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短編集5

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ミラー・コネクション



               ミラー・コネクション

 あれはいつ頃からであったろうか。
 私が鏡というものにそれまでまったく興味がなく、どちらかというと、どこかに出かける予定があるにもかかわらず、その場になってまでも三面鏡の前から離れず化粧を施している母を見ていたこともあり、嫌いだったのだ。しかし、鏡に興味を持ち始めた時期があったことは確かなのだ。
 たぶん中学生の頃ではなかったか。時期はほとんど曖昧にしか覚えていないのだが、どうして鏡に興味を示したか、それだけは分かっている。
 いや、正確に言えば興味を示したきっかけは曖昧だった。
 ある日鏡の前を通りかかった時、普段であれば何も気にすることなく通り過ぎるはずだった。
「おや、何か変だぞ?」
 思わず声が出てしまった。
 その声を他の人が確認できたかどうかは自分でもはっきりとしないが、少なくとも自分の耳で聞いたことには間違いない。
 いつもと変わらぬ光景だった。
 視線の先には自分がいて、そのまわりには記憶も新しい背景が写し出されている。
「これのどこが変なのだろう?」
 一生懸命に考えているつもりでも、なぜか上の空な自分が分かるのだが、たぶんその理由が分からないだろうと思い込んでいた。思い込んだら最後、あるところまで考えが及んだら、そこから先はまた先頭に戻ってくるように堂々巡りを繰り返す。
 横を向いてみたり、ウインクしてみたり、微笑んでみたりしたが、どこにも変わりは感じられない。
「う〜〜ん、気のせいなのだろうか?」
 頭を傾げると、鏡の中の私も傾げている。それからの私は、無意識でも鏡の中の自分を見るようになっていた。
「中学生ともなると、鏡の前にいることが増えたな」
 小学校時代からの親友が、最近口にする言葉だった。
「俺はそんなことないよ。どうしてだい?」
「おかしなことを聞くな。お前は女の子の視線が気にならないか?」
「まだ、中学一年だぞ。そんなことないよ」
「お前、奥手だなぁ。まわりを見てみろ。髪形を気にしているやつが多くなったのに気付かないのか?」
 確かに友達の言うとおりであり、いつの間にか自分が取り残されたような気になってきた。
 私は結構、他人の言動に左右されやすい方であった。友達に言われれば、それが正しいことであれおかしなことであれ、とりあえず信じるのである。
 思い込みが激しいというのだろうか? まわりが自分と少しでも違えば取り残された気分になるのも必至で、それが小さいと何とか追いつこうと考え、大きいとプレッシャーにもつながりかねない。
 さすがにまだ中学生、まわりのちょっとした「背伸び」くらいなら簡単に追いつけるというものだ。
 とはいえ、さすがに自分の顔の土台を知っている私にそれほど派手な髪型が似合うとも思えず、元々目立たない顔に似合うように目立たない程度のイメージチェンジくらいしかできなかった。
 しかし私にはそれで十分だった。
 幸い髪型が自由な学校にいることで、角刈りを免除されていることもあってか、普通に真ん中から髪を分けているだけで、我ながらまわりとの違いを演出できると思い込んでいた。それからであった、私は毎朝鏡を覗くことが恒例となり、いつの間にかそれが自然な行動として毎日の生活に浸透していったのだ。
「あんた、最近鏡の前にいる時間が長いわよ。女の子じゃあるまいし」
 確かに長くなっていたようだ。今まで、自分が嫌悪していた化粧に長く鏡を使っている母親から言われるのだから間違いないことだろう。しかし、それはまったく自分の中で意識のなかったことである。無意識に鏡を覗き、その中の自分が毎日変わりないことを確認すればそれでよかったのだ。
「そんなに長くないよ。ほんのちょっとじゃないか」
 そう言って反論するが、それを聞くと母親はいつも不思議そうな顔で見つめていた。それが時には哀れみのような表情に見えるのだから、おかしなものであった。
 気がつけば、鏡の前で鼻歌を歌っている時もある。また、ある時は鏡に向かって睨みつけている自分を感じ、急に我に返ることもあった。
 それはたぶん母親から鏡の前にいる時間が長いことを指摘されて自己暗示に掛かってしまったからであろう。
――ナルシスト?
 自分を見て満足し、陶酔する人間のことをいうようだが、私もひょっとしてそのナルシストではないかと思うようになったのはそれからのことであった。
 それまでまったく女の子と話をしたこともなかった私に、女の子の方から話しかけてくるようになったのはその頃からであった。
 私は自分が、モテるようなタイプの顔でも、話をしても面白い話題が提供できるタイプでもないと思っていた。それなのになぜか女の子の方から話しかけてくれるのは、それなりに魅力があるからだと自分勝手な想像をしていた。
 そんなナルシストな私が、最近になって人の噂話が好きになるというのもおかしなことだった。
 高校時代くらいまでは、人とほとんど話しをすることのなかった私だったので、大学に入り、そんな自分を変えたいと思ったのは今から思えば当然だった気がする。
 一生懸命に受験勉強をして、必死で入った大学だった。大学がどういうところかは先輩の話や、テレビドラマなどで大体の基礎知識は持っていたが、これほど受験生時代と違うものかと思ったのは、そこに華やかさがあったからだ。
 ある意味自分のナルシズムな部分を押し殺して受験勉強にまい進してきた。しかしそれも自分に自信があるからで、受験生時代さえ乗り越えればその後にはバラ色の人生が待っていると自負していたからに他ならない。
 予備知識があって、目標として描いてきたところだったこともあって、かなり自分のなかで誇大妄想もあっただろう。大学というところが華やかだとも思っていたし、そこでの自分の世界も勝手に思い浮かべていた。しかし、実際に見て触れた大学は私のそんな妄想をはるかに超えるものだったのだ。
 友人はすぐにできた。
 元々、社交性と順応性には自信があったのだ。こちらから話しかけることもあったし、話しかけられても話題性に困ることなく応対することができる。所詮、皆同じ受験生という暗い時代を乗り越えてきた人たちだ。
 しかし中には受験生時代を謳歌してきた連中もいる。予備校に通いながら、カラオケやコンパに明け暮れた人たちもいるのだ。そんな連中ともわけ隔てなく会話をする自信はあったが、自分のこれから作る輪の中に彼らが入ってくることはない。
 ここで私のナルシズムな部分が顔を出すのだが、それはどうしても輪の中の中心にいたいと思うからであった。
 ひょっとして、これは自分の短所ではないだろうかと感じながらも、「長所と短所は紙一重」という言葉が示すとおり、長所の一つでは、と思っている自分もいる。
 ナルシストや自己満足が悪いことのようにまわりと話していると聞こえるが、私はそうは思わない。自分を大切にできない人にまわりが見えるはずないからである。
 そんなわけで、私はいつも輪の中心にいた。
 だが、いつ頃からであろうか? そんな私に噂話の楽しさを教えてくれたのは、入学してまもなく付き合いだした女性からだった。
作品名:短編集5 作家名:森本晃次