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短編集7(過去作品)

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豪雨の中の真実



              豪雨の中の真実

 定時に会社が終わって表に出ると、昼間容赦なく照りつけた太陽の名残りからか、アスファルトからの照り返しでうんざりするくらいだった。
 西日はまだ眩しく、ビル群のはるか上にあり、夏本番を思わせた。
 電車を使って通勤している私は、会社から駅までそれほどでもないのだが、電車を降りてからアパートまで徒歩で二十分は掛かるところに住んでいる。
――まだ日が差している時間だろうな――
 ここから駅までよりも、駅を降りてからの方が気になってしまう。
 昨日は会社の帰り、同僚から誘われて呑みに行ったので、それほど暑さを感じることなく過ごせたが、今日はそういうわけには行くまい。
「柏木さんのところは遠いからですね」
 学生時代に住んでいたところからそのまま通っているので、少しくらい不便でも仕方のないことだった。もう少しお金が溜まれば都会に引っ越してもいいのだが、なかなかいい物件に巡り合わない。しかも、今までが田舎暮らしに慣れているので、騒音など多い都会の中で暮らすのに少し抵抗を覚えているのも事実である。
 さすが、都会といえどもこれだけ暑いとセミの声が響いてくる。会社のあるビルの裏に公園があるのだが、そこから響いてくるセミの声はすさまじいものだ。
 都会の雑踏の中でのほんの少しのオアシス、そこで立ち退きによる迫害に対しての必死の抵抗を試みているのだ。そう感じただけで声の大きさが身に沁みてくる。
 公園を通り過ぎるように駅へと向かうと、さすがに人が増えてきて、女性はまず間違いなく日傘を差している。以前は年齢層の高い人が差すものだという先入観があったが、最近では若い娘も差していて、強い日差しにカラフルな模様が踊っている。
 コンコースに吸い込まれるような人の波を見ていると、薄着の目立つ女性のしかも白い服装に目を奪われてしまう。ほんのり掻いた汗が下着のラインを浮かび上がらせ、うんざりする暑さの中に、安らぎを覚えたような気がしてくる。
――何と不謹慎なんだろう――
 そうはいっても、心の中と本能は必ずしも一致しない。男だったら誰でも抱く感情であり、見るか見ないかはどこで決まるのだろう? 理性という言葉で片付けられないようだ。
 もちろん私は目を逸らせる気はしない。思わず前に回って顔を確認してみたくなるほどの女性も中にはいるくらいだ。罪悪感のかけらもないのは問題なのだろうか?
 時々、そんな中の女性が振り返ってニコリと微笑んでくれる様子を思い浮かべることがある。いわゆる妄想である。
 ホームは高架になっていて、駅からホームに上がるとさらに暑さを感じる。
 空に近いからなどという馬鹿げた思いを浮かべるくらい、バカみたいに暑い。
 しかしちょうど上で待つことなく、電車がホームに滑り込んでくるところだった。それだけがせめてもの救いである。
「電車が近づきます。白線の内側に下がってお待ちください」
 いつものように聞こえるはずのアナウンスも、暑さのためか今日は耳鳴りの中に響いているような気がする。
 滑り込んでくる電車の中は珍しくガラガラだった。しかも特急が止まる駅であるにもかかわらず、今日はほとんど電車を待って並んでいる人もいない。ゆっくり座れるのは間違いなさそうだ。
 扉が開き、中に入る。
 入って席を探しゆっくりと座ると、途端に汗が噴出してきた。クーラーがかなりの勢いで利いているため、最初は寒いくらいに感じられたが、電車がホームから離れるころには汗も落ち着いてきた。表の埃っぽい空気とはうって変わって、電車の中はクーラーによる換気が行き届いているせいか、はっきりとした光景が瞼に焼きつく光景である。
――暑いのは苦手だ――
 とにかく帰って一番にすることはシャワーを浴びることであった。いや、今日のように暑い日は浴槽にお湯を溜め、風呂に入っている姿が思い浮かぶ。シャワーでは取れない疲れかも知れない。
 シャワー?
 そういえば、シャワーの心地よさを思い出すことができる。確か昨日も浴びたような……。
 昨日?
 昨日のことを思い出そうとするが、カッとなっている頭では、なぜか思い出すことができない。しかし鼻につく甘美な香りは明らかに記憶をくすぐっていた。
 昨日も確かこんな暑い日だったような気がする。同僚と軽く飲んだところまでの記憶はあるのだが、そこから途切れているのだ。記憶が飛んでしまうほど呑んだはずもないのに不思議だった。
 会社の近くの居酒屋で一杯引っ掛けただけである。
 居酒屋を出る頃はまだかすかに明るさが残っていた。ネオンサインは煌びやかであったが、「夜の街」を思わせるには不十分であった。
 しかし記憶があるのはそこまでで、何となくシャワーの心地よさと柑橘系の香りが鼻腔に残っているくらいである。
 あまり夜の街が好きではない私は、居酒屋や焼き鳥屋が性に合っていて、あまり高価な店は苦手なのだ。
 西の空には少し陽が落ちた跡が残って白々としていたが、東の空は漆黒の闇に包まれていた。全体的に薄暮状態で、そんな時というのはある時間帯だけモノクロに写るらしい。確かにその日の薄暮もモノクロ状態であった。一番交通事故が起こりやすい時間帯であるとも聞く。
――そんな時間帯に限って車が多いんだよな――
 汚い空気はモノクロ状態でさらに前方を見えなくする。昔であれば一番寂しくなる時間で、妖怪変化の類が現れるとどこかの本で読んだことがある。光化学スモッグに覆われた現代では、そんなことは信じられないだろう。妖怪だって出て来れる環境ではない。
 しかし、いつもであればこの時間、アパートへ向かって歩いている頃だ。途中から一気に田舎道になるので舗装されていないあぜ道から出てくる車の砂埃たるや、すさまじいものである。毎日そんな道を歩いていて違和感を感じないが、初めて歩く者にどのような印象を与えるのだろう。
――会社の連中が歩いている姿など、想像もできない――
 これが本音である。
 今日も同じように同じ景色を見ながら、何ら変わることのない風景を漠然と見続けることだろう。少しくらい何かが変わっていても、たぶん分からないだろう。それだけ今まで意識して歩いていない証拠である。
 電車から見える風景にしても同じだった。次々に移り変わる車窓からの風景、すべて知り尽くしていて、目を瞑っていても景色が浮かんでくる。しかし細かいことは何ら覚えているわけではなく、漠然と目に焼きついているだけなのだ。
 車内を見渡すと、知った顔ばかりである。
 私にしてもそうなのだが、漠然と同じ席に腰を下ろす。皆暗黙の了解からか指定席が決まっていて、瞼の奥に焼きついている風景の一部として記憶されている。
 寡黙な中で電車は進む。
 本を読んでいる者、表を見ている者、眠っている者、彼らすべてがほとんど毎日同じ行動を取る。私はさしずめ漠然と表を見ている部類であるが……。
 いつものように一番端の席から肘をついて漠然と表を眺めていた。
――やはりだいぶ陽が長くなったな――
作品名:短編集7(過去作品) 作家名:森本晃次