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短編集6(過去作品)

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 ありさが、じっと私を見つめているのが分かった。ひょっとしてありさも私の目の奥に吸い込まれてしまうような気になっているのかも知れない。
 もしお互いの目の奥に吸い込まれたらどうなるのだろう?
 他愛もない感情など、どこかに飛んでいくかも知れない。
 他愛もない感情とはどんなものだろう?
 罵り合って、嫌な気分になっているにもかかわらず、心の中にはありさとデートした時のことなどが思い出させる。今となっては他愛もないことなのだろうが、ありさしか見えていない時は、その一回一回が真剣で、真面目な気持ちだった。
 しかし、それを他愛もないこととして言える今は、完全に別れを自覚していて、あっさりしているはずなのである。売り言葉に買い言葉、そんな状況ではないはずなのだ。
 私たちの付き合いは、ほとんど相手の目を見てが多かった。感情の起伏は相手の目を見ればすぐに分かったし、彼女も私の感情をすぐに把握してくれていた。もし別れを覚悟したのはいつなのかと聞かれたら、「相手の目の奥が見えなくなった時」だと答えるだろう。
 それが今のはずである。
 では今見えているありさの目の奥は一体何なのだろう?
 ありさの目の奥で彷徨っている一人の男がいる。
 それはまさしく私であり、何かを探しているというよりも、すっと上を見上げているのだ。
 見上げたその先にいるのが、実は表の世界の自分だということを自覚していないようである。瞳の奥を覗いている私にはその視線が痛いほど分かることから、本当であれば、視線を逸らしたいのだ。
 瞳の奥の私が微笑みかけている。
 彷徨っているはずなのに、こちらから見える表情はいかにもあっさりしていて、気分のいい時に見る鏡に写った自分でさえしていないような表情なのだ。
――きっと何も考えていないのだろう――
 感情が入ってしまうとそれがいくら楽しいことであっても、ここまであっさりした表情になれるものではない。自分にこんな表情があったのかと、感心させられるくらいだ。
――瞳の中の自分に、あっさりするための気持ちを持っていかれたのかな?
 もし、瞳の奥にいる自分に気付かなければ、溜まっていたはずのフラストレーションが消えていくのを感じた。
 ス~っと気持ちよくなっていくのが分かる。
 わだかまりのようなものが消えていく。ありさの瞳の奥が覗けなくなってきた。さっきまで見ていた自分がまるで乗り移ったかのような錯覚さえあり、何も考えられなくなっていくのと同時に、爽やかな表情になっていくのを感じた。
 ありさの顔しか、もう目の前にはない。
 ありさがこちらを見て微笑んでいる。罵り合いなどなかったかのように、爽やかな表情は、まるで出会った頃のありさの顔だった。
 ありさしか見えなかったあの頃、まだ瞳の奥を見るなどなかったあの頃、思い出すのはあどけないありさの顔だけである。
――もう一度あの頃に戻りたいなぁ――
 心の中で、一生懸命に祈っている自分を感じるが、無理なことは分かっているはずなのに、まるで祈ればできるのではないかと思っている自分もいるのである。
 これ以上ないというほどの「余裕の表情」をありさに浴びせた。
 ありさはすべてを分かっているかのように微笑みながら頷いている。
 しかしどうしたことだろう?
 ありさの表情に変化が見られない。瞳の奥からフェードアウトしてきた時に見た後のありさは、瞬きすらしていないではないか。
 微笑は私が何度も想像し、夢にまで見た理想のものであるにもかかわらず、変化が見られない表情だと思うと、次に感じるのはまったく違うありさだった。
――断末魔の表情?
 じっと見つめてくれていたはずの目の焦点が合っていない気がする。カッと見開いた目が虚空を見つめている。少し開き気味の唇の色が次第に薄れていく。
 逸らしたいのも山々なその顔に、視線が釘付けになっていく。
 見たくない顔を見続けると言うのがこれほど辛いことだとは思わなかったが、自分の意識も知らず知らずに薄れていく。
――時間が止まってしまったのだろうか?
 そんなことを感じたが、今まで考えていたはずの過去のことが、急に虚空に消えていく気がしてきた。
 喉の奥に圧迫感を感じる。
 カラカラに渇いた喉の奥から何かを叫ぼうとするのだが、声になっていない。声にならないと自分が何を言おうとしているのか分からないようで、そう感じた瞬間、自分の身体が自分ではなくなっているような気がしてきたのだ。
――しばらくの辛抱だ――
 根拠も何もないのに、そんなことを感じた。
――あと少しで楽になれる――
 そう思っただけで、気持ちがス〜っと楽にり、力が抜けていった。肉体的な苦痛をもう感じることはないと思ったからであろう。肉体さえなければ苦痛など感じるはずがないからである。
 私の記憶が本物かどうか、定かではない。
 そして、私はそれ以降、楽になれたのであろうか?
 残念ながら、それを感じることはできなかった……。

「嫌な夢を見たな」
 気がつけば、汗びっしょりで寝ていた。
 熱く火照った身体に、どこからか入ってくるすきま風が心地よい。
 ついこの間までクーラーをつけていたと思ったのに、最近は朝夕の冷え込みも激しく、昼間だけはポカポカ陽気が続いているという不規則な気候には、さすがに皆戸惑い気味になっている。
 風邪を引いている人もまわりには多く、休みの日である今日も、朝から寝坊をしてしまったようだ。
 閉め切っているカーテンを通してでも侵入してくる朝日は、心地よいものなのかも知れない。しかし、夢見の悪さからか汗をグッショリ掻いた状態では、その気持ち良さも半減してしまう。
 何となく目が痒い。
 いつも目覚めは数分ボ〜っとする時間帯が少しあるのだが、今日は目に痒みを感じるためか、意外と意識がはっきりしてくるのが早い気がしている。
 擦ってはいけないと思っても、ついつい無意識に擦ってしまうのは、それでもまだ寝ぼけているせいかも知れない。
 それでも思考回路が回っていないのはいつものことで、体を動かせばすぐに意識がはっきりするだろうと思っているのは、なるべく刺激を与えたくないと思っているからだろう。
――きっといい夢を見た後なのだろうな――
 目が覚めてから夢の内容を覚えていることはほとんどない。
 ごくたまに、よほど楽しい夢か、逆に残像として残ってしまいそうな怖い夢を見た時など覚えているくらいだ。しかし、完全に忘れてしまうことなどないはずで、無意識ながら覚えているから自分をなるべく刺激したくないと思うのかも知れない。
 特に怖い夢はほとんど残像に残るものだと思っているから、夢に記憶のない時は、見ていないか印象に残らない程度の楽しい夢だと思っている。そのため目が覚めるまで刺激を与えたくないと思うことが多いのだろう。
 大きな欠伸を一つした。
 これはいつもと同じ行動パターンであり、意識がはっきりしてくるまでの、最終過程なのかも知れない。涙が溢れ出るが、またしても目が痒くなってくる。悪循環になってしまっているのだ。
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次