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平安の月

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第四章


 二か月後、簡単な祝いの席が設けられた。それは笹が佐兵衛の後添えに収まることを祝う席だった。
 年端もいかぬ時に他家へ預けられ、そこで一方的に見初められ、その男の子どもを宿した笹にとって、伴侶を得るのは初めてのことだった。
 親子ほど歳の違う佐兵衛は、笹を大切にした。そして新たに娘となった楓の成長を願い、門の近くに楓の苗木を植えた。このあたりでは、一番大きな家の主である佐兵衛の元へ嫁いだ笹を、周りは果報者だと噂した。笹にとっても、温厚な人柄の佐兵衛との暮らしは恵まれたものだった。
 でも、すべては楓のためであった。もしも自分ひとりだったら、あの若者を追って旅の薬売りを続けただろう。あの笛の音を聴きながら旅ができたら、もう他に何も望むものはない。しかし、母親として、そんな旅に楓を連れ歩くわけにはいかなかった。
 
 佐兵衛の家の切り盛りをしながら、笹は薬草取りを続けた。その薬効が評判で、笹を頼る者が後を絶たなかったからだ。
 そんな暮らしに追われながらも、あの若者のことを考えない日は一日もない。彼は、笹が女として初めて好きになった人だった。夜、静まり返った縁側で月を眺めては、今頃あの人はどうしているだろうと想いを馳せた。
 遠い日、貴族の家で眺めた月には母の顔が浮かんだが、今は、笛を奏でる若者の姿が浮かび上がる。
 
 
《君想い あふるる涙つたう頬 恋しい姿 滲む月かな》
 
 
 三年の月日が流れ、楓の木は門の高さまで成長し、すっかり屋敷の風景に馴染んでいた。
 楓と光は十歳になり、まるで本当の姉妹のように仲良く育っていた。貴族の家で身につけた作法や読み書きを娘たちに教える時だけは、若者のことが笹の頭から離れた。母親としての責務と充実感からであろう。しかし、それ以外は恋しい想いが途切れることはなかった。たとえ佐兵衛の腕の中にいる時でさえ……
 そして薬草取りの帰りに、若者が笛を吹いていた岩場に寄るのが習慣になっていた。きっといつかまた戻ってきてくれる……そう思い、通い続けているうちに時は流れた。

作品名:平安の月 作家名:鏡湖