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御手紙 葉
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novelistID. 61622
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読書はカフェテラスで

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読書はカフェテラスで

 私はカフェテラスの片隅で、じっと本を読みながらコーヒーを飲んでいた。それはマンデリンで、酸味が少なくてコクがあり、ケーキとの愛称が抜群だった。飲んでいるだけで、思わずうっとりと頬を緩めてしまう程に、私はこの味が気に入っていた。
 ブラックのまま数口飲んではっきりとした苦味を感じることを楽しんだ後、少しだけ角砂糖を入れて掻き混ぜ、今度はほんのりとした甘いコーヒーを味わう。それが私のいつもの飲み方だった。
 カップとソーサーも洒落たもので、持ち手が大きくくびれており、表面にはこの店のロゴである薔薇の絵が描かれていた。ソーサーには同じく中央にロゴが入っており、それはローマ字で『ROSE CAFE』と書かれていた。
 私は何度もカップを上げ下げして、コーヒーの味を堪能し、そっとハードカバーの本を手に取って開いた。こうしてこの店のコーヒーを味わいながら大好きなミステリーを読むことが私の休日の習慣だった。
 私はそうして文字を目で追いながら、ゆっくりとひそやかな浅い呼吸を繰り返し、自分の口の中に残ったコーヒーの香りがそっと馴染んでいくのを感じた。
 そこでウェイトレスの女性が近づいてきて、私の隣に立ってお代わりを注いでくれた。プン、と香ばしい豆の匂いがカップから舞い上がる。
 ウェイトレスの女性が頭を下げて立ち去っていこうとした時、私はふと彼女を呼び止めた。
「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけれど」
「……何でしょうか」
 ウェイトレスの女性は長い睫毛を瞬きさせ、長身を屈めてこちらに身を乗り出してきた。私は彼女の薄くブラウンに染められた髪からふっと心地よい花の香りが漂うのを感じて、そっと口を開いた。
「この店、とても雰囲気が大人っぽくて気に入っているんです。それで、店の調度品なんかも使い込まれていますし、いつ頃開店したのでしょうか?」
 私はずっと気になっていたことを聞いた。すると、ウェイトレスの女性は薔薇模様が入ったそのエプロンを折って屈み、私に顔を近づけてきた。
「それは、三十年前くらいだと聞いています。私がまだ生まれていない頃にも、既にこの通りには店があったと聞いていましたので」
 ウェイトレスの女性がにっこりと柔和な微笑みを浮かべてそう言った。私はくすりと微笑み、そして彼女へと体を向けて言った。
「そうなんですか。面白い情報をありがとうございました」
 そう言って頭を下げると、ウェイトレスの女性はどこか優しげな眼差しで私を見つめ、軽く礼を返して店内へと入っていった。
 私はその後姿をじっと見送って、そして改めて店内を覗いてみた。照明が薄暗く設定されており、淡いオレンジ色のランタンが辺りをぼんやりと照らし出していた。
 元々外観はコテージといったもので、内装もすべて木で覆われており、二階まで続く空間はすべて吹き抜けとなっていた。
 所狭しとテーブルと椅子が並べられ、そのすべてが使い込まれたものだった。壁は煉瓦が敷き詰まれて、奥の方には民族衣装を着た少女が踊っている絵が掲げられている。
 この店のオーナーである初老の男性がカウンターで作業しており、店内にはスムーズジャズの音が響いていた。
 私はこうした雰囲気のある店が大好きで、駅の周りをうろついては良さそうな店を探し出し、密かに通い続けていた。
 その中でも、私はこの店が深く気に入っており、日曜日になるとわざわざここまで足を運んで読書に耽るということを繰り返していた。
 私は再びテーブルへと向き直って、本を開いた。だが、先程に感じた彼女の香りがまだ顔の周りに漂っていて、私はどこか気が落ち着かなかった。
 私は本を捲りながら、プロローグを読んでどうしても、脳裏にある一人の女性の顔が浮かんできてしまう。
『里美はきっと、人の痛みを理解できる女性になると思うわ』
 彼女は幼い私の頭を撫でながら、先程のウェイトレスのようにその長身を屈めて言ったのだ。そして、化粧が少し施されたその整った顔を微笑ませ、優しく私に諭した。
『姉さんはね、今まで色んな人に出会ってきたけど、痛みを分かち合ってくれる人は里美だけだった。だから、きっと里美は素敵な人になるわね』
 姉さんはそう言って着物の帯のように長い黒髪を揺らせて立ち上がると、手を振りながら私の元から去っていった。
『じゃあね、里美……』
 姉さんはそんな言葉を残して、それきり姿を現さなくなった。彼女はその後、飛行機で事故に遭い、帰らぬ人となったのだ。
 私は姉さんのその笑顔と、先程のウェイトレスの女性の表情が重なって、胸を締め付けられるのを感じた。どうしても姉さんの幻影を払い除けようとしても、思い出してしまうのだ。
 私は大きく溜息を吐いて、ページを開いたまま本をテーブルに伏せた。顔を両手で覆い、軽く眉間をマッサージする。
 こうして休日になると、穏やかな時間を過ごしているうちに、悪い記憶が突然沸き起こってくるのだ。それは空気穴のような小さな隙間からそっと忍び入り、大きく膨らんで、やがて私を戸惑わせるのだ。
 私は金属製の椅子に身を沈ませ、全体重を乗せて目を閉じた。肩の力を抜き、椅子に体を預けて、ただその雨が過ぎ去るのを待った。
 そんな中、スムーズジャズの床に落ちて弾けるような音が耳を覆ってこびり付いていく。
 ……姉さん。どうして私を囚われの中から離さないの?
 私の問いはただ空しく胸の中で木霊し、どこか切ないような想いを呼び起こさせるだけだった。そうしてただ静かな休日を、私はいつも通り過ごしていったのだ。