小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

step by step

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
『step by step』


 「3月、試合があるんだけど」
 その話を彼女にしたのは自分の部屋、1科目だけ共通で履修している自由選択の講義の、月末提出のレポートを書いていた時。正確に言えば一段落して、休憩のコーヒーを淹れた時だった。
 「え、試合……ってサークル、フットサル? 3月って」
 「再来月。レギュラーじゃなくて交代要員だけど、初めてメンバーに入れてもらえてさ。けっこう大きな試合だし、よかったら見に来る?」
 なるべく、気がはやっているのを気づかれないよう、抑えて話した。メンバー選出された時は非常に嬉しかった。そのこと自体もだけど、これで彼女を堂々と試合に誘える、と思ったから。正直、相当心が浮き立っている自覚がある。
 中学高校とサッカー部にいた頃、何度も試合には出ていたがたぶん彼女は見に来ていない。そこまで親しかったわけじゃないし、彼女は彼女で部活のマネージャー業が忙しかったはずだ。なにより、自分の試合に興味なんか、感じてはいなかっただろう。
 その考えに至ると、勝手なことに寂しい気持ちが湧いてしまう。当時は自分だって、彼女に友人以上の感情は持っていなかったくせに。
 ーーさておき、彼女と付き合い始めてから、いや今のサークルに入った頃から、選抜された暁には絶対に彼女を観戦に誘おうと心に決めていたのだ。苦節約9ヶ月、やっとその時が来た。自分的には気分が高揚しても仕方ないのだが、彼女はそうは思わないだろう。あんまり浮かれたところを見せたら引かれてしまうかもしれない。
 「……でも、試合に出るの今回が初めてって、なんか意外。高校の時とか、1年からレギュラーやってたでしょ?」
 しばらく考えるように間を空けた後、彼女がそう尋ねてきた。知っていたんだ、と一瞬嬉しくなったがすぐ冷静に戻る。高校では一度も同級生にならなかったものの、運動部の会合を通してのつながりはあったから、情報として知っていたのだろう。そう思い至ったから。
 「ああ、うち人数多いから。それにサッカーとはやっぱちょっと違うし、逆にルールが覚えにくいとこもあるよ」
 と説明すると、彼女はなるほどというように何度もうなずいた。
 「そっか……似てると逆に難しいかもね。人数多いのも確かに大変だと思う。うちのソフト部もそうだったし」
 名木沢(なぎさわ)くんがんばったんだね。何の気なしに言ったであろうその言葉が、どれほど自分を喜ばせているか、彼女は考えてもいないに違いない。
 「じゃあ、観に行くね。何日?」
 と続けられた言葉にも、自分でもどうしようかと思うほどに気持ちが昂ってくる。必要以上に笑わないよう、変な声が出ないようにするのに苦労するくらい、嬉しい。
 しかしその高揚感をもってしても、次の提案を口にするのはためらわれた。「でさ」とすぐ続けようとしたものの、ためらいが急激に勢いを失わせる。彼女が、スムーズに了承する内容だとは思えないからだ。おそらく、いやほぼ確実に、腰が引けてしまうのではなかろうか。
 こんな時に限って他の話題を思いつくこともできないのが、歯がゆい。コーヒーを飲みながら言葉の続きを待つ彼女の、顔に浮かんできた訝しさが深まらないうちにと、観念して話を再開する。
 「……試合終わった後、打ち上げに参加できる?」
 「え?」
 「その、めんどくさいかもしれないけど、何なら途中で帰ってもいいし。サークルの連中が会わせろってうるさくて」
 途中で止めてしまわないよう、心持ち早口でしゃべった。目の前の表情が、困惑に変わる前にと思って。
 そもそも、自分自身が困惑している。誰が言い出したのかーーたぶん同期のひとりだったような気がするがとにかく、気づいたら「名木沢のカノジョを見たい、連れてこい」という話が、ミーティングの場にいた全員の中に広がっていたのだ。
 もちろん最初は断った。見せ物ではないからと。その反応が、かえって皆の好奇心をそそってしまったらしい。「とにかく一度本人に聞いてみろ」という、先輩たちも含めた満場一致の意見に、最終的には押されてしまった。
 聞いてみろ、とは言いつつもその裏には「なんとか説得しろ」という意見が隠れていることに気づいている。気づいていながら最後まで確実に断れなかったーー断らなかったのは、自分の中に「彼女を皆に見せたい」気持ちがあったからだ。見せ物じゃないと言ったはずなのに矛盾していると自分でも思うが、一度本音に気づいてしまうと抑えるのは難しかった。自分にとって、彼女は誰に会わせても恥ずかしくない、どれだけいい子か皆にわかってもらいたい、そういう「カノジョ」だから。
 「な、なんで?」
 だが思った通り、彼女は相当に戸惑ったようだ。マグカップをテーブルに置く仕草にも、声にも表情にもこれ以上ないほどに表れていて、脇に押しやっていた罪悪感を引きずり出されそうになる。
 「なんでって……カノジョを見たいんだって」
 ともあれ口にした理由に、彼女はひどく、ぽかんとした顔になった。照れるでもうろたえるのでもなく、何を言われたのか自体をよくわかっていない表情。それから次第に、困惑の色を顔に戻してくる。
 ああやっぱり、と思った。この数ヶ月、何度となく思った種類の「やっぱり」。
 彼女が、自分と付き合っていることで居心地悪さを感じる時がある、という事実の証明。少なくとも、いまだに現状になじめていないのは確かだろう。
 わからなくもない。自慢や皮肉ではなく事実として、自分たちは何かにつけて周りの注目を集めてしまっている。自分は正直、注目されることに麻痺している面があるのだが、そういう経験のない彼女にとっては落ち着かない状況であるに違いなかった。
 それについては申し訳ないと思いながらも、同時に、もっと堂々としていてくれればいいのに、ともどかしく思う心もある。
 仮にも、いや間違いなく自分が申し込んだ「彼女」であるのだから、人の目なんか気にする必要はないのに。
 ……その申し込みが、多分に勢いとなりゆきをともなったものであったと指摘されれば、返す言葉はないのだけど。だが想い自体は真剣だった。今だって変わっていない。

作品名:step by step 作家名:まつやちかこ