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昔飼っていた猫

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 それから、黒い点は濃い茶色がかった色に成長し、形も丸く膨れてきた。
 それだけならまだしも、その塊は異臭を放ち、部屋全体が臭うほどだった。さらにそこから膿が出て、布類を汚すから、かつてのように布団の中に入れるなど、もってのほかになった。ソファーの向かって左側に、専用のスペースが設けられ、チョビはそこで居なければならなかった。エサやトイレのために移動するだけでも、異臭は広がってゆき、家族の中には嫌な顔でチョビを賤しいものを見るような目を向ける者もいた。
 そのときチョビは、苦痛に耐え、異臭に悩まされ、満足な動きもできず、家族から行動を制限され、嫌われ、そのときの心境はもう、想像しがたい。ただ、今思い出せば、それまでと変わらぬ普通の顔の中に、悲しみの影が見出される。それしか、心境を想像する手段はない。

 病状は日に日に悪化し、異臭も強くなっていった。そんななか、チョビの尾を踏んでニャーニャー泣かせる者がいた。私はそれを止めた。あまりにも可哀そうではないか。これほど苦しんでいるのに、何をするのか、と。
 だが、別の日も、また別の日も、その家族の一人は尾を踏んでは泣かせ、脚を踏んでは痛がらせ、何度止めても、同じことが繰り返された。
 そのときチョビは、悲しかっただろう。なぜ、いままでされなかった仕打ちをされるのか。何がどう悪いのか。どうしてこんなに痛いのか。腹も痛い、脚や尾も痛い、何より、心がかつてないほど痛く苦しく、自分も他人も嫌になってしまったのではないか。そしてその他人とは、外から見れば家族なのである。

 そもそもその家族の一人は、かつてよりそういったことをする癖があった。何を思ってそうしているのか知らないが、それは私にとって極めて不快であり、見つけたらすぐに止めるのが当然だった。
 チョビの容体は悪化する一方で、もうトイレも風呂でするようになっており、小便が露わに晒されていた。そんな風呂で横になって生活するようになった。身体が熱かったのだろう。不幸にも夏になっており、高知県ということもあって、とても暑かった。
 しかし夜になると、リビングにクーラーがかかるので、チョビはヨタヨタと専用のスペースに向かう。別の場所に行こうとしたら、必ずそこに引き戻された。
 そんな中、私は最低な事をしてしまった。元来私は後悔などしても仕方ないと考える人間だが、そのときのことだけは、後悔してもしきれない。
 
 私は、例によって尾を踏む家族の一人を止めようと立ち上がった。しかしその者は、もうこの猫はいらない、といった趣旨の発言をした。
 私もさすがに異臭や膿による布類の汚れに嫌気が差していた。だがやはり、いままで共に暮らしてきた家族を危険に晒したくはなかったから、その暴行からチョビを守ってきた。
 
 いままでずっと。

 しかし、そのとき、私はチョビの腹を蹴ったのである。
作品名:昔飼っていた猫 作家名:島尾