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星降る夜に……(Merry Christmas(^^))

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【♪心深く 秘めた想い 叶えられそうにない】

(あ……またこの曲だわ……)
 瑞恵がこの場所でこの曲を聴くのは、今日二度目……。

 瑞恵は美容師、このシーズンは美容院にとって書入れ時だ、今日は早番にしてもらっていたが、上がり予定の六時過ぎまではてんてこ舞いだった。
 今日最後のお客も待ち合わせの時間が気になっていたのか、早く、早くと急かすわりには細かい注文が多くて十五分ほど予定をオーバーしてしまった。
 『彼』との約束はあいまいだった……。
 『ああ、なるたけ行くようにするよ』
 半分、いや、七、八割方は『行かないよ』と言われたようなものだ。
 しかし、瑞恵は大急ぎで待ち合わせのツリーの前にやって来た、息を切らしながら時計を見ると、約束の時間を五分ほど過ぎていたが、彼の姿はなかった……。
 まだ来ていないなら、そんなことはちっともかまわない、でも、五分の遅刻を許してくれなかったなら悲しいし、来ないならもっと悲しい……。

【♪必ず今夜なら 言えそうな気がした】

 美容師専門学校を卒業して、地元の美容院に三年勤めた後、都内の大規模な美容院に移るために上京して更に三年。
 手先は器用で、真面目に腕を磨くので技術は高く評価されている。
 だが、東京に限らず、大きな都市で生まれ育ち、街中で知らず知らずのうちにセンスを磨いて来た同僚には、その点でどうしても及ばない。
 手堅く綺麗にまとめてくれるので年配の顧客には評判が良いが、思い切った変身をしたい若い女性にとっては物足りないのだ。
 このシーズン、美容院は大忙し、普段は年配の女性を中心に腕を奮うことが多い瑞恵も、若い女性、それもデートやパーティのために大変身したい女性の髪をいじる機会が増える、そして、その都度イライラしたような口調で細かい注文をつけられる、そんな時、瑞恵は自分が根っからの都会人ではないと身につまされてしまうのだ。
 
 
 待ち合わせにやって来ない『彼』は美容院で使う設備の営業マン。
 ぱっと目を惹くイケメンで髪型や服装にも一部の隙もない、瑞恵にとって彼は、思い描いて憧れていた王子様の姿そのままだった。
『あ、アレはやめときなよ、もう、プレイボーイで有名なんだから』
 瑞恵が彼への好意をちょっと口にしただけで、先輩から忠告された。
『誰とは言わないけどさ、この店にも【被害者】は何人も居るんだからね』
 しかし、恋は人を盲目にするだけでなく、耳も遠くするようだ。
 先輩の忠告は右の耳から左の耳へと通り抜けてしまった。
 
(今日会えたら、私をどう思っているか訊くつもりだったのに……その時、彼がなんて言うのかを聞くのは怖いけど、もう宙ぶらりんは嫌……でも、これが答えなんだろうな……)

【♪まだ消え残る 君への想い 夜へと降り続く】

 ツリーの周りからはどんどん人が少なくなって行く……。
 瑞恵は夜空を見上げた。
 まばゆいばかりのイルミネーションが夜空を照らし、星はほとんど見ることが出来ない。
(星が淋しいな……田舎じゃもっと降るように見えたのに……)
 都会のまばゆさに憧れて上京した……まばゆい人工の光、それは待ち合わせにやってこない『彼』と重なる……。
 ふと、疲れを感じた……憧れは憧れのままである時が一番美しいのかもしれない……。
 このツリーだって、魔法で輝いているわけじゃない、無数のLEDが仕込まれているだけ、電気が切れればただの樅の木……そう思うとちょっと空しい。

♠    ♠    ♠    ♠    ♠    ♠    ♠    ♠

 善男は時計を見る……9:45、さすがにこの時間になれば待ち合わせの人影はまばら。
 このツリーの前に立ったのが6:50、あと5分で四度目の『クリスマス・イブ』が流れる筈。
(もう沢山だ、この上ダメ押しまでされたくはないな……)
 善男はツリーを囲んでいるベンチから腰を上げた。
   
 ♥    ♥    ♥    ♥    ♥    ♥    ♥    ♥

 瑞恵は時計を見る……9:45
 ここに着いたのが7:05、もうすぐ三度目の『クリスマス・イブ』が流れる筈。
(もう一回聴いたら、泣いちゃいそう……)
 瑞恵は立ち上がってコートの裾を直した。