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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Slow burning powder

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 右手に残る、かすかな痺れ。後頭部の左側を殴られた。
 引き金を引く九十パーセントは、右手の人差し指。もし、これから使い物にならなかったら。想像すると、ショートホープの煙ですら途切れ途切れになった。そんな煙は、錆びたストーブの上に置かれたやかんの湯気に混ざって、傘のように頭上へ。
「元気出てきたか」
 同じ傘の下でストーブを囲むもうひとり。大先輩の古野。笑っていると勘違いしたのか、そうであって欲しいと思ったのかは分からない。折れた歯があった場所を舌でなぞりながら、せわしなく瞬きをしている。おれは三十七歳。仲間からは『神崎』と呼ばれている。自分の体の何かが、永遠に使い物にならなくなるかもしれないということは、今までに考えなかった。そう、今までは。古野は五十歳。ずっと昔にこんな経験をして、今までやってきたとしたら、それはすごいことだと思う。
 十年前、古野はおれに仕事のやり方を教えた。その頃のおれは、普通の大学を出て、普通の企業に就職して、何てない人生を送っていた。四年目を迎えて、若干飽きが来ていたのは事実だった。何かがぽっかり欠けた人生。今となっては理由は分からないが、いつも人目を避けるように、人気のないほうの駅の出口から家に帰っていた。
 ときどき、前科のないまっさらな人間が、突拍子もない犯罪を起こすときがある。おれもそのひとりだった。ただ、おれが幸運だったのは、それが結果的に古野を助けることになったということだった。同じ駅の出口、真っ暗な路地。そこに駆け込んできた男とおれの傘がぶつかった。柄がぶつかって、おれの眼鏡は地面に落ちた。相手もつまずいて前のめりに転んだ。今なら、怒ることもないだろう。『どこ見てんだ』ぐらいは言うかもしれない。いや、それだって面倒だ。ただ、そのときのおれは違った。おれはそいつに馬乗りになって殴り殺した。今思えば、眼鏡が落ちたときに、人生が終わったと頭が勝手にスイッチを切り替えてしまったのかもしれない。追いついてきた足音に顔を上げると、銃口が目の前にあって、それを別の手が横向きに払った。おれに銃口を向けた手の主は、数年前に死んだ。払った手が、古野だった。おれが殺した男は、古野が殺すはずの男だった。古野じゃないほうの『手』は、しかめっ面でおれに言った。
『お前が殺してなかったら、両方殺ってた』
 つまり、おれは相当な幸運の持ち主ということになる。以来、古野と同じ『手』になった。
 色のなくなった灰が煙草の先で垂れ下がり始めたころに、返事を忘れていたおれは、言った。
「本調子ではないですね」
「たまに、こういうことがある。生き延びたんだから、前向きに考えろ」
 古野は、アメリカンスピリットの吸殻をストーブの真横に置かれた灰皿へねじ込んだ。ずっと張られて待ち構えている濁った水が、音を立てた。おれ達の仕事は灰皿の水と同じ。火を消すとこまでは、うまくいったのだ。おれも古野も、役割を果たした。今ここにいない、垂水と姫浦も。
 垂水は四十七歳。体型が中身を示すような、いい加減な性格。変わった柄のTシャツにサンダルというのが、お決まりの格好だった。変なロゴの入ったTシャツを着たまま、ランドクルーザーの下敷きになって死んだ。
 姫浦は二十五歳。女性は、この業界では少数派だ。彼女は自分にも他人にも一切容赦がない。化粧が乗っているときはシャープで、モデルのような出で立ち。今は腰に弾を食らって『手術室』にいる。といっても、木造の一軒家の客間に過ぎない。人を病院送りにしてメシを食っている人間は、病院にはかかれない。『医者』は八十歳を超えるじいさんで、名前は田邊。自分の名前で小さな病院を経営していたこともあるらしく、腹痛以外は魔法みたいに治してしまう。決まりごとが大嫌いで、気難しい性格。こっちからの質問に素直な答えが返ってきたことは、いまだかつてない。おれが世話になるのは初めてで、いつもは怪我をした人間を連れてくるだけだった。
「一番最初に……」
 おれが言うと、古野はため息をつくみたいに笑った。
「もう、考えてるのか?」
「ずっと考えてますよ。最初に気づいたのは、姫浦でした」
 おれは思い出していた。車のヘッドライトがひと組。HIDで、切れ長のシルエットが何となく浮かび上がっていた。夜の山道。バックミラー越しの景色。
「あの車は、おれ達が材木倉庫に寄せた後、そのまま追い越していきましたよね」
「そうだったな」
「連絡係」
「そうだろうね」
 おれのショートホープ。赤い灰が水の中へ飛び込む音。灰皿の仕事。おれ達の仕事。相手は、金さえ積まれれば何でも解体するし、焼却炉に放り込む何でも屋。名前は山尾。ヤクザの端くれだが、中々の金持ちだった。
 その一、山尾を誘拐して、材木倉庫まで連れて行く。
 その二、山尾の無事を確保しながら、顧客の到着を待つ。
 その三、顧客に生きたまま引き渡す。
 失敗したのは、二と三の間。おれはショートホープの吸殻を灰皿の中へ投げ込んだ。確実なのは、切れ長のヘッドライトの車に乗っていたのが、顧客ではないということ。なぜなら、山尾も頭を吹き飛ばされていたからだ。それを、おれはこの目で見た。その近くで、背中を撃たれて倒れている姫浦も。ふたりの間には銃身の短い散弾銃。おれ達が持っていたのは、ナイフとバット、そして脅迫用に使う予定だったスミスアンドウェッソンの五八六。おれは減音器のついたブローニングの二二口径を持っているが、それは数に入っていない。だから、あの散弾銃は追手のものだ。
「姫浦が起きたら、散弾銃のことを聞かないとな」
 古野が言った。
「男の頭は完全に吹っ飛んでました」
 おれが言うと、古野はうなずいた。アメリカンスピリットが弾切れになり、その箱を丸めたところでおれはショートホープを差し出した。古野は一本を抜いて、白髪混じりの顎ひげを撫でた。
「散弾銃でやられたんだろう。聞いた話だと、顧客も荒っぽい連中だからな」
 矛盾。おれは首を横に振った。
「顧客の要求は、生きて引き渡すことでした。それを殺しますか?」
「状況が変わったのかもな。殺した方がいいって、考えを変えたんじゃないか。よくあることだろ」
 古野は、自身の生き死ににも興味がないような乾いた笑いを漏らした。
「それなら、おれ達に引き金を引けと言えばいいだけです」
「金が惜しくなったのかもしれない。おれ達もついでに消せるって思ったんじゃないか」
 古野はそう言って、笑った。おれも笑った。連中は、全員を殺すつもりで来たかも知れない。でも、殺せたのは垂水だけだ。この仕事をやって十年になるが、会うのは三回目だった。毎回『こいつは早死にしそうだな』と思っていたら、三度目の正直で死んだ。古野は携帯電話の着信を気にしていた。雇い主の稲場は電話に出なかった。留守電になっていて、今は折り返し待ちだ。今回は年長の古野がリーダーということになるから、ありとあらゆる罵詈雑言が電話越しに飛んでくるのは間違いなかった。
「まあ、あんまり考え込むな」
 古野が悪い考えを振り切るように言ったとき、奥の『手術室』の扉ががらりと開いた。その辺の柱から削り出したみたいなぼろぼろの杖をついた田邊が顔を出して、おれに言った。
作品名:Slow burning powder 作家名:オオサカタロウ