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三次 虎雄
三次 虎雄
novelistID. 63443
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冬に散ったある青年の花

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ある朝も明けてない5時頃、昨夜遅くまでの勤務を終えて寝床に板の江草刑事の携帯に緊急連絡が入り、慌てて車で現場へ向かった。 現場へ向かったのは、都内の谷越線の線路と歩道との境界の金網前に、一人の若い20代の男性が、血だらけで倒れていたという警視庁の捜査一課の同僚作部刑事よりの連絡からだった。まだ完全に夜が明けておらず少し月が輝いていた冬の5時30分頃だった。江草刑事が、現場に着いたのは、5時35分頃で、もうすでに捜査官約10人と鑑識課の追崎班5人が立ち会っていた。江草刑事は、いち早くに同僚の作部刑事を探し、いつもの黒コートが見え声を掛けた。「あ、作部さん、お疲れさんです。どうですか。ガイシャの様子は。」と。すると、作部刑事は、「あ、おはようございます。江草さん。ガイシャの様子は、鋭いとがったもので、下腹部と背中を数回刺されて出欠多量で、この金網前に倒れたものと聞いております。また、目撃者は、ここを朝方4時ごろ、バイクで通行中だった新聞配達の男性と聞いてます。」と言った。そして、江草刑事は、「ありがとう。」と伝え、現場に倒れていた被害者の男性の様子を見ると、かなりひどいもので、かなり怒りと逆恨みからか相当刺されている状況だった。それから、その現場に手を合わせた。
 
車で、警視庁ビルに戻ると、この殺人事件の件は捜査一課であたってほしいとの指示で、早速鑑識課の検視の終了を待った。午後に入ってもなかなか検視が終了せず、捜査官の11名は、捜査資料と現場の写真の基本情報のデーター化や、被害者の情報を何人かで急いで整理していた。ようやく、午後1時過ぎに、鑑識課の追崎班が、捜査一課の部屋へ入ってきて、検視が終了したようだった。
 
そして、捜査一課の捜査会議が始まった。まず、被害者の20代の男性は、都内の品川区焦島町在住の江花 敏行だった。この男性は、都内の私立大学を4年前に卒業し、品川駅界隈のブテイック屋で勤めていた。出身は埼玉県越谷市御津町で、両親は彼が大学3回生の時に交通事故で亡くしていた。推定死亡時間は、午前2時頃で事件に巻き込まれたのは、おそらく11時からこの午前2時までという鑑識課からの報告だった。被害者の検死によると、下腹部を5か所と背中を2回同一箇所刺されたものとも報告された。死因は、出血多量によるものとも発表された。
 早速江草刑事は、同僚の作部刑事と共に勤務先の品川駅界隈のブテイック店へと向かった。ブテイック屋は、駅界隈の屋久島商店街の中にあり、なかなか派手な店看板であった。店へ入ると、30代の女性が1人で服を陳列していた。江草刑事は、昨日ここの店員の江花氏が、亡くなった旨を伝えた。
すると、この店員三崎 恭子は、大変驚いた様子で、「え、あの江花くんが。一昨日、いつもと変わるずいたのに。」と言った。江草刑事は、この店員から、江花氏の勤務状況や他の店員との交流関係を聞きこんでいた。そこからは有力な情報は、微塵も得られなかったが、彼が、私立大学時代に、美術学部デザイン部に入っていて大学時代からこの店で働いていたことが分かった。
そして、しばらく店内を江草刑事と作部刑事は、色々とみていた。店には色々な服が陳列されていて、江草刑事は、被害者の生前の活動の様子を想像していた。その後、車で作部刑事と彼の通っていた都内の私立江東大学へと向かった。
 被害者江花氏が通っていた私立江東大学は、創立後約40年経ち荒川沿いにあり、5年前に改装され人文学部と美術学部と新しくなったキャンパスで囲まれていた。ふと、江草刑事は、先に歩いていく作部刑事に、一声かけた。「あ、作部さん。先に学務課へ向かっといていただけます。ちょっと車に忘れ物をしたので。」と。
そのまま、作部刑事は、小さくうなずいて先に向かって行った。実は、江草刑事は忘れ物はないのだがどうしても気がかりな校門からの長い階段に座り込んで亡くなった江花氏の写真や先ほど行ってきたブテイック屋から被害者江花氏の生前の様子を垣間見ようとした。
 (江草刑事の空想+作家の     )
                       
 ある日朝早く小鳥のさえずりで敏行は、目が覚めた。そして郵便ポストに走って行った。高校3年の2月頃だった。敏行は、一目散に郵便ポスㇳの中を開けた。一通の大学入学試験結果通知だった。彼が志望したのは、都内の江東大学と埼玉県の暁星大学だった。もうすでに、暁星大学からは合格通知は届いていた。第一志望の江東大学からの結果通知を待ちに待っていたらしく素早く封筒を破り「合格」という文字を見つけ彼は、「ヤッター。」とまだ朝早かったが、上空に拳を突き上げ喜んだ。
そして食卓で食事をとり彼は、埼玉県立布引高校へ自転車で向かった。彼の自宅から自転車で40分程かけて到着した。もう敏行達3年は、卒業していて、1、2年生のみ登校していた。敏行は、校舎に入ると真っ先に白鷺先生を探した。教務課に、敏行が入ったと同時にドア近くに白鷺先生がいた。
敏行は「あ、白鷺先生。おはようございます。あのう。」と言った。白鷺先生は、「あっ江花君、どうしたの。こんな朝早くから。」と答えた。敏行は、「先生、あの江東大学に受かりました。無理かなと思ってたんですけど。よかった。先生。」と言った。すぐに、喜んで白鷺先生は、「え、江花君。あの大学合格したの。すごい。よかったじゃないの。」と言った。
そして、白鷺先生は、応接室のソフャへ江花氏を座らせ、「あ、江花君。あっ、江東大学だったよね。大学入学後何になりたいの。」と言った。江花氏は、「はい。先生。それは。」と答えた。しばらく数十分話し合い江花氏は、将来一生懸命育ててくれた両親の安心する立派なデザイナーを目指すと語っていた。そして、彼は、布引高校を去った。
 
 数十分階段でたたずんでふと目を覚ました江草刑事は、およそ三十年前自分が若い頃私立難関大学を通っていた時に色々お世話になった水泳部部長が「頑張りや、兄ちゃん。」と声がした気がした。もうその部長は、江草刑事が警視庁に勤めてある珍事件が起こった頃に、亡くなっていた。珍事件とはおよそ十年前に都内三協駅界隈で自作自演だった青年の詐欺未遂であった。
その頃青年が逮捕寸前で自殺しようとし救急車で運ばれた先の病院で、偶然その近くの病室にてその水泳部長が息を引き取った。その親族から水泳部長は、闘病が始まってからも必死に最後まで法律学の教鞭をふるまっていたと聞いたことを江草刑事は思い出した。

 そうこうするうちに先に学務課に聞き込みに行っていた作部刑事が、「なんだ。江草さん。そこだったんですか。もう聞き込み終わりましたよ。戻りましょうか。」と声を掛けてきた。そして、2人は、警視庁ビルへ向かった。
 警視庁へ戻ると、もう時計はすでに7時50分を過ぎていた。ところで、警視庁捜査一課江草仁志刑事は、作部刑事と共に入庁同期であった。江草刑事は、難関私立大学卒業で警視庁入庁後、長年総務畑に所属していた。5年経て、希望通り試験もクリアして、刑事部へ配属になった。一方、作部刑事は、生活安全課が始まりで、ストーカー部門のスペシャリストであった。その後、江草刑事と同じ頃、捜査一課に配属になった。