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短編集6(過去作品)

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覚めることのない夢

               
                 
                覚めることのない夢

「君は本当にわがままだ。君がそんな女だったなんて今まで知らなかったよ」
「何言ってるのよ。あなたこそ私に隠れてコソコソと……。私が知らないとでも思ってたの?」
 お互いに罵声が飛び合っている。
 内容はまるで子供の喧嘩のようだ。最初は冷静だったのだろうが、どちらかが切れて罵声を浴びせれば、浴びせられた方は倍にして返そうとする。
 フラストレーションは相当なものだったのだろう。まるで、いつ物が飛んできてもおかしくないような状況で、一触即発を呈している。痴話げんかもここまで来ると最悪で、振り上げた斧をどちらが下ろすか、それが問題だった。
 すでに興奮は最高潮に達し、どちらが先に切れたか分からない状態になっているため、振り上げた斧を自分から下ろすことをお互いがするはずもなく、最悪な状態は目に見えていた。
 二人とも大人なのだから、さすがに暴力に訴えるようなことはない。言葉の暴力はあるかも知れないが、それでも言葉に男女の力の差が関係してくるわけでもなく、不公平さはない。逆に興奮すると女は強いもので、理屈も何もあったものではなく、言葉の前後を考えることなく思ったことを罵声として浴びせるだけである。
 そういう意味で女性は怖い。女性がすべてそうではないのだが、彼女に限って言えば、ヒステリーを起こすと、もう誰も止めることができない。どんなに立派な理屈を並べてもすべて屁理屈としてしか受け入れられず、それが鬱陶しいのか、さらに罵声が飛んでくるといった悪循環を繰り返してしまう。
 何しろ理屈など存在しないのである。
 私の言うことすべてに罵声が飛ぶ。しかも回答になっているのではなく、自分の言いたいことをマシンガンのごとく浴びせ倒す。同じことを繰り返しているだけで、理屈のない会話など得てしてそんなものなのかも知れない。
 もちろん、喧嘩の最中、罵声を浴びせられながら、冷静さがあるわけでもなく、そんな考えがひらめくわけでもない。頭の奥で考えているのかも知れないが、それが表に出てくることなどないのだ。
 後から考えて思い浮かぶだけで、
――あの時、こう言えばよかった。あんなこと言わなければよかった――
 などというのは、冷静さを取り戻した時に思い浮かぶことなのだ。
 しかし、本当にそうなのだろうか?
 ひょっとして喧嘩の最中でも意外と冷静で、頭の奥ではひらめいているのかも知れないと思うことも多々ある。
 彼女は名前をありさといい、学生時代から付き合ってきた仲で、もうかれこれ四年の付き合いになる。
 元々彼女の方からの告白で付き合いだしたのだが、私もありさには好印象を持っていたので、最初からうまく行っていた。
 同じ大学で、クラスも同じだったことから、告白されるだいぶ前から私自身でも意識していた。しかもありさの私を見つめる視線が、日増しに強くなってきたのか、鈍感と言われる私にもさすがに分かったのである。
 高校の頃まで、私は誰とも付き合ったことはなかった。
 高校は男子校だったこともあり、どちらかというと集団で行動することが好きではなかった私に、女の子と知り合う機会など、あろうはずもなかった。
 しかし、大学に入ると開放感からか、ガールフレンドも増えていった。
 さらに私は、群れを成しての行動が嫌いだった。
 自分の個性を押し殺し、その他大勢の中に、まるで部品の一部を形成しているだけで、しかも中心になる人物の引き立て役になるなど、真っ平ごめんだった。そんなことでしか自分を表現できない人間にだけはなりたくなかったからだ。
 しかし、その役を甘んじてうけている人たちもいた。まわりから見ているだけで、情けなく感じるのだから、自分を捨てないとできるものではない。そんなことは死んでもできないとまで思っていた。
「やつは変わり者だ」
 集団の連中から、そう言われていることは知っていた。
 それでも、中心にいる人たちから言われる分にはまだ、
「変わり者で結構。これが俺の個性なのだから」
 と胸を張っていうこともできるが、その他大勢の連中から言われるのは心外だった。
「少なくとも、お前たちのような優柔不断な男ではない。何も考えていないのだろう」
 という気持ちでいっぱいで、もちろん口に出すことすら汚らわしいほどだった。
 付き合いだして、ありさが私に言ったことがある。
「総司は普通の人と違う感性があるわね」
 微笑みながらであるが、目は真剣だった。その微笑にもとても暖かさがあり、ありさが私のことを好きになってくれた理由の一つがそこにあるのだと分かった。
「それは、最高の褒め言葉だ。うれしいよ」
 と素直な言葉が出てきたのも、頷けるというものだ。
 その言葉を聞いてからであろうか。私は急速にありさに惹かれていった。
 確かに、最初から好きだったことには間違いないが、それでもどこかに距離を感じていた。それまで女性と付き合ったこともなく、女性の気持ちというものが分からなかったのが、最大の理由だろう。
 しかし、ありさの言葉で私の目から「うろこが落ちた」のだ。
 距離があったなど、その時まであまり感じていなかった。どちらかというと、男女間というのは、これで普通だくらいにしか考えていなかったので、ありさの言葉に感動したこともなく、相手の考え方に触れることが、これほど心ときめくことになるなど、考えも及ばないことだった。
 その日私たちは結ばれた。
「あなたの目が真剣だったから、不自然さはなかったわ」
 初めてだった私に対し、ありさは処女ではなかった。
 ムードは初めてのように振舞ってくれたのだが、肝心なところで、リードしてくれたので、戸惑うことなどなかった。
「自然だったんだね?」
「ええ、そう。自然が一番よね」
 そう言って、また暖かい目で私を見つめてくれた。そう、私がありさを真剣好きになったターニングポイントは、その目を見た時である。今から思い返してもはっきりと思い出すことができるのだ。
 罵り合いながらでも、心の中にある懐かしい思い出は何なのだろう?
 確かにありさのことを嫌いになった。ありさも私に愛想を尽かしたと言ってる。本来なら、罵り合うこともなく、もっとあっさりした形でも別れであってもいいはずだ。
 なぜそれができないのだろう?
 自問自答を繰り返すが、そう思ってみるからか、ありさの目の奥にも戸惑いのようなものが見える。一旦始まってしまった罵り合いに対して同じように戸惑っているのかも知れない。きっと今の私もありさと同じような目をしているに違いない。
 ありさの目を見ていると、どうにも視線を逸らすことができなくなっていた。
 しっかりと見続けると、目の奥に吸い込まれそうな錯覚さえあり、本来なら目を逸らそうとしてしかめ面になりそうな感じである。
 しかしなぜだろう?
 不思議なことにありさの目の奥を見つめていると、次第に気持ちが落ち着いてくるのを感じることができる。
 吸い込まれそうな目の奥に私を見つめているからだ。
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次