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湯川ヤスヒロ
湯川ヤスヒロ
novelistID. 62114
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振替休日

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「イイじゃんか今日は。それに明日は休みなんだから。代わりに明日、休肝日にするから。ね?」

 振替休日の明日を、今日の代わりに休肝日にするとオレは懇願した。すると彼女はそれを聞いてますます顔をしかめた。

「なに言ってるの! それじゃ意味ないじゃない!」
「……え?」
「明日は……アタシの誕生日でしょ? わざわざ休み取ってくれて……それで、オイシイお店連れてってくれて、お酒飲むんじゃなかったの?」
「あ!」

 その時、オレは明日を休日にした理由を思い出した。明日は彼女の誕生日。彼女の誕生日を祝うために休日を取ったのだった。
 そんなことも忘れてたなんて………いやはや情けない。

「ひょっとして………忘れてた?」
「えっ! バ……バカだなぁ! 忘れるなんて、そんなワケないだろう!」
「ホントにぃ~?」

 慌てながら言いワケするオレ。そんなオレにため息まじりに彼女は笑みを返した。
 最近、仕事も忙しくなってきたからなぁ………明日は彼女のために、思いっきり贅沢でもするか。


 彼女の誕生日。オレは前々から彼女が行きたがっていたステーキハウスへと連れてった。ボリューム満点のステーキを前に、彼女は梅酒の水割り、オレはビールで乾杯した。肉料理と言えば赤ワインが一般的なんだろうけど、やっぱり自分が口に合う酒と食べたほうが一番だと思う。
 ウマい料理に舌鼓をうち、ウマい酒に酔いしれてすっかりイイ気分になった。また明日からガンバれる。
 次の日からまた同じような毎日が過ぎてゆき、そして今度は、オレの誕生日が訪れようとしていた。

 今年のオレの誕生日は木曜日。偶然にも休日だ。
 彼女に予定を聞かれたが、もちろん休日なので予定は無し。当日は隣町にあるショッピングモールに出かけることにした。
 祝日は家族連れやカップルでにぎわっているんだろうが、平日の昼間なのでほとんど混んでない。こういうとこは平日が休みの人間にとっては特権なんだろうと思う。
 人通りの少ない1階の食料店街を進んでいく彼女について行きながら、オレは彼女に尋ねた。

「いったいドコに行くんだ?」
「買い物よ。アナタの誕生日プレゼント」
「おぉ!」

 どうやらオレへのプレゼントを選びに行ってくれるらしい。いくつになってもプレゼントをもらえると思ったらウレシイもんだ。

「なにくれるんだろう? バランタインかな? それとも、山崎? 余市?」

 と、好きなウイスキーの銘柄をつぶやいていると、彼女がオレのほっぺを指で突っつきながら言ってきた。

「言っときますけど。お酒じゃありませんからね」
「わかってるよ~」

 まぁ、今までオレに酒なんてプレゼントしてくれたことなかったからわかってたけど。
 彼女のあとについて2階の店舗エリアへ行くと、着いたのは靴屋だった。

「靴?」
「そう! アナタの仕事用の靴、もうボロボロでしょ?」

 彼女は並べてあったピカピカの革靴を手に取りながら言った。
 毎日店内や倉庫を歩き回るせいか、オレみたな仕事の人間の靴はすぐダメになってしまう。前に靴を買ったのはいつだっただろうか……?
 しかし、今使ってる靴は、彼女の言うようにボロボロではなく、少し汚れて靴底も少しスリ減ってる程度だ。それにまたすぐにダメになってしまうんだから、ココに売ってるような高いイイ靴なんか必要無い。

「あの靴はまだ使えるよ。それにこういう靴じゃなくて、安物でじゅうぶんだよ…」

 と、オレが言おうとした瞬間、彼女は思いもよらぬことを口にした。


「来月、アナタの店に来る新しい店長さん。同期の原田さんなんでしょ?」
「え?」

 彼女が言ったことに一瞬オレは戸惑った。
 そうだ。来月ウチに新しい店長がやって来る。それはオレと同期入社の原田だった。
 その話を聞いた時は、はじめは少しモヤモヤとした気持ちはあったが、オレと原田はそもそも入社した時から違う。オレは高卒だし、アイツは大卒だし歳だって上。ずっと店舗従業員だったオレと違ってアイツは本社勤務も経験してるし……

 ……でも待てよ? アイツが新しい店長に来るなんて話、彼女にしたっけ?
 オレはそう彼女に問うと、彼女はため息まじり苦笑いを浮かべながらオレに言った。

「このあいだ飲み会があって、アナタがベロベロに酔っぱらって帰ってきた時あったでしょ? その時にアナタがクダ巻きながら言ってたわよ」
「え……マジで?」
「やっぱり覚えてない……あの時、寝るまでグチこぼしてて大変だったんだから」

 いやはやはずかしい……酔っぱらってついついそんなことを言っていたとは……
 酒で酔っぱらうと、普段は口にしないようなことや内に秘めてることまで口にしてしまうとは……
 少し恥ずかしながら頭をボリボリとかいていると、彼女が笑みをうかべながらオレに言ってきた。

「でも、現場での仕事はアナタのほうが長いんでしょ? だったら新しい店長さんにいろいろと教えてあげなきゃ。これからもっと忙しくなるかもしれないんだから、ピカピカでしっかりとした靴にしなきゃ」
「ああ………ありがとう」

 オレの胸につっかえていた何かが、彼女の言葉でスッと抜け落ちたような気がした。
 うれしそうにオレの靴を選ぶ彼女を見て、オレもなんだか笑みがこぼれた。

 その後、ひさびさに2人でショッピングデートを楽しんだあと、レストランフロアで夕食をすることになった。
 夕食はオレの希望で寿司を食べることに。入った店は回転寿司屋だが、普段行くような全皿100円の回転寿司じゃなく、ちょっと高めの回転寿司だ。

 席に案内され、テーブルに備え付けてあるタッチパネルで茶碗蒸しと寿司を少しだけ注文すると、彼女はキョトンとした顔でオレに尋ねてきた。

「あれ? ビールは? 今日は飲まないの?」
「なに言ってんだよ。今日は木曜。休肝日だろ?」

 当たり前のようにオレは彼女にそう答えた。今日は木曜だから休肝日。彼女がオレのために設けてくれた日だ。だから飲まない。
 オレがそう言うと、彼女はクスクスと笑いながら言ってきた。

「な~に言ってんのよ。今日はアナタの誕生日でしょ? 今日はお酒飲んでイイわよ」
「え? ホント?」
「もちろん。ちゃんと今まで守ってきてくれたから、今日こうして健康なカラダで誕生日迎えられたんでしょ。だからそのお祝い」
「おお! ありがとう!」

 そう言いながら彼女はタッチパネルを操作して、瓶ビールと自分の梅酒を注文した。運ばれてきたビールをオレのグラスに注ぎ、2人でお祝いのカンパイをする。
 酒は好きだしビールもよく飲む。でも、今日ほどウマいとおもった1杯はないだろう。
 しかし、さっそく気分よく飲んだオレに対し、彼女は念を押すような形で言ってきた。

「あ、わかってると思うけど、明日はお酒飲んじゃダメだからね!」
「え? なんで!?」
「今日飲んだんだから、明日が休肝日。肝臓の振替休日よ」
「そんなぁ~……」
「当然でしょ。これからも健康でいてくれなきゃ困るんだから」
「わかってるよ」

 そう言いながら2人で笑いあった。また明日から、自分のカラダに気をつけながらガンバれると思った。
作品名:振替休日 作家名:湯川ヤスヒロ