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真・平和立国

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 深く頷き返した大竹がマイクに吹き込んだ。
「Peace Maker roger.We are standing by.Good luck.(ピースメーカー了解。待機する。幸運を祈る。)」
「Thanks.(ありがとう)」
 礼を言いながら首の許す限りめい一杯左右に振ってミサイルを探す大竹が右一杯に向けた顔の視界の隅に丸い物体を認めた。
「タリホー(発見)、5オクロック!ハーフマイル。まん丸です。」
 レシーバーで耳が塞(ふさ)がれているとはいえ、叫ぶ大竹の声が武元の右の耳に痛いほど響く。丸く見えると言うことは、ミサイルの頭が真っ直ぐこちらに向いている、ということを意味する。

 武元達クルーは、前にアメリカのパイロットから聞いたことがある。
−ミサイルに追われている時に、ヤツが丸く見えたときは神に祈るのは後にして脱出しろ。−
 ま、輸送機じゃ無理だな。と気の毒そうにビールを呷(あお)った。
 そう、俺たちには神に祈る時間しかない。
 だが神に救いを求めるヤツほどお涙頂戴な死を迎えるのが戦争映画の世界だ。

 現実は違う。諦めたヤツが死ぬだけだ。俺は諦めない。こんなところで部下を死なせてたまるか。来週、必ずこいつらを家族に返すんだ。生きたままで。。。

 自衛隊初の戦死者?しかも防衛と関係のないこんなアフリカの地でか?冗談じゃない!
 俺だって憲法9条を誇りにしてきたんだ。
 俺たちの戦死は、日本の国土と日本人を守るためにこそある。こんな死に方はただの犠牲でしかない。
「冗談じゃねーぞっ。」
 心の叫びが武元の口をつき吹き出す。体中の血が一気に沸騰したように熱くなる。
「ライトスライド。フレアースタンバイ」
 武元は低い声をコックピットに染み渡るように響かせると左旋回しながら急激に高度を下げてきた愛機を水平に戻しながら方向舵ペダルを右に踏み込む。
 尻だけ左に流れていく様な感覚に違和感を覚える間もなく、水平を越えて急激に右に傾きを変えてゆく機体の動きに右下に引っ張り込まれながらも、大竹はスロットル横に増設されたミサイル警報装置のスイッチボックスから手を離さないように体全体で踏ん張る。ミサイルを捉え続けるために体を捩(よじ)っているので体の節々が悲鳴を上げる。大竹の視界の中で真円だっやミサイルが形を変えて右側が見え始めると急激に視界の右端に消えていく。横滑りで弾みを付けたC−130Hの右急旋回に左から右へミサイルが向きを変えきれない間にC−130Hがミサイルの前を横切っていく。
「リリース レディーぃ。ナウっッ」
 武元の声に、待ってましたとばかりに大竹の指がスイッチを押す。体全体に張っていた力がスイッチに集中し、指先が痛むのを感じると同時にフレアの発射音が連続する。
 向きを変えようと舵をいっぱいに切るミサイルの目の前を横切りながらフレアーの弾幕を張る。
 フレアーの連続発射音に混じってひときわ大きな爆発音が響き、警報音が消えた。
「やったか?」
 右旋回を続ける慣性に体が馴染み始めた大竹の視界の中で、思い出したように山脈の風景が左に流れて消えていくと、眩しい青空を背景に落ちていく無数の小さな炎の列の中央に大きな炎の固まりが破片を黒いゴマ粒のように撒き散らして崩れていくのが見えた。
「やりましたっ。」
「よしっ。ご苦労さん。」
 貨物室からも歓声が上がる。テンションの高さは当然あっちが上だ。
「さすがですね。」
「戦闘機みたいに飛ばしますね。」
 振り返った武元に機上整備員の芝波と航法士の太田の笑顔を向ける。
「さすがはイーグルキラーですね。」
 そう言って右側の副操縦士席から武元に笑顔を向けている大竹は、顔じゅうから吹き出した汗を拭いながら思った。
 違うんだ。
 戦闘機みたいに飛ばしているのではなく、C−130Hの飛行特性を知りつくした上で飛ばしているから戦闘機のような飛び方ができているのだ。
 戦闘機のように操縦にすぐに反応するような飛行機に長年乗っていたパイロットは、激しく操縦桿を動かす。しかし、実際には大きな翼に太い胴体、重い機体質量と安定性を重視した高い復元性により、反応はかなり遅く、慣性の力による惰性がしつこく付きまとう。だから操縦桿をいくら激しく動かしても機体は付いてこない、最悪の場合いたずらに舵を振りまわすだけで空気の流れに無駄を生み余計に反応が遅くなる原因ともなる。武元の操縦を見てきた大竹は、武元の戦闘機とは無縁の惰性を利用した操縦に惚れ惚れしていた。
 もともとは武元は戦闘機パイロットだった。年齢と共に目に自信が無くなってきた武元は、数年前、輸送機に転向してきた。戦闘機パイロットは単に目が良いだけでは駄目だ。空中戦など激しい機動飛行を行っている最中で高いGを受けている状態でも高い動体視力を求められる。でなければ落とされるまでだ。今でこそ輸送機を飛ばしているが、戦闘機パイロットとしても凄腕だった。イーグルキラーは、武元が青森県三沢基地で三菱製のF−1支援戦闘機部隊の飛行班を率いていた時に、航空団司令が武元の班に付けたニックネームだった。世界的には攻撃機、戦闘爆撃機といった分野に属するF−1は、軍事アレルギーに陥っている日本らしく「支援」という言葉でお茶を濁された。世界でも日本にしかその呼び名の無い支援戦闘機F−1は、対地・対艦攻撃を主任務にし、任務の一環として防空も行う戦闘機として、青森の三沢基地に2個飛行隊、福岡県の築城基地に1個飛行隊が配備されていた。今でこそアメリカのF−16戦闘機をベースにした最新鋭のF−2戦闘機に置き換えられているが、F−1は、運動性能こそ良かったもののその任務の性質上重い爆弾や対艦ミサイルを抱えて飛行することが多いのにエンジンが非力だという弱点があった。このため、世界最強と言われたF−15などを相手にした模擬空戦では、爆弾や対艦ミサイルといった足枷(あしかせ)とパワー不足により劣勢を強いられた。だが、しばしば武元の班は、敵役のF−15を撃墜することがあった。F−15のニックネームが「イーグル」であることから、いつからか基地では敬意と期待を込めて武元の飛行班を「イーグルキラー」と呼ぶようになっていた。
「昔の話だよ。ま、F−1は非力だったがいい戦闘機だったよ。そういやあの頃の部下は殆んどF−2に移ったが、1人だけ那覇でそのイーグルに乗ってるよ。皮肉なもんだ。」
 同じく汗を拭った武元に笑顔が戻ると、コックピット内に笑い声が溢れた。
「ん、500フィート(約150m)まで降りちまったか。また昇んなきゃな。。。
ん〜、山が近いから真っ直ぐ上昇はできんな、サークリング(旋回上昇)でいこう。こんなところを撃たれたら危険だが仕方なかろう。警戒を厳となせ。」
「了解」
 異口同音に元気な返事に、部下の自信が伺える。
 同じ地点を基準に螺旋階段を上るように旋回しながら上昇するサークリングは、危険この上ないが、部下は自信に満ちている。大丈夫だ行ける。
 今ので箔がついたのかな。。。
 武元は満足気に頷くと、スロットルレバーを全開にした機体を緩やかな左旋回に入れ、ゆっくりと機首を上げ始めた。

作品名:真・平和立国 作家名:篠塚飛樹