に赤い花のほうに向かっていたときの様子は確かに夢中になっているといってもおかしくなかっただろうが、少し違うように思えた。心の全体に靄がかかったようにはなっていないことから推測するに彼の様子のどこかを見落とす、もしくは勘違いしているのかもしれない。
 
 次男蟻は読んでいた本を自分のベッドの枕もとに置いて、本がたくさんある図書館のような場所に向かった。彼が残した外への興味が彼のわからない行方によって増してきたからだった。
 この家は小さな木の根元にあるのだが、図書館はその一番高いところにあった。開放的になっているそこから外が見えるのだが、赤い花の向こう側は距離的にか、視力的にかちょうど見えなかった。あの花達が一斉に枯れたならば、見えるだろうが、これまで枯れたことはないようであった。
 というのも、次男蟻は最近この図書館によく来ていた。本を探すのはもちろん、ここから外を見るのが好きであった。何も彼のように空を飛びたいからとか、そういう実現不可能な妄想のためではなかった。

「あら、また来たのね」
大小さまざまな本が乱雑に、しかし倒れる雰囲気を見せないようにうまく積まれていた影にいた小さな蟻を見つけた。彼女はこの家で一番の長老蟻だった。
 次男蟻が生まれるずっと前、彼女は生まれ、それからいままでずっと生きている。途中で休憩することなどなく、あとから生まれてくる蟻たちを見守ってきた。その年月から尊敬されている彼女の風貌は老蟻そのもので、水分を失い、枯れたようになった表皮や、子供蟻より小さい体、目の輝きが眼球全体に広がっていて、何もかも俯瞰的に見ているような顔など次男蟻の中にある老蟻のイメージを体現する風貌であった。
 彼女(あくまでも彼女と呼ぶには理由があった)は次男蟻が朝食を食べ終わって図書館に向かうといつも先にこの図書館にいるのだが、どうやってこの一番高い場所まで続く階段を、老いた足腰ですばやく登るのか不思議で仕方がなかった。
 次男蟻は彼女とよく話をした。彼女が持つ膨大な知識はこの図書館の本にすべて書かれていると自分で言っていたが、その口から出る言葉を、本をめくって探してみてもどこにも見当たらないことが次男蟻には奇妙で、彼女は嘘をついていると昔は思ったものだ。成長するにつれ、彼女の言葉が彼女を通して出てきたもので、本に書かれたものと一致しないことに納得したのだが、同時にその唯一な言葉を自然と出せる彼女にどこか恐ろしさを感じた。
 その特異な言葉を話せるのは彼女だけで、他のどんなに強い蟻にもできなかったため、次男蟻はその特異に触れるために暇さえあれば図書館を訪れたのだ。彼の博識はそれに伴う副産物でしかなかった。
 ある日、彼女のもとを訪れると先客がいた。彼だった。彼女と彼の会話を秋の木の実についての図鑑を手に取り盗み聞きしていたのだが、突然、
「おばあちゃんじゃないよ、まったくなんて失礼な子かね。初対面の女性をそんな風に呼ぶように教育されているのかい。やっぱりこの家はもうだめかもしれないね。昔はもっと…」と彼女が声を荒げた。彼はそれまで彼女の温厚な口調との差に怖気づいたのか、そそくさと図書館を後にした。

 彼がいなくなった後、彼女は一度大きく深呼吸して次男蟻のもとにやってきた。広げていた図鑑をじっと見つめ、一つ指さした。
「この木の実はね、赤い花の近くに落ちているんだよ。知ってるかい?赤い花」
その時には散歩も経験しており、赤い花についての警告もしつこく言われていたため、次男蟻はそれをありのままに伝えた。
「そう。だからこの木の実を持って帰ろうとしたら、たぶん、監視役の大人は怒り出すだろうよ。赤い花の毒がついてるかもしれないからね。だけど、この木の実、すごくおいしんだよ。私しか知らない秘密。黙っておくんだよ、いいかい?」
彼女はそういっていつものように椅子に座った。開放的な外が見える位置にそれはあった。遠くを眺める彼女の目に一点の光が一瞬見えた気がして、次男蟻は図鑑をもって彼女の傍に向かった。
「みんな何も知らないんだ。でも知ろうともしない。この木の実がどんなにおいしくても、それを知らないものから見たら未知のものだ。この家にはそういうものがたくさんありすぎる」
「なんで他の蟻たちには秘密なの?そんなにおいしいなら冬場に備蓄にも役立つだろうに」
次男蟻がそういうと彼女はくすっと笑った。
「この図鑑じゃわからないだろうけど、この木の実はね、大きいんだよ。あんたよりも、私よりも。そして硬い殻に包まれている」
その先は言わずともわかった。運ぶことができないのだ。大きな木の実を想像するとよだれが出てきた。その木の実が落ちている辺りをみようと景色を眺めた。微かに赤い花が見える。
作品名:慈雨と甘雨 2 作家名:晴(ハル)