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表裏の真実

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「福岡県K郡S町には、事故多発地帯があって、住民は怯えています。警察も自治体も何もしてくれません。取材していただいて、このことを雑誌に載せていただければ、少しは自治体や、警察が動いてくれるかも知れません。どうかお願いです。この街に来て、取材していただけないでしょうか?」
 と書かれていた。
 差出人の名前は、荻野由梨と書かれていた。
――知らない名前だな――
 と思ったが、福岡県K郡S町というところ、以前にも行ったことがあった街なので、まったく知らないところではなかった。
――あの時、行ったんだよな――
 あの時というのは、二年前のことだった。
 あれは、まだ岡本がルポライターとして、スクープを貪欲に追いかけていた時のことだった。
 まわりの仲間からは、
「そんなに意地を張らずに、どこかの出版社に入社してしまえば、生活だって安定するじゃないか。そんなに肩肘張る必要なんかないんじゃないか?」
 と言われた。
 しかし、岡本からすれば、
「俺はギリギリまで粘ってみたいんだ。妥協するのはそれからでも十分で、まだまだ気持ちに余裕のある間は、自分の思ったままに粘ってみたい」
 と嘯いたものだ。
 しかし、その思いは間違っていなかったはずなのに、粘っているうちに、自分の意地はどこかに置き去りにされてしまったかのようになっていた。それまで一人で気張ってきた気持ちは、いつの間にか惰性に変わっていて、
――ひょっとしたら、俺は引き際を間違えたのかも知れない――
 と感じてしまい、
――本当の引き際は、もう過ぎてしまったのではないか?
 と感じたことで、自分に対しても疑心暗鬼が生まれてきたのだった。
 そう思うと、目の前に見えていたことすら五里霧中になり、誰に対しても、信用できなくなった。
――一人が気が楽だ――
 と思っていたはずなのに、
――一人じゃないと安心できない――
 という気持ちが芽生えるようになっていたのだ。
 そんなところに届いた由梨の手紙、どうして彼女が岡本を知っていたのか分からなかったが、とりあえず、興味があったので、行ってみることにした。新幹線に飛び乗って博多に着いた時には夕方になっていて、そこに由梨が待っていてくれているはずだった。
 博多に到着すると、思ったよりも賑やかな街なのでビックリした。前に来てから少ししか経っていないのに、どこかが違っている気がした。そういう意味で、駅前の賑やかさなどは、想像していたのと少し違った。もっとも、あの時は福岡の滞在は短いもので、K郡S町に立ち寄ったのも、市内近郊のまだ田舎の雰囲気を残した街という意味での取材だった。何か目的があったわけでもない。あの時は宿泊もせずに、取材が終わると、そのまま熊本に旅立ったものだ。
 福岡については、少しは知識があるつもりだった。
 旅行雑誌や福岡の特集などは読んだので、知識としては頭に入っていた。前に来た時はバタバタで、目的の取材が終わると、東京にとんぼ返りしたのだ。あの時は誰かに招かれたわけでもなく、一人での気ままな取材だった。
 岡本の取材は、誰かに招かれたり、人と同行することはなく、自分で勝手に計画し、勝手に取材を申し込む飛び込みのようなことも多い。人に招かれるなど、稀なことだった。
 新幹線が博多駅に雪崩れ込んでいく。駅のホームには、手紙をくれた由梨が待っているはずだ。彼女に対してもどんな女性なのか興味があった。面識もない相手で、わざわざ福岡から送ってくれた投書である。何か差し迫ったところがあるのかも知れない。
――それとも、地元ではまずい何かがあるのかな?
 と感じたことで、一瞬、危険な匂いも感じたが、興味の方が深かった。
 相手が女性だというのも気になるところだ。しかも、一度来たことがあって、その時は何も感じることもなく、すぐにその土地を離れたところから、今度は向こうから誘いがあるというのも、運命のようなものを感じた。
――どんな女性なんだろう?
 以前に来た街の雰囲気を思い出していたが、あまりにも短い滞在だったので、ハッキリとは覚えていない。写真もそんなに撮ったわけでもなく、丘の上から見える福岡市内の光景くらいがイメージとして残っていた。
――そうだ、福岡って、都心部に近いところに空港があるんだー―
 と、感じさせた。
 丘の上から見ていて、飛行機の離着陸のイメージが強かったのは覚えている。
 K郡S町というところは、市内と隣接していた。電車で行くには単線らしく、離合を必要とするので、どちらかが遅延すると、すべてが遅れてしまうという不便なところでもあった。
 前に来た時、タクシーに乗ったのだが、運転手の話では、
「ここの路線も、二十年くらい前まではディーゼルだったんですけどね」
 と言っていた。
「電化もされていなかったんですか?」
「ええ、人口はそれなりにいたんですから、さっさと電化すればよかったと私は思っていますよ」
「そうですよね」
「でも、地元の人は意外と気にしていない人が多かったんじゃないですか? 福岡市内と張り合ってもしょうがないという意識があったようですからね」
「そうなんですね。他の大都市にも同じような都心へのベッドタウンがありますが、似たところもあれば、違った意識もあるようですね。今回は、時間がないので、取材まではできませんが、今度来た時は、取材してみたいものですね」
 と話したのを思い出していた。
 その機会が、今回訪れた。ひょっとすると、前に来た時に、荻野由梨という女性とどこかで会っていて、名刺くらいは渡していたのかも知れない。
 今までにも駆け抜けのような短い取材を行った土地では、自分のあしあとを残そうとする意識から、名刺を渡すことは結構あった。それは形式的な意識が強く、名刺を渡した相手はおろか、渡したこと自体、忘れてしまっていることも多いくらいだった。
 それならそれでよかったのだが、それまでなかなか思うような取材ができていなかった岡本に、
――これは風が吹いてきたと思ってもいいのかな?
 と久しぶりにやる気にさせるものであったのは、間違いのないことだった。
 新幹線を降りて、ホームできょろきょろしていると、目の前に飛び跳ねるように踊り出てきた一人の女性に、一瞬ビックリした。
 岡本は身長が百八十センチはある長身なのだが、目の前に現れた女の子は、岡本と正反対に背が低かった。まるで中学生と間違えてしまいそうな雰囲気は、背の低さを最初に感じたことからイメージされたものだったのかも知れない。
 しかし、飛び跳ねるように現れたその雰囲気と、あどけなさの残る表情に、最初はまさか彼女が投書をくれた本人だとは想像もできなかった。鳩が豆鉄砲を食らったような顔で佇んでいると、
「岡本さんですよね? 私、お手紙を差し上げた荻野由梨と申します」
 そう言って、最初の雰囲気が消え去る前に、丁寧に会釈をして挨拶をしてくれたのだから、岡本としても、戸惑ってしまっても当然だった。
「はい、岡本です。お手紙ありがとうございました。早速飛んできました」
 と言って、岡本も挨拶をした。
「まあ、嬉しい。私のために来てくださったんですね?」
作品名:表裏の真実 作家名:森本晃次