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短編集5

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 最初はどういう恐怖なのか、怖さは感じてもどんなものかおぼろげにしか分からない。それだけに不気味なのだが、一歩踏み出すために上げた足を下ろしていく間に、恐怖が頭の中で描かれる。怖いながらも確かめたいという思いの中、力強く踏み下ろそうとするのだが、まるで月面散歩でもしているかのように足が重たく、一気に踏み下ろすことができない。その間に頭の中で湧き出してくる恐怖を甘んじて受け入れなければならない心境とはいかなものか。
 一旦踏み下ろそうとした足を止めることは不可能で、その間に予感が確信へと変わって行くのを待つしかない自分が歯痒かった。
 果たして踏み下ろした足が地面につくことはなく、一気に谷底に突き落とされるような感覚を一瞬だけ味わったかと思うと、一気に目を見開くのを感じた。そこが真っ暗で、自分がどこにいるのか最初から分かっていたような気がするのは、後から考えるからであろう。
「夢か」
 いつものことである。
 目を見開いた瞬間、真っ暗な光景が目の前に飛び込んできた時、自分でそれが夢だったと気付く瞬間であることは分かっていた。
 声に出すのもいつものこと、自分の声が出ることに安心し、次の瞬間に汗びっしょりになってしまって気持ち悪いという感覚を覚える。これもいつものことだった。汗を感じるのは夢を見た証拠でもあるからだ。
――どうしてこの夢ばかりを見るのだろう?
 確かに子供の頃に感じた中で一番気持ち悪く、夢に出てきそうなのだが、それだけに、
――最初に感じた時も夢ではなかったのだろうか?
 という疑問に陥るのも無理のないことなのだが、裏を返し、
――ひょっとして、もう一度現実に同じ思いをするかも知れない――
 まるで堂々巡りのように感じるのも夢から覚めていつものことだった。
 それは夢から覚めかけの状態でしか思えないだろう。それだけ現実離れした感覚に違いないのだから……。
 これが清水の言っていたターニングポイントである気がしてきた。なぜ私が清水の持っているターニングポイントに入り込んだか分からない。
 もし、ここが夢だとしたら?
 夢にしては覚めないような気がして仕方がない。夢の世界に入り込んでしまったのか、夢が現実となってしまったのか、それが分かれば苦労などない。
 偶然にしては、あまりにも都合がよすぎる。かといって夢として片付けてしまうのも都合がよすぎるのではないだろうか?
――もし、ここに清水がいたとしたら?
 そこまで考えると、目の前に一人の少年が現れた。
 少年は、完全に戸惑っている。そして私に問いかけた。
「おじさん、ここはどこ? いつもあそこにある太陽が、どうして今日は違う場所にあるの? 教えて」
 一瞬戸惑ってしまった私だったが、自然と口を開いていた。
「いつも太陽が同じ場所にあるとは限らないさ。同じ場所にある方が偶然なんだよ。これだけ空が広いんだ。どこにあったっていいじゃないか」
 ああ、私は何ということを口走っているのだろう?
 心の中で思っていることと違うことを口走っている。いや、所詮、心の中でもはっきりとした考えがあるわけでもない。
――こんな子供に嘘やいい加減なことは言えない、だから口を出してはいけない――
 心の中でそう思いながら、頭の中が勝手に喋っているのだ。
 少年は私の漠然とした潜在意識の言葉に、とりあえず頷いていた。それでも動揺が丸見えである。
「おじさん、ありがとう」
 それでもお礼を言うと走り去っていく。次第にその後姿が清水になって行くのを感じてしまっていた。
 後姿が消えるまで目で追いかけていたが、消えた瞬間、またしてもどちらが前か後ろか分からなくなってしまった。
――会えるはずのない人に会ってしまった――
 少年の後姿が見えた瞬間、感じたことだ。
「もう、彼とは二度と会えないだろうし、会ってはいけないのだ。偶然なんてこの世には存在しないんだ」
 心の中からか、頭の中からの叫びが聞こえたが、それがどちらからのものかは分からなかった。
 今がそのターニングポイント。私はどこから来て、どこへ行くのだろう。しかし、それを知っているのもきっと私だけなのだ。これがターニングポイントについて気がついた者の運命なのかも知れない。
 遠のいていく意識、それを今感じている。
 気がついた時、私は違う意識を持っているに違いない。この状況を頭の奥に封印したまま、誰か知らない人の肉体の中で目が覚めるのだ。
 そう、この封印した記憶だけを持って、違和感を覚えることもなく……。

                (  完  )

作品名:短編集5 作家名:森本晃次