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短編集7(過去作品)

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 いつもどのあたりまでくれば西日が眩しくないか、あるいはどのあたりの家から明かりが漏れ出すかなど、漠然とはいえ分かるものだ。この間まで赤々とした明かりが漏れていたはずの家の表で、今日はまだ子供がボール遊びをしている。この間という意識がどれだけ曖昧なものか、分かるというものである。
 西日の差し込む側に座っている人たちは、ほとんどブラインドを下ろしている。私は反対側なのでそんな心配はないが、いつものことながら反対側の景色は扉を通しての狭い範囲でしか確認することができない。
 表の風景はかなり田舎に差し掛かり、長く伸びた電車の影が青々茂った田んぼの穂を揺らすように伸びている。風があるのか、いつもより影の踊り方が極端である。その微妙な変化も漠然と見ている毎日の中から発見することができる。
 思わず空を見てみた。
 西日の当たる方は相変わらず雲ひとつなく、容赦のない陽が照りつけるだけだった。しかしこちら側の空には暗雲が立ち込め、かなり低い位置にあるのか、車窓からでも雲の流れの速いことを確認できる。
――これは一雨来るぞ――
 それは容易に想像がついた。
 この時期夕立も多く、去年から何度いきなりの夕立に悩まされていたことか。会社を出るに出られず足止めを食らったこともあったし、歩いている途中で降られたこともあった。そんな時はどうすることもできない。戻るに戻れず進むしかなく、みるみるうちに着ているものが肌と一体化し、冷たさに感覚すら麻痺するのである。
 たぶん帰り着いた頃には精根尽き果てていたであろう。とにかく記憶だけが残っていてその時の感情を思い出すことはできない。
 それからである。どんなに晴れていようとも、この時期には傘を手放さなくなったのは……。
 予想通りであろうか。
 さっきまで差し込んでいた太陽が落ちる頃になると、西の空にも暗雲が立ち込めてくるのが見えた。電車の中は電気がつけられ、一気に夜に突入していた。まもなく降りる駅だというのに、私はそれなりの覚悟を固めていた。
「お、光った」
 雷である。
 それが合図となってか、窓に一滴二滴斜めに横切るような水滴がついてくる。
 私はいやな予感がした。大体こんな一気に空が暗くなると大雨の気配を感じるからである。西の空に落ちた陽を合図とするかのように降ってきた雨は、夕立というには少し遅い時間かも知れない。
 だが去年は同じような時間帯に雨がひどくなったこともあった。駅を出るとそこから先は覚悟がいるのだ。
 目指す駅はまもなくである。
 泣き出しそうな空を恨めしく思いながら眺めていると、目的の駅に電車が滑り込んでいく。席を立ち、扉が開く瞬間を待っている時間が久しぶりに長く感じられた。
「ゴロゴロ」
 扉が開く瞬間に聞こえてきた雷の音、それはまだ遠くからしか聞こえていなかったが、電車の窓から見ていたより、明らかに雨が強くなってきた。
 駅舎を出ると、みるみるうちに水溜りができていく。迎えの車はいつもより少し多めで天気の移り変わりを把握していたかのように思える。
――さすが地元の人はよく分かっている――
 車のヘッドライトが大粒の雨を線で捉えているが、アスファルトに打ちつける激しさがはっきりと見て取れる。
 幸いにも風はそれほど強くなかった。
 電車の中から見ている時は、動いている分、雨の角度を把握することは困難である。やはりホームに降り立ってみないと分からないのだ。
 去年の教訓からか、傘は大きめのものを持っている。座席の横についている腰のあたりの高さに位置している手すりに掛けていても余裕で先が床に着くほどの長さである。
 ゆっくりと歩けば少々強い雨でも避けながら歩くことができる。普段は風が恋しいのにこんな時だけは困ったものになってしまうのだ。
 少し雨の様子を眺めていたが、いつまでもじっとしているわけにもいかず歩き始めた。
 一歩踏み出しただけで、傘を持った手に重みを感じた。打ちつける雨は音とともにかなりの重さを含んでいるのだ。
 地面にできた水溜りも相当なもので、街灯を頼りに足元を見ていかないと、水溜りの深いところに突っ込んでしまったらどうしようもない。なるべく水溜りを避けないと、上から見ている分にはそこが深みのあるところかどうか分からないからだ。
 思ったとおり風はそれほど感じられない。傘を差していて、降りこんでくることもなく普通に歩くことができる。
 ゆっくり歩くことにした。
 気をつけないと田舎道であり、しかも一直線の道なので通る車はかなり飛ばしてくる。これだけの雨なのでいつもの猛スピードの車はほとんどないだろうが、少々のスピードでもかなり水を跳ね上げることだろう。
 街灯はそれほど明るくなく、しかも全部の電柱についているわけではないので、どこに水溜りがあるか近くまで行かないとほとんど確認できない。車が通りかかればヘッドライトで確認できるくらいである。
 いつもであれば、距離が分かっていることからある程度計算しながら歩くので、却って疲れを感じるが、今日は雨を避けるのに必死で疲れを感じない。いや、感じる暇もないといった方が正解かも知れない。
 打ちつける雨を避けようとするが、いくらほとんど風がないとはいえ、時折吹く横殴りの風に濡れることは避けられない状態だった。膝から下は諦めていたが、他をかばうと今度は肩が犠牲になってしまう。
 シャワーのように打ちつける雨は容赦なく肩を冷やしていく。そのうち感覚がなくなるのではないかと思えるほど冷たく、まだ家までの遠さが恨めしい。
――なるべく違うことを考えよう――
 私の頭の中に昨夜のことがよぎっていた。
 シャワーの音が耳に響いている。
 今と同じような音に違いないが、湯気が立っていてはっきりと前の見えない様子は、まさしく夢心地であった。
 昨夜の記憶が次第によみがえってくる。ゆっくりと、しかし確実によみがえってくるのだ。
 居酒屋で一杯引っ掛けたのはさっきまでも覚えていたことだった。
 居酒屋でほろ酔い気分になった後、表に出ると、昼間の暑さは消えていた。まだほんのりと西の空には沈んだ太陽の痕跡が残っている。
――しらふだったら、暑いと思うんだろうな――
 暑さがなくなったのではなく、酔いが暑さを感じさせないのだ。
 そのまま暖簾を掻き分けるように表に出た時、わざとゆっくりだったような気がする。暑さを感じなかったのは、そのせいもあるかも知れない。
 アスファルトから湧き上がってくる熱気は、感じることができる。しかしそれを暑いと感じることがないのは、ある程度の酔いが回っていることに他ならない。鏡を見ればたぶん真っ赤になっているであろう顔を手で触ると、熱く火照っていた。
 しかし傍目から見るほど酔っ払っているという気はしない。あくまでもほろ酔い気分で足取りもしっかりしている。明日覚えていないかも知れないと感じたような気がしていたが、半分正解だった。
 そういえば、以前同じように一杯引っ掛けて帰った日のことを思い出していた。
 あの時も昨日と同じように、ほろ酔い気分でフラフラと駅に向かって歩いている時である。同じように空はほとんど真っ暗になりかけていた。
作品名:短編集7(過去作品) 作家名:森本晃次