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真・平和立国

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1.灼熱の空


 永遠に続くのではないかという錯覚を与えてきた金色の砂の海は、空から見る者に美しさと共に、あらゆる生物が生きることを許さない厳しさ、それが広がることへの不安を与える。
 遠くに雪を頂く巨大な山脈が見えてきた時、パイロットは砂漠が永遠に続かないことへの安堵を本能的に感じ、そして、その山を越える準備に入る。
 嘗(かつ)ては砂漠の民の眼前に立ちはだかり、彼れが新たな生を求めて砂漠から逃れる事を嘲笑ってきたであろうその山脈をこのC-130H輸送機のコックピットに座ったまま越えられる優越感と技術の進歩に感謝しながら機長の武元高浩1等空尉は標高7,000mを超える山の雲ひとつない様子から、山岳派と呼ばれる気流の乱れと晴天乱流を避けるため高度30,000フィート(約9,000m)まで上昇することにした。
「山の気流が乱れているかもしれん、フライトプランの高度を変更する。30,000で行こう。チェックリスト」
 低く太い武元の声は、どんな場所を飛行していてもクルーに安心感を与える。
「了解。」
 武元の右隣の席に座る副操縦士の大竹孝雄2等空尉と、大竹の後に座る機上整備員の芝波陽一3等空尉が返事を返す。寸分たがわず揃った声は、それだけで規律と士気の高さを見せつける。
 後ろのアメちゃんとは大違いだな。
 2人の部下の態度に満足気に頷いた武元は、操縦室内後方を一瞥する。貨物室と仕切る扉が目に入るだけだったがその脳裏には砂漠迷彩の戦闘服をだらしなく着込み、同じく砂漠迷彩の布を被せたヘルメットの顎紐を締めずに垂らしたアメリカ兵達の姿が浮かぶ。
 それが、彼ら〜世界最強の軍人〜の流儀なのだろう。と納得するまでに2週間ほど掛ったのを思い出した。戦いに勝つのは、愛国心でも規律でも士気でもなく、豊かさだということは太平洋戦争で実証済みだ。それでも部下に彼らの雰囲気が伝わることを心配していたが、それが杞憂だったことは、この基地に来てから間もなく1年が経つ今の雰囲気が雄弁している。
 そう、来週には他の部隊と交代して国に帰れる。
 その現実に浮足立つことなく真摯に任務に打ち込む部下に頼もしさを感じながら、武元は、副操縦士の大竹が読み上げるチェック項目を確認していった。続いて、芝波が読み上げるエンジンや油圧関係の数値に耳を傾けた。
「コースそのまま、Heading355(方位355度;ほぼ北向き)」
 武元の後ろに座る航法士、太田正孝3等空尉が方位のチェックを促す。
「了解。チェックドHeading355セット。」
 無線標識のマーカーが355度にセットしてあるのを確認した武元が答えたのを合図に大竹が口元にヘルメットから伸びたヘッドセットのマイクを口元に寄せる。4発ターボプロップエンジンT56-A-15の低い唸りは、コックピットにも逞しく響いている。
「Peace Maker.This is Peace Loader1.Request flight level 300.Heading 355.(ピースメーカー、こちらピースローダー。高度30,000フィート(約9,000m)方位355度での飛行を許可されたし。)」
「Peace Loader1.Peace Maker roger.Climb and maintain flighat level 300.Heading 355.(ピースローダー、こちらピースメーカー了解。上昇して高度30,000フィート(約9,000m)、方位355度を維持せよ。)」
 やたらと母音を引っ張るような英語がレシーバーから流れる。そういえば、今まで気になってなかったが、明らかに他のアメリカ人と違う。これがテキサス訛りとでもいうのだろうか、着陸したら後ろのアメリカ兵に聞いてみよう。いや、今日はずいぶんアメリカ人が気になるな。帰国が近くなって浮足立ってるのは俺の方か?今日はどうかしてる。
「Peace Maker.Peace Loader1 roger.Thank you.(ピースメーカー、こちらピースローダー。了解。感謝する。)」
 苦笑した武元は、大竹が返事したのを確認してからスロットルレバーを大きく前に動かして、プロペラピッチレバーで、プロペラの羽根の角度を浅くして、回転を上げた。灼熱の砂漠に炙(あぶ)られた空気は、膨張して密度が低い。掴み所が少ない。というのが正しい表現かもしれない。混合気の爆発力が弱いためタービンエンジンの効率は悪く、一生懸命回っているプロペラが掻く空気もゆるく、パワーを出し切れない。まるで水のない空気のプールでクロールをしているようなものだ。
 それでもエンジンは唸りを上げてプロペラの回転が速くなる。ゲリラの対空ミサイル攻撃を警戒して低空を這うように、かつ、出せる限りの速度を振り絞って飛んでいたC-130H「Peace Loader1」は、上昇を始めた。ゲリラの持つと言われている携帯用の地帯空ミサイルは、肩に担ぐバズーカ砲のような代物なので、超低空を高速で飛行していれば、角度の変化大きく照準を合わせにくい。
 空に溶け込むような水色を全身に纏った航空自衛隊C-130H輸送機「Peace Loader1」は、無防備な腹を地上に曝(さら)して熱い大気に喘ぐようにゆっくりと上昇を始めた。
 武元達の操る航空自衛隊の主力輸送機C-130Hハーキュリーズは、1954年の初飛行以来いまだに生産が続けられているアメリカ製の傑作輸送機である。60年以上前の設計であるため技術の進歩に合わせて進化を遂げてきたが、大きな変更が加えられていない事が基本設計の優秀さを体現している。ちなみにハーキュリーズとは、ギリシャ神話の英雄ヘラクレスを英語読みにしたものである。
 航空自衛隊が保有する16機のハーキュリーズのうち、武元達の愛機Peace Loader1を含めた2機が中央アフリカのカンザバル共和国に派遣されている。
 カンザバル共和国は、国土の大部分を砂漠が占める国で、遊牧民族を祖に持つ多くの部族が国内で勢力の均衡を保ってきたが、近年、有力部族で構成された族長連合内の権力争いの激化と政府による部族制度改革との摩擦により、内乱が頻発するようになっていた。さらに2年前から続く凶作により政府が機能しなくなったところへ、西の隣国タンヤ連邦から原理主義者を標榜する過激派武装集団が浸透。武装集団は族長連合の複数の部族と共同してカンザバル共和国の中央を横切る形で勢力を広げたため、カンザバルは南北に分断されてしまった。タンヤ連邦で残虐行為を繰り返していた武装集団に対して3年前から武力行使で軍事介入していたアメリカとヨーロッパ諸国は、国連決議が終わらないまま済し崩し的にカンザバル共和国南部に進駐した。北部への進出は、カンザバルの北に位置する反米の国、ラビア共和国がアメリカのあらゆる介入を拒否しているため不可能であり、南部から中央の武装集団支配地域上空を横切って北部への支援を行っている状況だった。アメリカを初めとする先進国の過激派潰しに各国の原理主義者や過激派が反発してテロを活性化していた。アメリカと原理主義者を標榜する民族とのいわゆる「復讐のスパイラル」のが更に深刻になったのである。
作品名:真・平和立国 作家名:篠塚飛樹