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われら男だ、飛び出せ! おっさん (第ニ部)

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3.師匠の提案



 『勝って兜の緒を締めよ』と言うが、そもそも三人の兜の緒は緩むことはなかった。

 三人の屋台は大繁盛した。
 何しろリピーターが多い。
 日本人のDNAに深く刻み込まれた、よく出汁の効いたあっさりしょうゆ味、細いながらもぷりぷりと腰のある麺、彩りも美しく、ラーメンにしっくりと合う具。
 何度食べても飽きないものの代表、横浜駅近辺で『腹減ったな』と感じた時に、真っ先に頭に浮かぶのが『中華そばや』の屋台なのだ。
 女性に人気が高いのも強みだ。
 屋台のラーメンと言うとオッサンのイメージが強いが、何人もの女性客が暖簾の内側にいるのを見れば女性一人でも入りやすくなる、しかもあっさり醤油の優しい絶妙な味。
 若い女性に人気が出れば男性客も増える、カップルでやって来た男性客が次は会社帰りに、そして常連に、などというケースも珍しくない。
 あっさり醤油なので中高年にも人気が高い、夫婦で何度も来てくれる常連もいる。

 夏場はラーメン屋にとって厳しい季節、しかも冷房を効かせられる店舗と違って屋台に冷房はない、扇風機がせいぜいだ。
 しかし、初めての夏も『中華そばや』は健闘した。
 スープまで冷たくした『冷やしつけ麺』が当たったのだ。
 もちろん、冷やしにするために麺は少し太めに、スープは濃い目に、そして別皿で提供する具にもきゅうりなどの夏野菜を取り入れて、食感の上でも清涼感が出るように工夫した成果だった。

 屋台の休日も三人はダラダラと休まない。
 誰かの家へ集まって、より良いラーメンの追求に余念がない。

 開店して丁度一年が経った頃のことだった。

「邪魔するよ」
「いらっしゃ……師匠!」
「だから師匠はやめてっての、佐藤で良いよ、佐藤で、まあ『さん』くらいはつけてもらいたいけど」
「いや、やっぱり師匠ですから」
「一杯貰おうかな」
「視察ですか?」
「そうだよ、暖簾を分けたんだからな、味が落ちてないか時々はチェックしないとな」
「そりゃ大変だ、腕によりをかけて……」
「ラーメンはバランスの上に成り立ってることくらい百も知ってるよ、いつもどおりのが一番美味いはずだし、味がばらけるようじゃいかんからな……」
「へい、お待ち」
「うん……香りは変わらないな……スープの味は……少し鶏が強めになったか?」
「はい、季節で少しづつ変えているんですが、今は寒い時期なのでちょっと脂も強めにしてます」
「うん、特に屋台は気温の影響を受けやすいからな……麺もほんの少し太くなったか?」
「はい、脂を強めにした今の季節はスープに合わせて」
「すり身団子は健在だな、おや? これも?」
「冬は脂の乗ったアカカマスを練りこんでます」
「少しづつ変っているけどバランスは崩れてない……恐れ入ったよ、何の心配もないようだ」
「師匠、合格ですか?」
「まぁ、これを見てくれ」
 佐藤は質問に答える代わりに、ポケットから畳んだチラシを取り出して広げる。
「ラーメンスタジアム横浜?」
「ああ、この三年以内に開店したラーメン屋を集めてコンテストをやろうってハナシだ」
「コンテスト?」
「ああ、市庁舎前の特設会場に十店舗ほど集めてのラーメンフェスティバルだな、人気投票で一位になるとラーメン甲子園へ参加できるんだ」
「ラーメン甲子園?」
「開店三年以内のラーメン屋の全国大会だよ、まあ、何にでも甲子園ってつけるのはどうかと思うが」
「その予選がラーメンスタジアムなんですね……」
「ああ、出場資格はちったぁ名前を知られたラーメン屋の店主の推薦だ、俺んとこにも推薦依頼が来てるんだが、もし良ければ推薦するが、どうだい?」
「どうする?」
「どうする、って、お前」
「目標は日本一の屋台じゃなかったか?」
「出ない手はないよな」
「当たり前だろ? こんなチャンス二度とないぜ」
 三人は師匠に向かい合って整列した。
「師匠、やらせて下さい!」
「推薦、お願いします!」
「よしきた! そう言うと思ったよ、明日にでも推薦しておくから……」

 高校時代、それぞれの部活で全国大会を目指した三人だが、それはあまりに遠い目標だった。
 しかし、今度は手を伸ばせば、頑張れば手の届く所にそれはあるのだ。
 三人のやる気に火が着いたのは言うまでもない。


ファイト! ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) イッパ~ツ!


『ラーメンスタジアム横浜』は三月、三人は佳範の家に集まって作戦会議だ。

「ハーフラーメンか」
 ラーメンスタジアムではなるべく多くの店のラーメンを味わえるように、ハーフサイズの発泡スチロール容器の使用がルールになっている。
「麺とスープは問題ないが、問題は具だよな」
「ああ、チャーシューは一枚、メンマも半量にすればいいけど、団子がな」
「大きすぎてバランスを崩すよな、でも直径を半分にすると量は八分の一になっちまうからなぁ」
「それに付いちゃ、アイデアがあるんだ、これを見てくれよ」
 秀俊がタッパーから取り出したのは……。
「なるほど! これは春らしい」
 それは桜の花びら型に型抜きした魚のすり身だった。
「ほんのりピンク色で、花が咲いたみたいだな」
「サイズは少し大きめになっちゃうんだが……」
「それは良いだろう、量は半分か?」
「それはきっちり」
「むしろ小さい団子より見た目のインパクトは大きいな」
「味のバランスも崩れないしな」
「よし、これで行こう!」
「後はスタッフか……」

 レギュレーションには『調理担当三名以内、ホール担当三名以内』となっている、野外ではあるが、ホール担当とは平たく言えばウエイター、ウエイトレスのことだ。
「調理担当三名は決まってるが」

「皆さん、お茶をどうぞ」
 佳範の妻、和歌子だ。
 和歌子はお茶を並べると、居住まいを正した。
「ウエイトレス、私じゃいけませんか?」
「え?……ああ、いけないはずないじゃないですか、なぁ、秀俊」
「ああ、和風美人の誉れ高い和歌子さんだ、俺たちのラーメンのイメージにもしっくり来るし」
「良かった、お手伝いさせて下さい」
「ありがとう……後二人か」
「麻里ちゃんと梨絵ちゃんも何かお手伝いしたいって張り切ってましたよ」
「麻里が?」
「梨絵が?」
 チャキチャキお祭り系、アラサー美人の麻里。
 大卒二年目、二十代半ばで、和風美人の誉れ高かった陽子の血を引く梨絵。
 広い年代をカバーできる最強トリオだ。

「あ、それからみどりが……」
「え? みどりは日曜こそ書入れ時だろう?」
「ええ、自分は何も手伝えなくて悪いからって、これを」
「おお!」
 和歌子が紙袋から取り出したのは、胸に『中華そばや』の文字、腹の部分に屋台のシルエットを染め抜いた、揃いの赤い前掛けだった。