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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Slow burning powder

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「弾は抜いた。命は無事や」
「ありがとうございます」
 おれが立ち上がろうとすると、古野が止めた。
「待て」
 おれの行動は隙だらけだっただろうか。いつだって二二口径は使える状態にしている。それを知らないから、古野は不用意に立ち上がるなと言いたかったのかもしれない。田邊は呆れたように笑った。
「おふたがた、そない緊張しなさんな」
 入れ歯の隙間を縫うような、空気の漏れた言葉。それでも、田邊医師の眼光は常に鋭い。おれは言った。
「内臓に達してましたか?」
 田邊はぎょろりとした目でおれをじっと見つめた。質問は御法度。おれがルールを思い出していると、田邊はゆっくり首を横に振った。
「そら、わしもよう治さん」
 骨で止まったなら、大した運の持ち主だ。姫浦が入ってきたのは、組織が再編されようとしていた、まさに過渡期だった。六年前、二〇一一年。十九歳で、常に赤いジャージを着ていた彼女は、茶髪で風船ガムを膨らませている、今とは似ても似つかない出で立ちだった。何にも興味がなさそうな顔で、スリッパをぺったんぺったん鳴らしながら歩く彼女に仕事を教えたのは、おれだった。
「……運がいいな」
 おれは独り言を言いながら、ストーブの前に腰を下ろした。
「さんじっぷんぐらいで、起きよるわ」
 最初が聞き取れなかったが、古野が時計に視線を落としてすぐに分かった。三十分後に目を覚ますということだ。田邊はおれ達の前に来ると、包帯の巻かれた箇所をじっと眺めた。
「おまえさん、まだ寝といたほうがええな」
 古野が顔を上げると、田邊は顔をくしゃくしゃに縮めて笑った。
「そっちやない。若い方や」
「自分は大丈夫です」
「いや、大丈夫なわけがあるかい。骨がいがんどる」
 古野の方を向くと、指をぴんと立てた。一瞬何のことか分からなかったが、すぐに思い当たった。おれはショートホープを箱ごと託して、立ち上がった。
「寝れる部屋はここしかないんで、堪忍な」
 田邊は手術室の中に入って、手招きした。おれは中に入って、血の跡が残るベッドの上に腰掛けた。すぐ隣の手術台には、真っ白な顔で意識を失っている姫浦。おれは言った。
「よく、無事だったな」
 姫浦と組むのは、訓練も含めると数え切れない。でも、彼女が独り立ちしてからこうやってプロ同士として組むのは、二回目だ。
「常連や」
 田邊は煎茶を飲みながら、姫浦のほうを見て言った。
「そうなんですか」
「わしが命を救ったんや」
「ですよね。いつもありがとうございます」
 おれが言うと、田邊はからからと笑った。
「そうやない。何年か前に来よったときに、背中にプレートを入れたんや。それで弾が止まった」
「銃創を見せてもらえますか」
「起きてから本人に聞いたれ」
 田邊は煎茶の残りを吸い上げるように飲むと、何度か咳き込んだ。おれが黙っていると、田邊は言った。
「お前さんが怪我すんのは、珍しいことやな」
「そうですね。おれは怪我をしないのが特技なんで。彼女にはそのやり方を教えたんですけどね。常連か……」
 怪我をしないやり方。自分が有利になれる武器、場所、時間。全て有効に使えと教えた。
 最初に姫浦が殺した相手は、小型のナイフを持っていた。相手が振りかぶった刃を、姫浦は腕で受けた。呆気に取られた相手の喉笛を突いて、呼吸が詰まったところへ畳み掛けた。腕からナイフが突き立っていることに気づいたのは、相手が死んでからだった。
「もしそない教えたんなら、話を聞かんやっちゃな」
 田邊は笑った。おれはうなずいたが、笑わなかった。
「彼女の経歴、知ってますか?」
「知らん。言わんでええぞ」
 おれは頭の中で、勝手に続けた。あの時聞いたこと。どうして相手のナイフを避けずに腕で受けたのか。姫浦はこう答えた。
『相手はこれから死ぬのに、わたしが無傷なのは不公平じゃないですか』
 田邊が言った。
「この子はな、無傷なとこの方が少ないぞ」
「そうなんですか」
 おれは十年間、人を殺し続けた。毎回、死体は完全に解体した。銃は常に二二口径。銃撃戦の経験はほとんどない。不利な状況に置かれたことすら、数えるほどだ。今回が最大の危機だと言ってもいい。おれはベッドの上に横たわった。頭を抉るような角度に置かれた枕が、傷口を圧迫した。同時に、仕事の記憶が蘇った。
 その二の途中。材木倉庫の前にレガシィを停めて、おれ達は中にいた。目隠しをされた山尾は、きょろきょろと首を動かしていた。顔の方向が合うたびに、おれ達は手を振り返した。顧客の到着は、三十分から一時間後。姫浦は魔法瓶に詰めたコーヒーを飲んでいた。暑がりの垂水は、石油ストーブの前でTシャツ一枚になっていた。ロゴには『NO FUTURE FOR YOU』の文字。今考えると、皮肉なものだ。エンジン音に気づいたのは、姫浦だった。ディーゼルのエンジン音が行き過ぎて、すぐに戻ってきた。垂水がTシャツの上にジャケットを羽織り、外に出て行って、すぐに大きな音が鳴った。それがランドクルーザーに轢かれた音だったが、その時は何が起きたのか分からなかった。姫浦は真新しい材木が積んである二階へ梯子で上がり、おれは加工台の後ろへ身を伏せた。古野は垂水の様子を見に出て行った。すぐに飛び込むように戻ってくると、指で三の形を作った。三人の追手。古野は裏手に回って、外に出て行った。レガシィのトランクに入った拳銃を取りにいくのかと思ったが、表にいる連中をすり抜けてそれができるとは、到底思えなかった。
 おれは加工台の影になるように身を伏せながら、表へと滑り出した。ブローニングの二二口径を抜いて、倉庫の外壁沿いに身を張り付けて、頭を低く下げた。連中が入口を突破するより前に、そこまでたどり着いて三人を撃つ。向こうから見れば、こっちは真っ暗闇。気づかれる前に二人は倒せるだろう。おれがそう思っていると、中で大きな銃声が鳴った。しばらくして、二発目の銃声。同じ銃の発射音。おそらく散弾銃。三発目。違う音。
 ちょうど銃声が止んだ辺りで、おれは窓から中を覗きこんだ。倒れている姫浦と、頭を吹き飛ばされた山尾の死体。おれはその時、草を掻き分ける音を聞いて、その方向へ二二口径を向けて、二発撃った。二発とも相手の胴体に命中し、おれはすぐ目の前まで歩いていった。知らない顔だった。顔にもう一発を撃って、完全に殺した。そいつは、右手に小さな折りたたみナイフを持っていただけだった。おれはポケットを探ったが、買ったばかりのスーツみたいに、予備の生地とボタンが出てきただけだった。
 そこで、頭を殴られた。人を殺す際の厳密なルール。それは、相手を殺してもその余韻に浸ってはいけないということ。おれ達は狩りをしているわけじゃない。ただの犯罪者だ。そうしている間に誰かがやってくる可能性がある。このときは、どんぴしゃりでその代償を払う羽目になった。
 真っ先に気がついたのはおれで、同じように昏倒していた古野をレガシィに放り込み、姫浦を後部座席へ押し込んだ。意識を失っていたのは、数分。倉庫の中へランドクルーザーを入れて、垂水の死体も倉庫の中へ引きずり込んだ。あまりにもあっけない顛末。おれは宙を仰いだ。もし、手が使い物にならなくなったら、どうする?
作品名:Slow burning powder 作家名:オオサカタロウ