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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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「総務課の吉谷さん、九月一日付けで空幕に異動になったでしょ。あれは、日垣1佐の傍にいたからよ」
「空幕からの引き抜きじゃなかったんですか?」
「やっぱり、日垣1佐の近くにいると、詳しいんだね」
 神経質そうな釣り目が、憎々しげな色に染まる。美紗は慌てて頭を振り、相手の言葉を否定した。事の次第を日垣から直接聞いたなどとは、とても言えない。
「じゃあ、吉谷さんが空幕に行くことになったきっかけも知ってる?」
「あ、い、いいえ……」
「日垣1佐に同行してレセプションに出席して、会場で空幕副長(航空幕僚副長)と話す機会があったの。それが今回の異動につながったわけ。他人の人脈に便乗したいい例でしょ」
 吉谷綾子は、決して空幕への転属を望んでいたわけではない。レセプションへの同行を自ら願い出たわけでもない。会場で吉谷が空幕副長と会うことになったのは、全くの偶然に過ぎなかった。そもそも、日垣と空幕副長の険悪な人間関係に「人脈」という表現は適さない。
 しかし、そういった詳細を話すわけにもいかず、美紗は口をつぐんで黙っていた。
「副長が吉谷さんに直接、『うちに来てもらえないか』って言ってたんだから」
「八嶋さんも、その場にいたんですか」
「そ。たまたまその時、吉谷さんの近くにいて、話の一部始終を聞いてたの」
 忌々しげに吐かれる言葉を聞きながら、美紗は、在京フランス大使館のレセプション行事に向かう日垣貴仁と吉谷綾子の姿を思い出した。「夫妻」として、並んで歩く二人。彼らを見送った美紗は、嫉妬と敗北感に苛まれながら、独り雨の街を歩いた。その同じ頃、八嶋香織は、レセプション会場で別の嫉妬と敗北感を感じていたのか……。

 別の嫉妬――

 ふと、思い至った。

 八嶋さんが求めているのは、彼じゃない……。


 目を見開いた美紗に、八嶋は我を忘れたように喋り続けた。