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短編集4(過去作品)

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 下心がなかったといえば嘘になる。しかしそれほど彼女を作ることへの執着心があったわけではなし、仕事や生活に慣れてくるにつれ自分に自信が芽生えてきたのも事実で、逆にどっしりと構えていたことが好結果を生むという典型的な例だと解釈していた。最初付き合い始めた頃の彼女に言われた「オーラを感じた」というのはそういうことだったのだろう。
 毎朝の通勤電車、それが彼女との出会いの場だった。普通であれば苦痛以外の何ものでもない。芋を洗うような人の多さもさることながら、私はそれよりも一人一人の覇気のない顔にうんざりしていたのだ。
 そんな中、私を見つめる女性に最初は気付かなかった。なぜならまったく覇気が感じられない周りの人たちの顔を見たくないと思う一心から、なるべくあらぬ方向を見るようにしていたからである。
 さらに彼女はどちらかというと素朴さが残るような顔立ちだったので、視線を感じていたとしてもそれが彼女だと特定することはすぐにはできなかったであろう。
 目が合うと反射的に視線を逸らす。それで分かった……。と同時に彼女が嘘のつけないタイプの人間であるとも瞬時に理解できた。そんなことが何回か続けばいくら鈍感な人間でも自分が意識されていることに気付くというものだ。
 きっかけは案外簡単なものだった。彼女を意識することで無意識のうちに視線を向けていたのだが、ある日彼女が貧血で倒れかけた時があった。後から聞けば元々血圧が低い方だということで、しかもその日はいつになく電車が超満員だった。私でさえ酸欠状態から気分が悪くなりかかっていたのだから、血圧の低い女性にとっての車内は地獄だったに違いない。いち早く異変に気付いた私が誰よりも先に彼女を介抱したのは言うまでもないことだが、その時の私に下心がなかったかと言われれば、はなはだ疑問ではある。
「君はずっと僕を意識していたね」
 付き合い始めてから、何度目かのデートで聞いたことがあった。そのことについてはハッキリと認めたのだが、ではなぜなのかと聞くと明快な答えが返ってくることはなかった。しいて言えばインスピレーションかな? というだけであったが、今から思えば確かにそうだったのかも知れない。かくゆう私もなぜ彼女と付き合うことになったのかと聞かれて、果たしてしっかりとした答えを用意できるであろうか?
 私が最初に感じた彼女へのイメージ、それは「従順」であった。物静かで自分からは決して意見を言わず、絶えず私を立ててくれる。それでも私が意見を求めた時に返ってくる答えの的確さにいつも驚かされているため、あまり単独で行動を起こさないように心掛けている。そんなわけで我ながらベストカップルと決めつけていたが、それは彼女も同じことを思っていたはずだと思うのは、決して思い込みが激しいからではないはずだ。
 私は彼女を尊敬していた。少なくとも考え方はしっかりしていて、身持ちの固さもそれゆえ許せたというものである。付き合い始めてデートを重ねてきたが、初めてのキスまでに半年掛かったのも仕方がないことだった。
「ごめんなさい。私とても警戒心が強いの……」
と、言うのが彼女の口癖だったが、逆にその彼女が許したということは、身も心も私を全面的に信頼してくれたことへの証しであって、喜ぶべきことに違いなかった。
「私たちの出会いって運命的だったわね」
 これも彼女の口癖である。まったく同じことを考えているわけで、この付き合いが半永久的に続くものだと私に思い知らせるには、それだけで十分だった。
 彼女、名前を綾子といい、隣町で一人暮らしをしている普通のOLである。短大を卒業して二年。私より一つ年下であった。普段デートをする時は年相応に感じるが、どうかすると二つも三つも年上に見える時がある。しっかりしているからかも知れないが、それを感じ始めたのはそれからまもなく同棲生活を始めてからである。
 どちらから言い出したかはっきりとは覚えていないが、気が付けば綾子はアパートを引き払って私のところへやって来ていた。初めての同棲生活であるにもかかわらず、台所に立つ綾子の後姿に最初から違和感はなく、目を瞑りまな板を叩く包丁の音を聞いているだけで、綾子のエプロン姿が目に浮かんでくるくらいであった。
 同棲生活は私にとって幸福以外の何ものでもなかった。痒いところに手が届くタイプの綾子と私の間は以心伝心、夜の生活の方も相性ピッタリで、同棲を始めて間もない頃であっても、ずっと以前からこういう関係だったような錯覚に陥るほどである。
 余程、母親の教育が行き届いていたのか、それとも母親の背中を見ているうちに自然と身に付いたものなのか、とにかく綾子は細部に渡っていろいろ気が付いてくれる。
 こんな関係であったが、私としてはお忍びの同棲生活にしたくなかった。一度会社の同僚を連れてきた時があったが、綾子の丁寧なもてなしに感動する同僚を見て、至福の喜びを感じたものだ。綾子との関係を公然のものとすることは私の性格的なものであり、綾子もそれに反論する意志はないようだ。
 何度となく一緒に出かけたデートで撮った写真の中から最高のものを選び出し、テレビの上の一番目立つところに置いたのも、やはり私だった。
 チューリップで有名な遊園地へと出かけた時撮った写真がその一枚で、元々綾子の強い勧めで出かけたのだった。チューリップがこれほどきれいなものであることを今さらながら思い知ったというのが私の本音で、現像写真を見て即飾ろうと考えたのも至極当然なことである。
「君は赤が似合う」
 一度綾子を前にして言ったことがあるが、この写真を見てさらに自分の考えがまんざらでなかったことを思い知った。思わず赤い服をプレゼントしたくらいで、スレンダーな女性に赤い服が身体の線をくっきりさせ、さらにスレンダーに見せることを今さらながらに感じたのだった。
「この幸福がいつまでも続けばいいのに……」
 幸福の絶頂にいる時というのは、得てして不安が付きまとうものである。それは私だけに言えることかも知れないが、いったん思ってしまった不安を取り除くのは並大抵のことではない。
 しかしそれでも一緒にいる時、綾子の笑顔を見ている限りではそんなことはない。どちらかというと、夜の生活で欲望を思い切り綾子にぶつけた後に襲ってくる虚脱感、その時が一番感じるのである。
 最初は疲れ果て、お互いすぐに寝息を立てていた。しかし最近ではお互いの身体が分かってきたのか余裕ができたため、すべてが終わった後でもタバコに火を付けるのがパターンとなっていた。
 汗が噴出した虚脱感の残った体を無理やり起こし、枕元の箱から片手で起用に取り出したタバコを一本口に運ぶ。それを見た綾子がすかさずライターを手に取るのだが、その時綾子の身体から溢れ出る汗の酸っぱさがツンと鼻を突くが、私としてはもちろん嫌なものではない。
 うまそうにタバコを吸う私をじっと見ながら身体を摺り寄せてくる綾子。そんな時いじらしさで思わず抱きしめてしまうのだが、普段あまり見せない甘えた態度はある一時期を過ぎると私に微妙な心の変化を植え付けるようになった。
作品名:短編集4(過去作品) 作家名:森本晃次