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短編集5

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ツインルーム



               ツインルーム

 夏の暑さが沁みついているコンクリートから湧き出る熱気は、夕方になっても留まるところを知らない。
 西の空に落ちる寸前、これでもかと容赦なく照りつける太陽。アスファルトの上からでもトラックの走った後などに見える砂塵は、カラカラになった喉をさらに苛め抜こうとしているかのようである。
 ベタベタになった腕にへばりつきそうな砂塵は、不潔そのものに見えてくるのだ。
――こんな中を毎日生活しているのか――
 と考えただけでも、さっきまでの空腹感が萎えてしまいそうである。
 こんな日はクーラーの効いた店で生ビールとしゃれ込みたい気分になるが、確か今日は馴染みの居酒屋は休みだったような気がする。ほとんど毎日開店していたので、却って休みの日をなると覚えているものだ。
 店主旅行のため、と書いてあったが、常連で占める店なので、それで許される。常連数名募って出かけたようで、仕事でなければと私も誘われた。しかし案の定仕事が入ってしまい仲間に入ることができなかったのは残念だった。
 ボーナスがどこの会社でも支給されたであろうこの時期、どこの店も多いだろう。しかももうすぐすると盆前の繁暮期に入ってしまう関係で、今が一番多い時期であることは想像がつく。
「今日、どうだい、いっぱい」
 親指とそれ以外の指で輪を作り、コップに見立て口元に持っていくおなじみのポーズが会社でも目立っていた。
 私が誘われることはあまりない。
 以前は必ずといって誘われ、それほど付き合いが悪い方ではなかったが、ある時期を境に付き合いが悪くなったのだ。一旦付き合いが悪くなると、こっちが欲しても誰も見向きもしてくれず、結局、最近は一人で向かうことが多くなってしまったのだ。
 最初の頃によく行っていたのはピアガーデン。通勤でいやでも目に付く駅ビルの屋上からの提灯行列、喉が鳴るのを感じていた。暑い中で、汗を掻きながらではあるがビル風の爽やかさを感じることは気持ちのいいことだった。しかも若い者同士が呑みに行くのであれば、やはり最初はビアガーデンであろう。学生時代からの延長を感じさせ、皆その雰囲気を楽しんでいたのだ。
 駅ビルの近くにエレガンスホテルというビジネスホテルがあるが、そこのビアガーデンは小規模だがなかなか充実していて、私は好きだ。
 ビジネスホテルでビアガーデンというところが、いかにも豪華さを感じさせ、出張で来た人を連れて行ったのが最初のきっかけだった。
 そのうち会社ご用達となり、割引してくれたりと、小規模ならではのサービスを味わえるのもうれしかったが、私自身まるで出張に出たような開放感を味わえるのが好きだったのだ。
 だがそれでも飽きというのは来るもので、他の社員は次第に離れていく。
 所詮、副業のビアガーデン。料理はどうしても二の次となってしまい、すぐに飽きが来てしまう味付けは私も少しうんざり来るものがあった。今までつるんでいた連中の中から一人二人と来なくなり、自然とメンバーが解体し、自然消滅の形となってしまった。秋が来てビアガーデンの時期が済むと皆各自でグループを作り、馴染みの店を開拓していくようになった。年が開け、季節が進み夏になると、結局ビアガーデンに行くという既得な人は誰もいなくなってしまったのだ。
 たまには行ってみるか。
 夏がやってきても一向にビアガーデンに足を向けようとしない同僚たちを横目に、私は久しぶりにエレガンスホテルに近づいていった。
 今年は珍しく七月から台風の当たり年で、その日は台風の影響はなかったものの近くを通り過ぎた影響で昼間の気温がぐんぐん上がった。
 しかも湿気を帯びているため、何とも言えないような灼熱の暑さが容赦なく照り付けていた。
 うだるような暑さ。
 まさしく言葉どおりである。文字にするだけで汗が噴出してくるほどかも知れない。
 仕事中に何度喉が鳴ったことか。
 そんな我々の気持ちを知る由もないセミが容赦なく泣き続けるのが恨めしかった。しかもそれが数週間しか生きられないのだという思いがなぜか頭をよぎり、セミに対して哀れみの気持ちが自然と湧いてくるのだから人間の心理とは不思議なものである。
 結局その日はどうしてもビアガーデンが恋しくなり、汗を掻きながら生暖かい風を心地よいと感じる方を選ぶことにした。いや、逆に都会の喧騒とした雰囲気をセミの声が忘れさせてくれるのではないかとさえ思えたのも事実である。
 最初の頃こそ、みんなワイワイと星空の下で騒げるビアガーデンに有頂天だった。どちらかというと私はそれほどノリ気ではなかった方である。
 それがいつの間にか、皆の足が遠のいて行ったのである。
「おい、おいしい焼き鳥屋を見つけたんだけど」
 それがきっかけだった。
 ビールに枝豆、星空の下でそれが最高だったのだが、舌が肥えてきたのか、それだけではどうしても物足りない。あれだけワイワイ盛り上がっていたメンバーも用事があると言っては一人二人抜けていく。それが現状だったのだ。
「焼き鳥か」
 私を始め、皆心の中で唸ったことだろう。無意識に喉が鳴り、赤提灯を思い浮かべたに違いない。
 さすがに新鮮な魚や焼き鳥を食わせる炉端焼き屋、誰からともなく誘いかけるようになり、全員常連の仲間入りだった。もちろん私もその一人で、いや、一番喜んでいたのは私かも知れない。今まで居酒屋なるものを経験したことのない私は、煮込みや焼き鳥に夢中になっていた。
 一人でも何度か行った。ビアガーデンの時のように連れ立って行くところではないし、たまには一人でゆっくり呑みたい時もあるからだ。喧騒とした雰囲気の中で、一人ゆっくり呑む酒も粋なものである。
 なぜエレガントホテルに行ったのだろう?
 今日に限ってそんな気持ちになったのは、やはり最近失恋したからかも知れない。
 私にとっては最高の女性、確かに今までに女性と付き合ったのは彼女が最初ではなかった。失恋を何回も経験し、そのほとんどが訳も分からず一方的に「ふられる」というのが今までのパターンだった。
 今回も今までの類に漏れず、同じパターンの繰り返しだった。本来なら次の恋を目指して立ち直ってもいい頃であるにもかかわらず落ち込んでいるのは、鬱が一緒にあったからかも知れない。
 確かに今回の鬱はひどいものだ。
 失恋したから鬱に陥ったのか、鬱に陥った時に失恋したから落ち込み方が激しいのかが分からない。いつもであればもう少し自分で分かってもいいはずなのに、思考回路がまともに働かないのだ。
 鬱状態に陥るということは今までに何回もあった。
 その都度予感めいたものがあるのだが、今回は失恋を伴っているため、それがどれほどのものか分からない。期間にしてもいつもなら大体二週間程度なので、辛くても先が決まっているということと、いつものことと思うことで、自分が何かアクションを起こさなくともすんだのだ。
 時が解決してくれる。
作品名:短編集5 作家名:森本晃次